第七十話 楽しいバーベキュー


 七月二十四日、午後七時二十五分。


 夕方まで遊んだ俺達は当初の予定を変更して先に着替えを済ませて温泉に向かい、身体に付いた海水を洗い流してからバーベキューを楽しむ事にした。


 俺達男性陣はともかく、佳津美かつみ達女性陣は海水や強い日差しで傷んだ髪を長時間そのままにしているのはつらいだろうしな。


 温泉施設の営業時間は早朝に掃除をする時間を除くほぼ二十四時間で、寝る前でも温泉を利用できることを確認したから温泉が気に入った佳津美かつみたちなどは寝る前にもう一度行こうなどと話していた。


 温泉から先に出た俺達男性陣がコテージから肉類の入ったクーラーボックスや野菜の入った段ボール箱を運びだし、届いていた海産物の詰まった発泡スチロール製の大きな箱の中身を確認している。


「気合を入れて頼んだが、ずいぶんといい肉が届いているな」


「海産物も凄いでっせ。昼間以上に豪華や」


「へぇ、貝類はすでに砂抜きをしてありますだって。気が利いてるじゃないか」


「下拵えをするスピードが流石っスね。真似できないっスよ」


「海産物は得意やからな。おうさんの手際も凄いで」


 窪内は慣れた手つきでサザエやアワビを刺身に切り分け、海老の殻を剥いて背ワタを処理していく。


 あの頭も焼けば美味しいんだが、今回は食べる事は無いだろうな。


 俺も肉類を切り分けて串に刺し、いろんなバリエーションの串を作っていた。


「俺は飯でも炊いてくるっス。その後バーベキューコンロの準備っスね」


「頼んだ。ついでにカレーの仕込みも始めておくか。玉ねぎを仕込むのに時間がかかるしな」


「おまたせっ!! うわぁ、相変わらず手際がいいよね」


「男性陣の料理スキルが高すぎて、わたしたちの出番がない……」


「お皿の準備などもありますわ。こういった料理は任せるのもいいですの」


 全員が温泉から戻り、準備を始める頃にはすっかり日も落ち、コテージの傍に設置されている外灯の明かりに僅かながら虫が寄ってきていた。


 環状石ゲートの支配下に置かれている地域では細菌類だけじゃなくて昆虫などの小動物に至るまで生物全般が極端に減少しているから、危険区域の山や雑木林でGEと戦っていてもあまり虫除けなどの薬は必要としない。


 今回は用心の為に殺虫灯も設置されているし、時折蚊などがそれに引っかかってバチッと音を立てて弾けていた。


 あぶ対策にオニヤンマの飾りも用意しているが、どうやらその心配は無用だったみたいだな。


「すっごく美味しそう!! これ全部龍耶たっちさんが用意したんですか?」


「この大皿の刺身はわてが担当やね。エビやイカは刺身もあるんやけど、焼いてもええで」


「この肉の量にカレーか。こりゃ気合い入れて食わないとな」


「ごはんはとりあえず一升ほど炊いているっス。足りなければ後でいくらでも炊けるっスよ」


 流石にご飯を追加で炊くのは厳しいだろう。


 余ったら焼きおにぎりにして夜食でもいいし、明日の朝に食べてもいい。 


 木製の大きなテーブルの上には所狭しと並んだジュース類やタレの入った皿が用意されているし、予備の紙皿はまだいくらでもあるぞ。


 いい感じに焼けた肉は一旦テーブルの上の更に移動させられ、空いたスペースにはまた新たな肉が乗せられていく。


 そして、テーブルには気の早い事にデザートとして切り分けられた小玉スイカも並んでいる。


「それじゃ、後は焼きながら食おう」


「いっただきま~す!!」


「おいしいっ!! これ牛肉だよ!!」


「そうですね~。私も牛肉なんて本当に久しぶりです~」


 前回食べたのはもしかして缶詰の牛肉じゃないか?


