第六十九話 海の家の奇跡


凰樹おうきさ~ん!! こっちで一緒に遊びませんか?」


「ちょっと、鈴音!! そんな大きな声でっ!!」


「あまり人がいないとはいえ感心しませんね~。夕菜ゆうなさ~ん♪」


「OK聖華せいか♪ いっくよ~っ。それっ!!」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 迂闊に俺の名前を大声で叫んだ鈴音の両手を掴み、楠木と伊藤はそのまま海に連れ出して掛け声と共に海に向かって放り投げた。


 腰まで海に浸かった状態だったのでダメージは無いが、結構派手な水しぶきを上げているな。


 海が開放的な気分にさせるのか、二人ともいつになくはしゃいでるな。


「ひどいですぅっ!!」


「ごめんごめん、アイス買ってあげるから機嫌なおして」


「ほ、本当ですか?」


 そんな話をしながら宮桜姫姉妹たち四人は浜から少し離れた場所にある小さな小屋へと向かった。


 アレは確か海の家だったが、当然この時期はかき氷やアイスも売ってるよな。


「あきら、ただいまっ。少しお腹すかない?」


「そういえば、今何時だ?」


「えっと、……何時ですの?」


「結構遊んだっスね。もうすぐ二時っス」


 少し腹が減ったと思ってはいたが、もうそんな時間だったか。


 遊んでいる時は時間が経つのが早いけど、この場所についてから既に三時間以上経過してたなんてね。


「昼飯を忘れていたな。そこの海の家で済ませるか?」


「そうですね、折角ですから海の家で食べるのもいいですわ」


「そうしまひょか」


 海の家、浜辺に存在するある意味浜辺の総合商店。


 浮き輪やビーチサンダルなどの海での必需品からソフトクリームなどの軽食、焼きそばやカレーなどまで様々な物が売られている。


 今となっては殆どの店がそうなのだが、律儀に【AGEポイント使え〼】などと大きく書かれた看板が立てられていた。


「らっしゃい。うちは色々品揃えが良いよ~。少し値は張るが美味い物も多いぞ。ソフトクリームなんかは中で頼めるが、網焼きなんかはここで注文してくれるか?」


 威勢のいい店員が大型のバーベキューコンロの火加減に注意しながら、俺達に話しかけてきた。


 海の家にしては大きな店舗は店内にある商品を販売する為の売店スペースと、ここで買った物を食べたりカレーなどを注文する為の食堂スペース。そしてこの店頭の実演販売スペースに分かれていた。小屋の周りにもテーブルが設置してあるけどね。


