第五十四話 私の名前を呼んで【織姫アカリ視点】
今日は七月十五日の金曜日で、現在時刻は午前八時五十六分。
私はこの日も公民館の隣にあるホテル
ライブの本番は日曜日だけど、今回もライブに向けて衣装の確認やステージでの動きなんかを確認しなきゃいけないから、連日カグヤやミノリと一緒に細かい打ち合わせを繰り広げている。
ライブの準備の合間にこの居住区域にあるショッピングモールでの取材はあるし、ホテルで雑誌の取材を受けなきゃいけない。
体形を維持しなきゃいけないから食レポなんかは勘弁してほしい所なんだけど、この居住区域には知り合いも多いからマネージャーの
今日もヒカリにあいさつができる。
ヒカリの体は冷たい灰色の石に変わっているけど、ちゃんと顔を見てあいさつができるんだから私は幸せな方なのよね。
同じ時期に攫われた【チャイルド・フェアリーズ】の
彼女たちの石像の回収もして貰いたかったけど、ほとんど報酬を支払えないのにそんな図々しいお願いは流石にできなかったから。
「出会ったばかりなのに、
強くて、かっこよくて、優しい人。
石像に変えられたヒカリを助けてくれた時は私の事をGE共存派の浅犬の仲間と疑っていたみたいで、すっごく冷たい目で見つめられたりもしたけどあの目も覚悟をしているから出来たんだろうしね。
誤解がとけた後は優しい瞳を向けてくれたし……。
「えっと、今日の予定は十時からステージ衣装に着替えて振り付けの確認。その後十二時まで公民館でライブイベントのリハがあって、お昼からは雑誌の取材とテレビの収録」
雑誌の取材は日曜日のライブの事と、これからの意気込みだったかな?
カグヤやミノリも一緒だし、話した事も結構編集されてるから雑誌に載るまでどんな記事になるのか分からないんだよね。
そういえば、前回は好きな人とか聞かれたけど、こんな出会いの少ない職業をしてるのにいる訳ないじゃない。
マネージャーの
「それにしても遅いな。いつもだったらとっくにコールが鳴ってるんだけど」
朝食は済ませたし準備も整えたんだけど、
ホテルのロビーで待ったりすると、人が集まってきて大変だからって部屋で待機してるのに。
あれ? 窓の外が明かる気が……。
「救急車の音が鳴り響いてる。それにパトカーとか消防車も凄い数だ……」
何か大きな事故でもあったんだろうか?
だから
状況が分かるまではこのホテルにいた方が安全だろうしね。
あれっ、公民館の前にも救急車が止まったみたい。
やっぱり何かあったんだ……。
連絡がないままに十分が経過した。おかしい、流石にこんなに連絡がこないって事は無い筈だよ。
あっ、ようやく
「はい、ヒカリです」
そう、私は
少なくとも、自室に一人でいる時間以外は
本物のヒカリは隣の公民館に置いて来てるけどね。
「っ!! ……そうだったわね。でも、それも今日までかもしれないわ」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。窓の外の光は見たかしら?」
「はい。これってなんでしょうか?」
ほとんど光は収まったし光の粒はかなり少なくなっているけどまだ降り注いでいる。
それに今日までってどういう意味?
「驚かないで聞いてほしいの。ヒカリが元の姿に戻ったわ」
「え?」
「ついさっき、石化が解けたの。今は病院に搬送して色々検査を行ってる所よ」
さっきの救急車!!
アレでヒカリが病院に運ばれてたんだ!!
でも酷いな。私にも教えてくれればよかったのに……。
ああ、そういう事なんだね。
「私が
「そういう事になるわね。まさか二人もヒカリがいる訳にはいかないでしょ」
「カグヤやミノリは?」
「彼女たちも一緒に病院に来ているわ。あなたにはまだ連絡をしないように釘を刺してるから、彼女たちの事を悪く思わないで欲しいの」
それで二人からも連絡がかなったんだ。
あれ? ヒカリが元に戻れたのに、なんで私は泣いてるんだろう?
あの日からずっと望んできた事じゃない。
「今後の事は事務所とも確認したうえで相談するわ。あなたはとりあえず、そのホテルで待機していて欲しいの」
「私が歩き回ると問題がありますからですね」
「ごめんなさいね。本当はあなたもここに呼んで、再会を喜ばせてあげたいんだけど……」
「私も納得してしていたことですから」
これで私が
もしかしたら、日曜日のライブにはヒカリが歌や振り付けを覚えきれなくて、私が最後にもう一度だけ光を演じる事になるかもしれないけど。
ううん。ヒカリは物覚えもいいし、今回の曲の多くはデビュー当時からある歌だしヒカリもレッスンを受けていたはず。
時間が二年ほど止まっていたけど、ヒカリにとっては昨日の出来事だもんね。
「それじゃあまた連絡をするわ」
「はい。今までありがとうございました」
「っ……。ごめんなさい」
やっぱりそうなっちゃうよね。
目を閉じるとカグヤやミノリと一緒にステージの上で輝いて居た瞬間が鮮明に思い出される。
でも、そこで歌っていたのは
私の筈なのに、カグヤやミノリとあの瞬間を共有していたのは確かに私だった筈なんだよ!!
どうして私は
私は……、私のこの二年は幻に過ぎなかったっていうの……。
「私はこの先、どう過ごせばいいんだろ?」
もう偽物のヒカリはいらない。偽りの
眩しかった。
楽しかった。
苦しい事も多かったけど、カグヤやミノリと共にステージで頑張ってきた時間は決して偽物なんかじゃない。
でも、私の存在だけが偽物だったんだ。
「誰か、私の名前を呼んでよ……」
最後に私目を見ながら名前を呼んでくれたのはあの人だ。
皮肉な事にその彼は妹を助けてくれて、そして私からすべてを失わさせた。
◇◇◇
「あれ? また電話?」
そこに表示されていたのは
私の処分が決まったのかな?
すぐに出たい。
私のこれからがどうなるのか知りたい。
でも、通話ボタンに添えられた私の指は、まるで石に変わったかのように動かなかった。
「っ!! はい、アカリです」
「よかった……。ヒカリの検査が終わったわ、よかったことに何処も異常が無いみたいなの。他にもものすごい数の人が次々に運び込まれてるから、特に問題が無ければすぐに退院しなければいけないみたいなのよ」
検査が終わって?
ああ、いま気がついたけど、とっくに十二時を回っていたんだ。
「それはよかったです」
「えっと、今から私たちはそのホテルに行くから今後の事を話し合いたいの」
「今後の事?」
「カグヤやミノリも同じ考えみたいでね。あなたが良ければなんだけど」
え?
ヒカリがいるから私はもう必要ないんじゃないの?
私はもう一度、カグヤやミノリと一緒にステージの上に立てるの?
「三女神が四女神になるけど、
どうやら私は、もう一度あのステージに立てるみたいだ。
今度こそ本物の
偽りでない本物の明かりを灯す事が出来るんだ。
「もちろんです!! これからも、よろしくお願いします!!」
二年前には実現しなかった、する事もなかったヒカリと一緒のステージ。
今度こそ私は本当にデビューできる。
もう、偽りの私を演じなくてもいいんだね。
これから先は、四人で頑張っていこう!!
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