第六十六話 ヴァンデルング・トーア・ファイントの噂


 午前九時十三分。


 寂れたサービスステーションでセミランカーの箕那みくに沙奈恵さなえを回収した俺達は、箕那の仲間がいるというサービスステーションへと向かった。


 近くにヴァンデルングトーアファイントがいるかもしれない為に、ノートパソコンで索敵を続ける伊藤いとうは真剣な眼差しで画面の状況を解析しているそうだ。


 伊藤が本気を出せば休眠状態のGEや擬態中のMIX-Pでも発見できるため、俺は連絡があった時の為に何時でも出撃できるようにマイクロバスの方で迎撃の準備をしていた。


 といっても今の俺が着ている服は対GE用の装備と同じ素材で出来ている為に防御面ではフェイスセット、武器としては次世代型トイガンと特殊小太刀を用意しただけだったけどな。


 とりあえず箕那みくにのAGE端末は急速充電機で使えるようにしておいた。


「そういえば、この辺りにいるというW・T・Fはどんなヤツなんだ?」


「被害を出した仲間からの情報では、出現したW・T・Fは体長十メートルほどの比較的小型の赤竜種W・T・Fドラゴンだそうだ」


 赤竜種ドラゴンはF型の中でも揃って 強力だからな。ブレスには装備を破壊する効果を持つ事が多いし……。


 基本的に強力で揃って巨大な体をしており、色や種別によりブレス等の特殊スキルの威力などは変わる。


 飛翔能力はほぼ無いが、その変わりとして鋭い爪での攻撃や長大な尾での攻撃を得意としてそのすべてが超強力、一撃食らえば大体石化なんて言われてるんだよな。


 隣の大陸には西洋型の竜じゃなくて身体が細く長い蛇の親戚の様な姿の巨大な龍が出現していて、国境を跨いで幾つもの国を壊滅させている。


 あまりにも行動範囲が広いので同じ姿のF型が何体も存在するんじゃないかと言われているけど、あいつがW・T・Fだとすれば辻褄は合う。


 ……アレだけ強力なW・T・Fが存在しているのに、いまだに出現していない国と何体も出現している国があるし、やっぱりあいつらは人類を相手に遊んでるんじゃないかって思えて来るんだよな。


「それだけデカければけっこう離れてても見つかりそうなものだがな」


「基本的に飛竜種と違って竜種はそこまで飛行しない。ゆっくり上昇して滑空する位だ」


 物理法則を無視したような動きをするGEも多いが、重力などに影響を受ける事は多い。竜種もその身体の大きさ故に自由に空を飛びまわるといった事は不可能だって話だ。


 身体の作りが根本的に違う巨大な翼をもつ飛竜種と呼ばれるタイプもいるそうだが、そのタイプは鳥の様に飛び回ったりすることもある。


赤竜種W・T・Fドラゴンという事は特殊攻撃系は口から吐く炎ですの?」


「情報ではそうだな。炎に包まれた後は、全ての装備が破壊されたほとんど全裸の石像が幾つも立ち並んでいるらしい」


「らしい? 確認はしてませんの?」


「ああ。最初は強力な特殊GE発生の緊急招集を受けて迎撃の準備をしていたんだが、それが撤回された後ですぐに物資を集めてあそこで探索任務に就いていたからな」


 流石に俺たちの持つAGE用端末に他県の緊急招集の情報までは流れてこない。


 所属する居住区域を登録するとそこ以外の警報は流れてこないし、情報を見るにしても結構面倒な作業が付きまとう。


 毎週のようにどこかしらで緊急招集警報が流れてくるから、うっかりAGE端末の情報対象を全国にすると自分の所属居住区域でもない警報に振り回されるからだ。


 色々あったらしく、対象を所属している居住区域だけに戻すときはホーム画面のボタン一つで出来るようになっている。 


「さっきも言ったけど、この先のサービスエリア周辺で一番高レベルの環状石ゲートは確かレベル五だった筈だけど。岡山から福岡までの高速道路上のエリアで最も高レベルの環状石ゲートでもあるってきいている」


