第五十九話 たのしい地下街でのお買い物


 七月二十一日、午前十一時十七分。


 俺達はショッピングモールにキャンプの為に必要な物を買いに来ていた。毎度ここに来る度に変装をしなきゃいけないんだけど、近くにある店だと品揃えが悪いしな……。


 今回は俺だけじゃなく、窪内くぼうち神坂かみざかもバレないように変装しているぞ。


 それは変装じゃなくて仮装だって意見は甘んじて受け入れるつもりだがな。


「とりあえず水着と小物、それに服だな」


「その格好やと、あまり人に見つからなくていい感じやな」


 そう、


 簡単な変装だと即座に見抜かれて囲まれるからな。今まで何度ショッピングモールまで来たのに何も買わずに引き返した事か。


 俺は変装の為にサングラスをかけて黒いソフトハットを被っていたが、着ているのは真っ赤なシャツに下は真っ黒なスラックスだ。


 この格好の場合は派手で目立つ胸から下に視線が集中するから、通り過ぎる前に俺だと気付かれる事は少ない。


あきらのその格好は考えてるよな。思わず視線がその派手なシャツに行く」


蒼雲そううんはんの恰好もなかなかでっせ」


 神坂の格好だが上はなんとアロハシャツ!!


 ズボンも似たような柄の物を選んでるから、どこの楽園から来たんだよって感じになっている。


 そのままの格好でキャンプに行けばいいのに。


「割と気に入ってるんだ。これもなかなか気付かれないしな」


たつのその格好は……」


「どっちかっちゅうと、おうさんの方が似合ってまんな」


 窪内の格好はまさかの和服。


 元々体形がいいからどっしりとした体に着物がよく似合う。


 俺の方が似合うといったのは、腰からぶら下げてるこれのせいだろう。


「特殊兵装帯刀許可だっけ? 俺達みたいにAGEの規則でハンドガンを持ってるだけじゃなくて、それを持ち歩く事を指定されてるって相当だよな」


蒼雲そううんはんの武器はそのウエストポーチの中でっしゃろ?」


「目立ちたくないからな」


 俺は腰のベルトに試作型次世代特殊小太刀をぶら下げている。


 武器が必要だったら俺もグレード五辺りをマガジンに詰めたハンドガンでいいだろ。


 なんで俺にだけ試作型次世代特殊小太刀を指定してきてるんだよ!!


「今は割と流行ってるし、逆に目立たないんじゃないか?」


「他のAGEには特殊小太刀系の武器を帯刀する許可が正式には出ていないだろ? なんで見逃されてるんだ?」


「第二のお前が出て来るのを期待されているらしい。特訓中ですと言えば見逃して貰えるそうだぞ」


 本物を持ってたらどうする気だよ!!


 この特殊小太刀はアルミ製でかなり軽いし、腰から下げた時の角度で分かったりするのかな?


 そんな事よりまず買い物だ。


「とりあえず、いつものあの店だな」


「キャンプ道具とかも殆どあそこで揃うんちゃいまっか?」


「AGE装備専門店とか言ってるが殆どなんでも屋だからな」


「この服もあそこで買ったんだし」


 地下への階段を幾つも降りて迷路の様な地下街の奥へ決められたルートで進んだ先にその店はある。


 比較的というよりも一般人は殆ど立ち入らないエリアの一角にある、知る人ぞ知る隠れた名店【AGEショップ幽玄ゆうげん】。


 品揃えは豊富だが扱っている商品の値段は高い。しかし値段に見合った性能の物しか仕入れない店長の性格を信頼して通う常連は多いんだよな。 


「いらっしゃい。おっ、久しぶりだね」


「店長おひさです」


「相変わらず如何わしい外装と雰囲気だよな。そこもいいんだけど」


 店長の名は蒲裏かまうら寛治かんじ


 元AGEのセミランカーで、守備隊に誘われていたがそれを断って再開発が終わったこの場所に店を構えて数年になる。


 AGE時代に何度か俺と共闘した事もあり、俺はこの店が出来た時には花輪を送ったりもした。


 店内には様々なルートで取り寄せた特殊トイガンが揃い、カウンターの後ろの棚には本来セミランカー以上のAGEしか申請の通らない特殊ランチャーまで並んでいる。


 最近品薄になりつつある特殊小太刀系の武器や、雑木林の多い危険地区で重宝される強力な虫除けスプレーや傷薬などの小物も完備しているぞ。戦闘区域内には虫も少ないけどさ。


