第六十八話 初めての海水浴


 見渡せば整備された白い砂浜が広がり青い空から降り注ぐ眩しい日差しが俺達を歓迎してくれる。


 何処までも続く蒼い海原から波が来る度に弾ける水飛沫が飛び散り、風の乗って運ばれてくる磯の香りが海に来たんだという事を実感させてくれた。


 窪内くぼうちは島で暮らしていたこともあるらしいから珍しくも無いんだろうが、俺たちはこの光景は初めてだからな。


「海に来たっちゅうかんじやな。あのブイの向こうは行ったら危ないでっせ」


「サメ対策のネットが張られてるんだっけ?」


「そういう事やな。一番沖合から幾つも設置してあるらしいで」


 海水浴場だし、その位の対策はしてあるのか。


 向こうにはコンクリート製のでかい監視施設があるし、水中カメラとかも使ってるのかもしれないな。


「お姉ちゃん!! 海に来たら砂で城を作らなきゃいけないんだって。あと、誰かを浜に埋めるとか」


「こんなにきれいな海なのに~。他に泳いでる人は十人位って寂しいですね~」


「貸切みたいでちょうどいいさ。それに、あまり女性客が多いとこんな状況でもあきらにアタックしようとか考える猛者もさがいるかもしれないだろ?」


「ひと夏の思い出は他の人で済ませて欲しいですわね」


「あちらの人は家族連れですし、フリーの男性は此処にいる四人で全員ですけどね」


 夏の砂浜は乙女を大胆にさせたりもするが、荒城あらき達に言わせればこちらにその手を伸ばされても困るだけみたいだな。


 俺達としても面倒事を増やされても困るし、よく知りもしない女性に言い寄られても迷惑でしかない。


 人が少なくて助かったって所か。


あきらなんかはその辺を十分に心得てるから、サングラスと帽子を手放さないしな」


「あの身体つき見たら、ちょっと声かけてみようっていう勇者がいるかもしれまへんがな」


「お前らも今は十分すぎる位に有名人だ。大丈夫だと思うけどサングラス位かけてろよ」


 そのあたりの小物も用意してきてるからな。


 泳がない時は日焼け防止の為にシャツを着ているし、みんな大きなタオルを活用したりしているけどさ。


「それはそうですが、でしたら男の方も私達に声をかけて来る可能性があるんじゃないですか?」


「ゆかりん狙いなのは間違いないっス……。いえ、他の人も十分に……」


 正直というのは美徳かも知れないが、命懸けでそれを行う者は勇者では無く愚か者だ。


 特に宮桜姫みやざきと楠木の冷たい視線は刺さりそうな勢いだった。


「とりあえず泳ぎませんこと?」


「そうだな。一応見張りで此処に何人か残して、交代で泳ぎに行くか」


あきらは先に行って来いよ。俺はここで少し休んでいく」


 ああ、例の子にメールでもするのか。


 あの日以来欠かさずマメな事だ。


「水が塩辛いですわ!! 海って不思議ですわね」


「波打ち際で水が引いていく感覚が面白いよ」


「あまりはしゃがないの。……すみません」


「せっかく海に来たんっスから、いいんじゃないっスか?」


「ありがとう。浮き輪も持ってきたんだ~」


 その浮き輪はさっき窪内に頼んで膨らませて貰っていたみたいだけどな。


 結構デカいから大変だったといってたぞ。


「楽しそうですわね。あきらさん、こっちで泳ぎませんか?」


「そうだな。少し体を動かすか」


「わたしも行くね」


 佳津美かつみが俺の手を取ってくると、竹中も負けないようにもう片方の手を掴んできた。


 周りから見たら羨まし光景かもしれないが、これバランスでも崩したら大変なんだからな。


 流石にこんな状況だと俺でも絶対に波に足を取られないとは言い切れないし。


夕菜ゆうなさ~ん。それっ!!」


「ちょっと!! やったわね、聖華せいかっ!!」


 向こうでは伊藤と楠木が水の掛け合いをしてる。


 宮桜姫は少し向こうで大きな浮き輪の上で波に浮かぶ鈴音を見守っているようだ。


 流石にお姉ちゃんというか、妹の面倒は責任を持ってみてるみたいだな。


◇◇◇


 俺はしばらく泳いだ後で荷物番をしていた神坂と交代して、浜辺に作った荷物置き場ベースに戻る事にした。


 海で泳ぐのは初めてだが、案外体力を使うみたいだな。


「ん? は……」


 海岸の奥にある岩場の影から大きな犬の様な物体が姿を見せている。


 一見この辺りに住んでる野良犬か何かかと思ったが、その背中には蜘蛛の足が折り畳まれているからGEで間違いないだろう。


 滅多に出てこないとか言いながら、こんな短時間で出て来るんじゃないか。そりゃこれだけ利用客が少ない訳だよ。


 俺は用意していた次世代型M1911A1ガバメントを手にし、ゆっくりと岩場の陰に隠れるGEへと近づく。


 マガジンにはグレード五を詰めてあるからこいつが何であれ一撃だ!!


「あ、もうおうさんが処理したみたいでんな」


「他の海水浴客はまだ存在に気が付いてなかったみたいだ、仕事が早いよな」


 使った武器は次世代型ハンドガンでチャージ機能付きのM1911A1ガバメント


 チャージ機能は使わなかったけど次世代型のブラックボックスを内蔵している為に、俺がグレード五の特殊弾を使えば小型GEライトタイプは確実に粉々だ。


 とはいえ、今の弾け飛び方になんとなく違和感を覚えたので、一応落ちている魔滅晶カオスクリスタルを探す事にした。


「あのサングラス、蔓の部分がちょっと太いからレーダー付きじゃないか?」


「そうでんな、間違い無いんとちゃいます?」


 今のGEに気が付いたのか、神坂と窪内は荷物置き場ベースに戻ってきていた。


 流石にこういう時でも気を抜かない奴らだ。


「海水浴を楽しまれている皆様にお知らせが……、アレ? 反応が消えてない? 見間違い?」


「ん? なんやろ?」


「大変失礼いたしました、引き続き海水浴をお楽しみください。おっかしいなぁ……」


 入ってはいけない言葉がかなり入った謎の放送は打ち切られた。


 おそらく監視所にあるレーダー装置で先程姿を現したGEの紅点が見つかり、海水浴客がパニックを起こさない内容で避難勧告を出そうとしたんだろう。


 その事を知っているのは俺達三人だけだろうがな。


「今の、中型GEミドルタイプだ」


「え? ここには小型GEライトタイプしか出ないって話じゃなかったか?」


「さっきの放送は中型GEミドルタイプを発見次第、迅速に警告を出す為の物だろう」


 小型GEライトタイプ中型GEミドルタイプだと危険度が全然違うからな。


 俺は簡単に処理できるけど、ここで警備しているAGEだと苦労するんじゃないか?


「近場にいる人間はこの事を知っているからここを利用しなかったのか。こんな良い所がこの時期にここまでガラガラなのはおかしいと思ってはいたけど」


「この辺りの状況から考えて、何かの間違いで移動してきた中型GEミドルタイプだと思うぞ」


「そうでんな。拠点晶ベースも近くにない筈やし」


「ここにあるじゃないか」


「それは荷物置き場ベース違いやで」


 これで安心してキャンプに専念できる。


 小型GEライトタイプが出た時用に完全防水仕様のVz61スコーピオンを三丁も用意してるし。


 せっかくの休暇中なんだし。もうこんなハプニングは勘弁してほしいもんだ。

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