第五十八話 わたしを救ってくれた人【竹中紫視点】
七月二十一日、午後一時二十分。
わたしたちはグルメストリートにあるおしゃれなカフェでお昼ご飯を食べていた。
値段設定が少しおかしいっていうか、学食だったら一週間くらい食べられそうな値段の料理がメニューを埋め尽くしている。
ひと月前に私もランカーになったから割とお金を使うようになったんだけど、まだ仕事を再開したばかりのお父さんとの生活が楽になる為に毎月家にお金を入れるようにしてるんだ~。
「
「ん? 思ったより少なかったけど、デザートを頼もうかなって」
「油断してると太りますわよ」
「食べてもあまり太らないわたしは、もう少し身長が欲しかったんだけどね~」
昔に比べたら今は結構食べているくらいだよ。
去年あたりから食欲なんてなくなったし、今年に入ってからは何を食べても粘土を口にしているような感じだったな。
ただ、心がすり減っていくのに感覚はどんどん鋭くなってきたし、スナイパーとしての腕がどんどん上がっていったのは皮肉だった。
腕を見込まれてGE対策部に入部できたことはホントに幸運だったの。
ただ、あの時のわたしはあきらを利用する事しか考えていなかったけど……。
「栄養が全部
「ん~、邪魔だから無い方がいいと思うよ」
「
「あ~、神坂くんは明らかに大きい人が好きですね~」
「あきらが大きい方が好きって言ってくれたら、私はうれしいけど」
神坂君は分かりやすい。
あきらがあれくらいわかりやすかったら、私ももっと積極的にアピールできるんだけど……。
「
「
「あの二人の視線はたまに不快になりますわ。気が付いていないと思っているんですの?」
「本能っていうし、仕方ないんじゃない? ……
「確かにっ!! あの二人の視線はあまり感じませんけどっ」
大きいのが大好きって感じの二人だしね。
でもここ数日の神坂君はわたしの方に視線を向けてこなかったな。
多分本気で好きな人が出来たんだ……。
「長居をしても悪いですし、そろそろ出ないですか?」
「そうですわね」
私たちはカフェを出て次の店に向かっていた。
でももう必要な物は揃った気がするんだけどな。
◇◇◇
「えっと……忘れ物は無い? 日焼け止めは
「支払いの時にわたしたちって気が付いて、驚く人は多かった」
「別に普通でいいのにね?」
「ランカーですから~、仕方ないんじゃないですか~?」
レジェンド枠ランカーなんて呼ばれているけど、私たちは本当に運が良かっただけ。
確かに二回目の
二十億ポイントなんて莫大な額に見合うだけの働きはしてないんじゃないかなっていつも思ってる。
「
「油断大敵かな? あきらの目の前で~、水着の紐がほどけるハップニング~♪」
「アピールも程々にしませんと、輝さんが呆れますわよ?」
そんな事は分かってる。
あきらが誰を一番見ているか、誰を一番信頼してるかなんてこの短い期間で痛いほど理解させられてるから。
わたしより美人でスタイルも良くて、頭も良くて本当に弱点が分からない
「あの二人組、近付いてきますわ」
「ファンって訳じゃなさそうだね」
「どちらかというと~、別の目的だと思いますね~」
小太りのだらしない体つきにヨレヨレのシャツを着て、センスの悪いズボンに手を突っ込んで金色のネックレスや見栄えの悪いイヤリングを無数に付けた如何にも不良ですといった姿の男二人がわたしたちに話しかけてきた。
あれ? この人って確か……。
「ちょっといいか? 俺達と遊びに行かねえか?」
「俺達だけじゃ物足りなけりゃ、退屈しないように仲間を呼んでもいいんだぜ」
彼は濁りきった目を大きく見開き、目の前にいる荒城さんの身体を嘗め回す様に見ている。
以前あった時はもう少しまともだったのに、人間って一年位でここまで変わるものなんだね。
「少し見ない間に随分と落ちぶれましたよね。
「ああん? どうしておれの名ぉぅ……。お……お前、竹中か?」
「竹中? ああ、おめえが以前言ってた糞みたいな条件を無茶振りする根暗女ってコイツか? 聞いてた姿とは全然違うじゃねえか」
もう一人の男は知らないけど、 目の前にいる彼は
一年ほど前にわたしに近付いて来て、【必ず親父さんを助けるから付き合わねえか?】と、無責任な言葉を口にした男たちのうちの一人だ。
何度も執拗に言い寄って来たけど、約束を守るまでは指一本触らせなかったら最終的には脈無しと諦めて何も言わずにわたしの前から姿を消した。
「無茶だったかもしれない。でも、その無茶を請け負って無責任な言葉で私に言い寄ったのはアナタ達」
「はん。そんなうまそうな身体してりゃ、ちょっと味見位してみようって奴は大勢いただろう?」
「大体お前も分かってて、あんな無茶な条件出してきたんだろ?」
わたしが寂しさに負けて温もりを求める事に期待した男たちは、決まってその無責任な言葉を口にした。
身体を餌にしてあんな無茶な約束をさせるわたしは確かに最低の人間だ。でも、そのわたしに近付いてきた貴方達も最低でしょ?
「本当に私の事を分かってくれた人は、決してそんな言葉は口に出さなかったわ」
第十二完全廃棄地区で
その言葉は、気休めで口にして良いモノではないと知っているから……。
「その人は根拠の無い無責任な言葉じゃ無く、あの
あの瞬間は今もわたしの心の中で
もう絶対間に合わない……、目の前で刻まれる筈だった十年という
「お父さんを……、そして私の心を救ってくれたのはあきらだけ」
「
「ん? あきら? もしかして凰樹の事か?」
「そういやお前、確か今ランカー……」
少ない脳味噌をフル回転させて、どうやらそれだけは思い出したみたいだね。
それに、こんな男があきらのことを呼び捨てだなんて……。
「おい!! こいつ、
「気が付かなかったんですの?」
「あんな男勝りで女ゴリラな
「あん? お前なにとち狂ってお嬢さん趣味に目覚め……っ、ごふっ!!」
不用意な言葉を口にした二人は、
今の動きはわたしにも見えなかったな……。
「失礼ですわね。あの姿はあなた方みたいな粗野な人から身を守る為の処世術ですわ」
「お疲れ様。気分直しにカラオケにでも行かない?」
「いいですね~。私、
「一番近いのは……、ひとつ角向こうの雑居ビルだね」
カラオケか~。わたしも行くのは本当に久しぶりだな。
後ろを振り返ってみたけど、道路に蹲っている二人を助けようとする人は誰もいなかったみたいだね。
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