第五十三話 苦しい撤退戦の終わる時【神坂蒼雲視点】


 拠点晶ベースに攻撃を加えた俺たちは決死の撤退戦を繰り広げていた。


 GEが近付いてこなくなる安全区域までは目と鼻の先なんだが、そこに到達してしまうとせっかく誘い出したこの大量の小型GEライトタイプあきらが攻略中の環状石ゲートまで戻っちまう。


 そんな事になれば本末転倒だし、せっかく上手くいきかけているこの計画が台無しになるからな。


「もう一撃加えて拠点晶ベースを破壊した方が良かったんじゃない?」


「そうすれば確かにこれだけの数の小型GEライトタイプを始末できるが、まだこっちに引き寄せ切れていないGEがあきらの方に向かっちまうぞ」


「これだけの数を倒せればかなり攻略は楽になると思いますが、わたくしたちに課せられた任務は討伐ではなく誘導ですのよ」


荒城あらきのいうとおりだ。今回はマジでキツイ作戦だがな」


 そもそも学生AGEだけで環状石ゲートを攻略しようなんて考えがバカげているんだ。


 前回は条件が揃っていたし、今回狙ったKKIの環状石ゲートも二ヶ月後だったら弱体化しているはずなので、こんな数のGEが存在する事は無かっただろう。


 作戦自体は上手くいっちゃいるが、ワンミスで全滅しかねない危険な状況なのは間違いない。


「ヤバイな。あとどのくらい持つか分からないぞ」


「弾の残量は十分ですが、押し寄せて来るGEの数も相当ですの」


「この迎撃地点が地形的によくなければ、もっと厳しい戦いになってたっスね」


「少なくとも後ろからは攻めてこないからな。見通しもいいし、最高の迎撃地点を設定してくれたもんだよ」


 この辺りは流石というか、あきらの奴は撤退後に何処で迎撃すればいいのかを何ヶ所か設定してくれていたんだよな。


 伊藤も撤退ルートを選ぶ際に空を飛べなくて動きの遅いMIX-Pが遠回りしないと迫ってこれない地形や、出来る限り俺たちが囲まれにくい場所を選んでくれていた。


 その場所に誘導してくれたから俺たちは何とか撤退戦を続けられているんだけどな。


おうさんが環状石ゲートに向かったのが十五分前、後十五分位は耐えんといかんのとちゃいます?」


「いや、俺たちが撤退を始めた時点であいつは突撃するだろうし、あと十分程度なんじゃないかと思うんだ」


「あと十分ですか。結構厳しいですよね」


 経験の浅い宮桜姫みやざきは特にきついだろうな。


 この状況は体力的にも割とハードなんだが、それ以上に精神的に


 結成後間もないAGE部隊が壊滅する時は、体力的に追い詰められた場合より精神的に追い詰められた時の方が多い位だ。


 いつも明るくて様々な話題を提供して笑わせて来る窪内や、雰囲気を察しておどけて見せる霧養むかいなんかのムードメーカーの存在も大切なのさ。俺も副隊長の時にはその立場になるんだけど、隊長を任されている時は真剣にいろいろ考えなけりゃいけないからそうはいかないんだよな。


要石コア・クリスタルの破壊は問題ないだろうが、あそこにいる最後の守護者キーパーがどの位強いかだな。いかにあきらでも誰の支援もない状況だと、そう簡単に倒せない可能性はあるだろう」


「そうっスね。前回の百足型のリビングアーマークラスだと苦戦する可能性も……」


「今回は最低レベルの環状石ゲートですわ。あきらさんが苦戦するとは考えにくいのでは?」


「状況ってもんがある。ある程度の距離が稼げればどうにでもなるし、体制を整えた後で接近戦に持ち込めば問題はないだろうが」


 問題は環状石ゲート内部がどの位の広さがあるかだよな。


 狭ければ攻略は楽だろうが、その限定的な空間で攻撃範囲の広い最後の守護者キーパーがいた場合はあきらでも苦労するだろう。


 負けるとは思わないが、攻略に時間がかかる可能性は十分にある。


「伊藤です。あと十分以内ですと、目の前にいる一団を倒せば何とかなります。十五分後ですと飛行タイプの小型GEライトタイプが五十ほど押し寄せてくる予定です」


「……障害物を無視して迫ってくるからか?」


「池を縦断してくる小型GEライトタイプは飛行タイプだけですので~」


 地形をどんな形で移動するかや、移動速度で大体の傾向を予測してるって訳か。


 しかもその分析はかなり正確で、今まで一度も間違えた事が無いんだよな。


「飛行タイプに備えるっス」


「わては地上の小型GEライトタイプやな」


中型GEミドルタイプや動きの遅いMIX-Pはわたしが仕留めるわ」


 戦闘モードに入ると竹中も昔に戻るんだよな。


 あきら大好きモードでも戦闘時にミスはしないし、狙撃の腕は衰えてはいない。むしろ精神的に余裕が出来たのか、今までよりも正確なくらいだ。


「時間的にはあとちょっとか……。ん? あの光……、それに周りのGEが……」


「自壊を始めたっス!!」


「やりやがったんだ!! よっしゃ!! あきらの奴、今回も成功させやがったな」


 目標の中学校の方角に光の柱が見える。そしてそこから降り注ぐ大量の光の粒子も……。


 周りにいた大量のGEは動きを止めて自壊をはじめ、俺たちに迫ってきていた絶体絶命のピンチは地面を埋め尽くすオハジキ大の魔滅晶カオスクリスタルへと姿を変えた。


 池の上を飛んでいた飛行タイプの魔滅晶カオスクリスタルはそのまま池の中に落ちたんだろうけどな。


「伊藤で~す。環状石ゲートの消滅を確認しました~。これでエリア内の拠点晶ベースは全部崩壊しますけど~、そこにある希少魔滅晶レアカオスクリスタルはどうしますか~?」


「ああ、孤立化させた内部にある拠点晶ベースだけでも結構な数だしな。その周りにも相当あるぞ」


「近くにある分は拾っていきますか? あの攻撃を加えた拠点晶ベースの分は他の誰かに渡したくありませんし」


「そうだな。これだけ苦労したんだし……」


 と言っても全部は回収しきれないし、回収する必要もないだろう。


 緊急放送が流れているし、AGE部隊や守備隊は全員呼び出されて捜索を始めるんだろうしな。


 多少は手間賃だ。


「あの拠点晶ベース分を回収したら撤収だな。多分また休校になるぞ」


「予想される救出人数は五万人。僅かひと月ほどで十五万人も助け出したあきらさんは流石ですわ」


「いろんな形で救われた人はその数倍はいるよ。わたしもそうだったけど、あきらは本当に凄いから……」


 織姫おりひめアカリもそうだろうな。


 織姫おりひめヒカリはこれで元に戻るだろうし、浅犬の手で石に変えられたアイドルの卵たちも石化から解放される筈だ。


 これから先に彼女たちの歌声で心を救われる者も多いだろうし、勇気を貰える人もいる。


 それを奴らの魔の手から取り戻したのは紛れもなくあきらだろう。


「やっぱりすげぇ奴だよな」


「今更ですのね」


「付き合うのは大変っスけどね」


「違いない」


 その分見返りも大きいけどな。


 俺達の手で多くの人の命を救えたんだ。


 それは十分誇ってもいいだろう。

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