 牛肉はどんなに安くてもグラム千円を超えるし、最近は肉じゃがですら牛肉を使わなくなってるしな。


「鈴音、ピーマンが混ざってる串も選びなさい!!」


「どんな料理でもピーマンはピーマンなの!! 残す位なら最初から手を付けない方がいいと思うよ」


「そりゃそうでんな。こんな時までわざわざ嫌いな物を食う必要はありまへん」 


龍耶たっちさん!! 話がわっかる~♪」


 そのピーマンも嫌いな子供は減っているんだけどな。そもそもピーマンすら時期によっては店頭に並んでいないし。


 人気の無い野菜を生産する程農地が余ってる訳じゃないから、同じスペースで生産するんだったら人気があって加工がしやすいトマトの方が優先されてるって話だしな。


 工場での生産に向かない野菜は生産数が少ないので、一年中見かけない事も多い。どんな時期でも冷凍できる野菜が優先されてるしね。


「これが苦いのか?」


「お前が飲んでるビールよりは苦くないぞ」


「やっぱり肉にはよく冷えたビールだよな。というか、こんな物を持ってくる窪内が悪い!!」


「携帯型ビールサーバーやな。寮でも散々飲んどるやろ?」


 持ち運びができるビールサーバーだと、そりゃビールがうまいだろうぜ。


 コップも専用のプラスチックコップを用意してるし。


 神坂かみざかはラジカセを持ち込んでそこに四女神ヴィーナスのメモリを刺して流しているが、周りのコテージは全部開いてるし迷惑にはならないだろう。


 いくらここが静かでも、住宅地も遠いしな。


「少し多かったか?」


「足りないよりはいいさ。昼も食べたが、ここのサザエの壺焼きは絶品だな」


「醤油をほんの少しかけて……、くぅっ!! 最高っス!!」


「アワビの地獄焼きなんて、贅沢過ぎでっせ」


 少し強めのウイスキーで口の中のサザエを飲み込む。


 酒精はかなり強いんだが、既に酔うなんて事が無いのでちょっと辛い水に過ぎないぜ。


「そういえば、最近は輝や窪内と酒を飲まなくなったな」


「以前もそんなに飲んじゃいなかっただろう?」


 現在では条件付きではあるんだが飲酒制限が十五歳以上に引き下げられている為に、俺達が飲酒をしていても違法では無い。


 制限が引き下げられた経緯には【国や家族の為に立ち上がり、武運つたなくあのおぞましい魔物GEに敗れた者も多い。酒の味も知らぬ若者達が石の彫刻と化すのはあまりに惨いのではないか】という、防衛軍大将の言葉があったからだと言われている。


 何度も議論が繰り返されて、最終的に飲酒の制限年齢をAGE登録者は十五歳以上、登録をしていない一般人は十七歳以上まで引き下げる事でこの一件は決着した。


 四月生まれや五月生まれは下手をすると中二の夏休み前から飲酒してるって事だな。


 煙草に関しては基本的に売ってもいないし、制限年齢が引き下げられてもいない。 


あきらさんって飲んでも酔わないっスね。あんなに強いと思わなかったっス」


「加減を心得てるだけさ。それに生命力ライフゲージ回復剤を多用すると酒で酔わなくなるんだ」


 生命力ライフゲージ回復剤の副作用のひとつとして、体内のアルコール分解速度の上昇などがある。


 厳密にいえばアルコール類だけじゃなくて、その他の毒物の分解速度も上がるんだがな。


「何年生命力回復剤アレを使い続けたらそうなるんだ?」


「さあな。他の奴の報告だと五年程度でそうなるらしいが、蒼雲お前はいつからそうなったんだ?」


「それこそ知らない間にだな。元々酒には強かったが」


 十歳の頃から真面目にAGE活動を行うと、高校くらいの時期には酒に強くなっていることが多い。


 俺や神坂レベルで酔わない奴は稀だが、生命力ライフゲージ回復剤を使う以上は幾らか酒に強くなるしな。


「あっれ~っ、あっきらさ~ん、のんれないんれすかぁ~?」


「顔が真っ赤じゃないか。伊藤、お前何を飲んで……」


「あそこの瓶、ワインじゃないっスか?」


「あれは最近良く作られてるブドウジュース入りのワインだ。どちらかといえばワイン入りのジュースで中身はほぼブドウジュースって話もあるな」


 そうか、索敵担当の伊藤はいつも安全な場所に居させているから生命力ライフゲージ回復剤を使う機会なんて滅多にない。


 しかも僅かなダメージだったら自前のジュースで回復するもんだから、今まで生命力ライフゲージ回復剤を使った回数自体が殆どないんだろう。


 だからあの程度のワインで酔っぱらったのか?


 あのワイン、アルコール二パーセント以下だぞ?


「あれ飲むくらいだったら普通のワインとブドウジュース用意して、各自で好きに割ればいいのにな」


「面倒が無くて良いからじゃないのか? あれだと多分俺達は酔わないよな?」


「完全にジュースだな。あのレベルだと佳津美アイツも全然酔わない気がするが」


「当然ですわ。あきらさんもいかがですか?」


「折角だし貰おうか」


「神坂君たちもどうぞ」


 佳津美かつみ宮桜姫みやざきがコップに入ったワインを差し出してきた。


「こっちは本物のワインか」


「そうみたいでんな。変わりゃしまへんが」


 ウイスキーでも酔わない俺たちが、この位のワインで酔う事は無い。


 せっかくなので香りと舌触りを味わいながら、ゆっくりとコップを傾ける事にした。


「そろそろお開きにするか。コンロの片付けは明日にして、ゴミの分別と片付けだけ済ませよう」


「は~い。使いきれなかったタレ類はキッチンペーパーに吸わせて、割りばしや串類は一ヶ所に纏めて別にしてね」


「ゴミ袋から飛び出すと怖いでっからな」


「余ったご飯はおにぎりにしたから、夜食で食べたいときは持って行ってくれ」


 こういった撤収作業はAGE活動時にやってるから、みんなてきぱき動くんだよな。


 ほどなくして綺麗に片付いたので、いったん分かれてコテージに行く事にする。


 この後はまた温泉に行く予定だし、今日はぐっすりと眠れそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る