 AGE活動っていうと戦闘だけを思い浮かべるものも多いけど、実際にはこういった小物が活躍する場面の方が多い。


 特殊ゴーグルやAGE用のタクティカルベスト、マガジンポーチやブーツ系なども様々なサイズが揃えられている。


「そういやいいのが入ったぞ。コレなんだが……」


 蒲裏さんが居座るカウンターの奥、そこには店頭には気軽に並べられないレベルの商品が幾つも並んでいる。


 その中から一丁の銃を取り出して無造作にカウンターの上に置いた。


 一見すると何処にでもある帝都角井製のM4A1特殊トイガンに見えるが、グリップ上部に本来は付いていない筈のボタンが存在している。


 それに見覚えのあるメモリもな。


「これ……、試作型次世代トイガンじゃねえか。店長、コイツをどこで?」


「仕入れ先は教えられねえがって、を知ってるって事はお前らもか? 輝は知ってて当然だと思ったが」


「正規ルートなのか?」


「当然、爺さんから直接……な」


 防衛軍特殊兵装開発部の坂城さかきの爺さんは他のところにも試作武器を流してデータを集めてるって話だ。


 あの爺さんは危険な武器をそれと知りながら流す事もあるので、詩作型の武器は素人にはあまりお勧めできない。


「コレの価値がわかる奴はそうそういないだろうが、分かってても……。値段が凄いな」


「百七十八万八千円? ポイントや高純度魔滅晶カオスクリスタルでも支払えるけど、買える奴はいないんじゃないか?」


「今はいるんじゃないか? あいつらがここに辿り着ければだけど」


 この居住区域のいろんな場所に転がる希少魔滅晶レアカオスクリスタルを拾い集めて、あぶく銭を手にしているAGE部隊は多い。


 奪還された元廃棄区域や戦闘区域はいまだに探索に向かうAGEがいると聞いている。


 数日前の事だから、まだ全部回収しきれてないだろうしな。


「ひとりだけいたぞ、それもぴちぴちの女子中学生だ。その子が気前良く現金キャッシュでポンとな」


「現金って……。そんな金持ち……」


「どうする気でっしゃろ?」


究極システム社アルティメットのM4A1アルティメットショートカスタムマックスでも十分だと思うが、あれだけの性能の特殊トイガンに何か不満でもあるのか?」


「ブラックボックスの移植用じゃないか? 究極システム社あそこは金さえ出せばそういった無茶な注文も受け付けるしな」


 究極システム社アルティメットのM4A1アルティメットショートカスタムマックスも相当な性能の特殊トイガンではあるが、組み込まれているブラックボックスは現行の物になっている。


 普通に小型GEライトタイプ辺りを相手にする分には十分過ぎる性能があるが、中型GEミドルタイプ以上を相手にするには試作型次世代トイガンとの差は歴然だ。


 チャージシステムが無いと威力に限界があるしな。


試作型次世代トイガンこいつが全部隊に行き渡ればGEとの戦いも楽になりそうだけど、それは少し先の話だろうな」


「仕方ないだろう。まだ試作段階って事だろうし」


 最大の特徴であるチャージ機能が一番の問題だしな。


 慣れないと一気に生命力ライフゲージを持っていかれるのがキツイ。


 その部分の調整が終わって誰が使っても同じくらいの威力を出せるようになれば、正式採用されるんじゃないかな?