「サザエのつぼ焼き、アワビの地獄焼き、日替わりの魚の網焼き、焼きイカ、焼きトウモロコシ……。もしかして烏賊は其処の烏賊を使うんですか?」


「ああ、他のアワビやサザエも刺身で食べても美味いぞ」


 店員の後ろの大きな水槽にはキスなどの魚の他にアワビやサザエが入れられ、そして横にあるもう一つの水槽には烏賊が泳いでいた。


「焼きイカの烏賊に、その生簀で泳いでる烏賊を使うんでっか?」


「ああ、うちは白くなったような烏賊は一切無しさ。魚介類はとにかく鮮度が命だからな」


「マジかよ……」


 神坂の奴が呆れていた。


 刺身にしないと勿体無いような烏賊で作る烏賊焼き、贅沢とはこの事だろう。


「あのサイズのアワビやサザエをひとつ五百円から千円って、採算あいまっか?」


 今度は窪内が目の前の水槽を指しながらそんな事を聞いている。


「ははは、千円のアワビを大量に頼まれなければ平気だよ。さっきも言ったがサザエは刺身も美味いが壺焼きも美味しいぞ」


「正気でっか? 信じられまへんな……」


 海辺の島にもいた事がある窪内は、アワビの大きさを見て思わずそんな言葉を呟いていた。


「安いのか?」


 ちょっと小声で聞いてみる。


 流石に海産物の相場なんて知らないからな。


「正直信じられへん値段でんな。普通、あんな値段でアワビを売ったら大赤字やで」


 アワビなんて地元のスーパーだと絶対に見かけない。


 サザエに関しては、これよりかなり小ぶりなものが三つくらいパックに入って二千円くらいはしていたはずだ。


「中で食事をしたいんですが、ここのサザエとかも頼めますか?」


「ああ、大丈夫だよ。食事を頼むなら中でも注文できるし、そこのテーブルで食べる事も出来るぞ。ただし、焼くのに二十分くらいかかる」


「あの大きさなら納得でんな。サザエの壺焼きとアワビの刺身。焼き烏賊もお願いしまっせ」


「俺も焼き烏賊とサザエの壺焼きを……二つ、あと、魚の網焼きは何ですか?」


「ああ、今日はキスの一夜干しだ。水槽で泳いでる奴なら新鮮だから刺身も美味いぜ」


 男は水槽から取り出した大きなサザエを網の上に置き、早速焼き始めた。


「じゃあ一夜干しの方をお願いします」


「毎度っ!!」


 全員が網焼きの注文を済ませて店内に入ると、既にテーブルに座った楠木達四人がアイスクリームを食べていた。


 そのアイスも市販の物じゃあ無くて、少し形は歪だけど果物特有の甘い香りが心地よく漂ってくる。


「あ、凰樹君達も此処に来たんだ。このアイスすっごくおいしいですよ」


あきらも頼んでみない?」


「いや、俺たちは飯にしようと思ってな」


「あれ? もしかして此処でお昼ご飯を食べるの?」


「ああ、先に来ていたからもう頼んでるかと思ったんだが、まだだったら何か頼んだほうがいいぞ」


 デザートのアイスを食べた後にご飯ってのもどうかと思うが、あのアイスの誘惑に勝てなかったんだろうな。


 俺達もあの網焼きの誘惑には勝てなかったし。


「ずっる~い。でも、お腹いっぱいだとさっきのアイスが食べられなかったかもしれないから、結果的には良かったかも」


「そんなにおいしいアイスですの?」


「うん、今までで一番おいしかったよ♪」


 不動産で財を築き上げた宮桜姫みやざき家も十分に名家で、その宮桜姫みやざきの次女である鈴音がそこまで言うアイスクリーム。


 甘くておいしい物に弱い佳津美かつみもそのアイスの事が気になっているみたいだな。


「食後に頼むしかないな。すみません、この海鮮丼セットをひとつ」


「わいも海鮮丼セット大盛りで」


「俺は焼きイカも頼んだが、烏賊の刺身定食にするか」


 各自がそれぞれ壁にかかっているメニューの中から、カレーや焼きそばなどといった定番メニューとは全然違う海の家らしからぬものを頼んでいた。


 というか、このラインナップでカレーや焼きそばの出番があるのか?


 十五分後、俺たちのテーブルにはサザエの壺焼きやアワビの地獄焼きなど様々な料理が並んでいた。


「嘘だろ……、ただの焼きイカがこんなに美味いのか? 烏賊の刺身の方も凄いし、足とかまだ動いてるぜ」


「サザエの壺焼きも……、柔らかい上に肝まで美味いっス」


「海鮮丼は新鮮な刺身にウニが乗ってサザエやアワビの刺身まで……、正気でっか?」


 どうやら烏賊以外の刺身定食系や海鮮丼にはサザエとアワビが入ってるみたいだな。


 コリコリとした歯ごたえが凄いし、食べ応え十分というか……。 


 海の家で出てくるメニューってこんなに凄いのか?


 全員綺麗に残さず完食したが、佳津美かつみは追加でアイスを頼んでうっとりした顔でそれを味わっていた。


「最高でしたわ……」


「海の家の奇跡をみたって感じだな」


「二度と無いんちゃいます?」


 ランカーズの活動ではあるが流石に今回は各自で支払った。


 あの味であの値段だったので、誰一人文句は言わなかったが……。


「あのアイスはまた食べに行きたいですわね」


「さんせ~♪」


 あのアイスにハマってる奴もいるみたいだしな。


 さてもう少し遊んでからバーベキューの準備を始めるか。

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