「その通りだ。ただしW・T・Fヤツ環状石ゲートのレベルに関係なく移動するから、そこは問題では無いがな」


「元々この辺りを警戒していろいろ準備はしていたんだ。射程距離の長い特殊スキルで攻撃してくる大型GEヘビータイプがたまにいるって話だし」


「ああ、そいつは多分今はこの辺りにはいないぞ。環状石ゲート基準で反対側の拠点晶ベースがついこの間に破壊されたので多分その周辺にいる」


「じゃあやっぱり赤竜種ドラゴンはW・T・Fなのか」


 分からない事だらけなんで判断がつかないな。


 大型GEヘビータイプがいないって情報はありがたいが、厄介な問題が残ったままだ。


「それでも万が一って可能性はある。用心に用心を重ねるのは当然だ」


「無茶に無茶じゃなくて?」


「用心はしていると思いますよ。輝さん自身の行動以外は」


 無茶をしてる自覚はあるし、いろいろ巻き込んで悪いとは思ってもいるよ。


 それに、今までの作戦行動中に本気でヤバかったのは数回の筈だ。


「隊員から随分信用されているんだな」


「自慢の隊員達だ。ひとりは隊員の妹で実際には違うが」


 香凛かりんの妹である永遠見台付属中学とわみだいふぞくちゅうがく三年生の宮桜姫みやざき鈴音すずね


 永遠見台付属中学とわみだいふぞくちゅうがくに通っていて成績も優秀という事なので、来年には正式にGE対策部に入部する事は間違いないだろう。


「そういう事か!! ひとりだけ小柄な子が混ざってるんで不思議だったんだ。……で、どうしてこんな所にいたんだ?」


「キャンプに向かってる最中なんです。この辺りは海が綺麗だって聞いてますから」


「うちの県の日本海側の海は特に綺麗だからな。瀬戸内海側も悪くは無いけど」


 危険度の少ない漁場として瀬戸内海側は多くの漁船が集中しているから、今はあまり海水浴客などが歓迎されていない。


 港や浜も漁場を意識した造りに変わっているし、GEが出現する場所も守備隊の分所などが作られている場所が殆どだ。


 日本海側は地元の観光名所保全活動とやらの一環で多くの海水浴場やキャンプ場が残されているけど、GEの襲撃が少なかった瀬戸内海側に比べてGEに襲われた港町の多くが壊滅して漁港として機能しなくなった場所が多い事も関係している。


「休暇中にこんな事に巻き込んで悪かったな。もし、キャンプ中に困ったことがあれば、箕那の名前を出せば悪いようにはされない筈だ」


「セミランカーですもんね。憧れちゃうな~」


「ははは、無理をせず確実に行動してればそのうちセミランカーには手が届くさ。そこの凰樹みたいにランカーは流石に無茶だが」


 実の姉がレジェンドランカーの鈴音が無邪気にそんな事を話してるみたいだ。


 活動期間が短いとはいえAGEとして活動しているから、レジェンドランカーそんなものが憧れや目標となるかどうか位は理解しているようだな。


 正直、俺も馬鹿げてると思うし。


「もうすぐ着くぞ。伊藤からも連絡は無いし、こっちのレーダーにも紅点は確認されない」


「……サービスエリアの反応は予想通りでんな」

 

「すまないが、寄って貰えるか?」


「分かった」


 神坂の運転するバンに連絡を入れてサービスエリアに入るように指示を出した。


 紅点が無いから向こうもそこまで警戒はしていないみたいだけど、この区域を抜けるまで伊藤が索敵の手を緩めたりしないだろう。


「誰もいないな。暫くW・T・Fが姿を現さなかったから、破壊された車両や石像は撤去されたんだろう」


「……表はな。裏は予想通りだ」


 建物の裏から、箕那が姿を現した。


 声のトーンから其処に何があったのかは容易に想像できる。


「確認して来たのか?」


「ああ。ここで見張りをしていた仲間のうち、二人が石像に変えられていた。あ、二人ともほとんど裸なので見に行くのは勘弁してくれ」


 建物の裏に向かおうとした楠木達を箕那は声で制した。


 石像に変わったとはいえ、仲間が裸を見られて辱める様な真似はしたくは無いんだろう。


 左手のリングは装備を破壊するGEの攻撃でも破壊されにくいが、かなり特殊な構造をしているらしくてアレは装備なんかに利用できないって聞いている。


「世話になったな。俺はここで他の仲間が来るのを待つ」


「来るのか?」


「ついさっき無事だった仲間から準備が整ったので今日の昼過ぎにさっきのサービスエリアとここのサービスエリアを巡回して撤収するというメールが届いた。このサービスエリアにいるという返事はしておいたので問題無い」


「そうですか……。私達はこの辺りで……」


「ああ、また縁があれば、な……」


 こんな時にはなにもかける言葉は無い。慰めや同情は命を懸けてAGEとして活動している者を侮辱する行為だしな。


 その覚悟が無いんだったら誰もAGE活動なんて続けていない。


 さて、俺たちは予定通りにキャンプの続きを楽しまないとな。


 AGEとしての活動は活動、それ以外で遊ぶときは全力で遊ぶ。この切り替えが即座に出来なければ長年AGEを続ける事など出来ないぜ。

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