「それで、今日は何を探してんだ?」


 蒲裏さんは試作型次世代トイガンをカウンター奥の鍵が掛かった棚に仕舞い、鍵をかけながらそんな事を聞いて来た。


 流石にあんな値段の商品が収められてる棚の鍵は開けっ放しにしないよな。


「キャンプ道具って言っても場所は海なんだですが、良いのがあります?」


「キャンプって事は、テントとか寝袋もか?」


「いえ、コテージを利用しますのでテントは必要ないですね。水着や虫よけなんかの小物とかを……」


 服や水着などから下着のシャツやパンツに至るまですべて対GE用の繊維や素材で作られている物を揃えている店なんて、ここ以外には存在しない。


 品質がいいので当然値段は高いけど、実践に十分耐えるレベルの物しか置かれていないのはありがたいんだよな。


「奥には水着もある。色気の無い武骨な黒いヤツから少しおしゃれでカラフルなのまで揃ってるぞ」


「ちょっと選んできます」


「水着はこれで、後は砂浜で使うビーチサンダルもどきとシャツ」


「これもビーチサンダルに見えるけど、素材が全然違うからな」


「特に裏の構造が完全に別もんや」


 苔の生えた岩場でもそう簡単には滑らないように加工してあるし、鋭い岩を踏んでもそう簡単には貫通しない。


 値段はビーチサンダルとは思えない位に高いけど、下手な物をつかまされるよりよっぽどいい。


「水着は選んだか? ほう、意外だな。お前らはもっとこう!! って、感じのを選ぶと思ってたよ」


「まあ、わてらだけならそうした所でっが」


「なんだ、女連れか? 色気付いたな」


「たまには青春を謳歌してもバチは当たらないですよ。特に輝は……」


「そうだな……。キャンプに行くならこいつを持って行った方がいい」


 そう言いながら蒲裏さんはカウンターに用意してあった、水着が色あせない特殊な薬剤で作られた虫よけや日焼け止め、野外型殺虫灯、金属型着火剤ファイヤースターター、クーラーボックスと保冷剤、LEDランタンなどを次々に取り出した。


「海でGEが出現した時に備えてだが、今の電動タイプじゃなくて完全防水で小型ガスタンク式の特殊トイガンもあった方がいいぞ」


「海水対策ですか?」


「ああ。別に電動でもいいんだが、万が一に備えてな」


「ハンドガンでもグレード五の特殊弾を使えばソコソコ役に立ちますよ?」


「GEが少なけりゃそれでもいいだろう。マガジンをそんなに大量に持って行く気か?」


 通常ハンドガンのマガジンに装填できる弾数は十発から十五発。


 出現するGEが数匹だったらいいが、確かに備えておくに越した事は無いかもしれない。


「武器庫に完全防水に改造したVz61スコーピオンがありまっせ。それで十分でんな」


「あれがあるのか? だったらコイツはいらないな」


 蒲裏さんは小型ガスチャージタンク式の特殊トイガンを下げて、ビーチボールなんかを追加した。


 あの辺りは丈夫なだけで普通の素材だな。


「そこに用意していただいた商品は全部購入します」


「結構な量になるな」


「毎度。荷物は明日届くように送ってやるよ。いつも通りに学校の部室でいいだろ?」


「すみません、助かります」


 高校に入ってから何度か送って貰ってるからな。


 同じ居住区域内だとそこまで送料も高くないし。


 あれだけの荷物を持ち歩くのも大変だ。


「それじゃあ飯を食って、その後で久しぶりにカラオケでも行かないか?」


「男三人でカラオケってのもアレやけど……」


「行くんだったら雑居ビルのあそこだな。ショッピングモールにある店だと会員証はあそこのしかないぞ」


「よっし。最高得点で勝負しないか?」


「負けが込んできたからって童謡とかは勘弁でっせ」


 こいつらとカラオケに行くのも久しぶりだな。


 たまにはこうして学生らしく過ごしてもいいだろう。

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