第四十三話 形だけでも試験勉強【神坂蒼雲視点】


 七月七日の木曜日。学生寮の窪内くぼうちの部屋には俺と霧養むかいが集まっていた。


 目的はもちろん試験勉強の為だが、あきらを呼んでいないのは中学の頃から変わらない。勉強ができる奴ってのは、何処が分からないのかが理解が出来ないらしいな。


 さて、試験勉強を始めるぞといったところでどこかからか霧養むかいが入手して来た予測問題テスト用紙がテーブルに広げられ、そのお陰で何とか赤点は回避できそうだ。


「コレに頼るんもちゃう気がするんやけど」


「利用できる物は何でも利用するさ。なくても余程の事が無いと赤点なんてないけどな」


「そうっスね。今回はたまたまっスよ」


「そういう事にしときまっか。おうさんには……」


「内緒で頼む」


「っス」


 あいつにバレると面倒だしな。


 これの存在を否定していないから使用を咎める事は無いだろうが、次からは真面目にやれよくらいは言う男だ。


 AGE活動以外では割とたんぱくな奴だし、そこまで勉強やスポーツなんかを重視していないみたいだしな。


 それでもあいつの成績はトップだが。


「晩飯はどうしまっか?」


「材料は買ってきた」


「お菓子とお飲み物もあるっス」


「試験勉強なんやし、弁当でも買ってくりゃいいんとちゃいます?」


「どうせならうまい物が食いたいじゃないか。あ、その牛肉は霧養むかいのおごりだ」


 入手困難な牛肉でもランカーの霧養むかいだったら申請できるし、寿買じゅかいのランカー用ページでも注文が可能だ。高いけどな。


 ホテルに監禁されている時に注文していた分だが、昨日届いたので試験勉強が無くても今日はここで飯を食っていたことだろう。


「贅沢しとりまんな」


「頼める物は遠慮なくいくっス」


「本物の牛肉なんて何時ぶりだろうな」


おうさんは超高級ホテル山景王さんけいおうのルームサービスで食いまくっとったそうや」


 そういえば晩飯は定食系とステーキを頼んでいたと聞いたな。


 あそこの定食は割とボリュームがあるのに、別皿でステーキなんて食える奴だったか?


 そこまで大食いじゃなかったはずだし、最近変な事が多いよな。


「ええ肉やし、普通に焼くだけで十分やな」


「その肉を牛丼とかにしたら流石に怒られそうだ」


「そんな事は無いっス。いい肉で作れば牛丼も旨い筈っスよ」


霧養むかいはんが正解やな。煮込んだ時に出る旨さが別ものやで」


「試したのか?」


「そのあたりは豚肉でも変わらんやろ。豚丼でも差が出まっせ」


 そういえばそんな事もあったか。


 窪内には過去に何度も飯を食わせて貰っているが、妙に旨い豚丼を食った記憶があったな。


 あの時の集まりは珍しくあきらの奴が参加したんだったか。


「とりあえず飯を食って勉強だな。予測問題テスト用紙を使う以上、ある程度点を取らないとメンツが立たん」


「結局そうなるんやから、予測問題テスト用紙なんて使わにゃええんとちゃいます?」


「保険みたいなもんっス。ヤマ大外れなんて目も当てられないっスよ」


「自慢の先読みもテストにゃ無力か。これを参考にして対策でも練りゃいい」


 予測問題テスト用紙で各教師ごとの出題傾向は読める。


 それにどんな試験でもある程度は点数が獲れる問題も作る訳だし、そう考えると試験範囲全体を覚えなくてもいい。


「とりあえずやるか」


「そうっスね」


 始めなきゃいつまでも終わらないしな。


 はぁ、試験なんてなけりゃいいのに。ん? まてよ。


「お前らはランカー特典で免除されるんじゃないのか?」


「試験の免除と赤点の免除があるんスよ」


「赤点の心配はしとらんけど、万が一の時は利用させて貰います」


 律儀に試験は受けるって事か。


 あきらの奴も受けるんだろうし、他の奴らが受けませんって訳にはいかないよな。


「何か曲でもかけないか?」


「はいな。……曲探すついでに小型ノートパソコンで対GE民間防衛組織の情報をチェックしたんやけど」


「何かあったのか?」


「これ……、マジっスか?」


 リアルタイムでの支配状況を確認したところ、レベル一環状石ゲートのKKIを中心とする拠点晶ベースがいつの間にかいくつも破壊されていた。


 拠点晶ベースが勝手に壊れる訳もなく、誰かが破壊している訳なんだが……。


 まあ、こんな規模で壊せる奴なんてあきらしかいないよな。


「これ、おうさんひとりで壊してはるんやろ?」


あいつだったら不可能じゃないとはいえ、こうしてみたら馬鹿げてるよな……」


 通常は部隊が小型GEライトタイプの数や付近の状況などを調べて装備を整えた上で作戦を練り、長ければ半月近い時間を掛けて広い支配エリアに点在する拠点晶ベースの位置を特定したうえで特殊ランチャーなどを用いて破壊する拠点晶ベースを、あきらは単騎で、しかも僅か十数分で特定して破壊しているのだ。


 本当にばかげている。


 あいつは伊藤の力を重視しているし、いつもよく観察しているからなにかコツでも掴んだのか?


「特定は可能だとして、どうやって破壊しているんだ?」


おうさんの試作型次世代トイガンはカスタム済や。あれを使うとるんちゃいまっか」


「そういえばグレード五の特殊弾を使えば、拠点晶ベースの破壊が可能だとか言ってたな」


霧養むかいはんが肉頼んどった頃に、おうさんは特殊弾を頼んだっちゅう訳やな」


「人それぞれっスよ」


霧養むかいも正しいぞ。あいつがおかしいだけだ」


 おそらくもっと高グレードの特殊弾も頼んでいるだろう。あいつはグレード五程度で満足する奴じゃ無い。


 流石にもう環状石ゲートを破壊しようなんて言い出しはしないだろうが、代わりに拠点晶ベースだけは破壊しまくるつもりか?


「凄いっスね。紅点が集まる拠点晶ベースは避けて確実に破壊出来る所を選んでるというか……」


「此処の拠点晶ベースを避けとる辺り小型GEライトタイプの動きを予測してはるのか、それとも霧養むかいはん並みの先読みができるんやろか?」


「あいつの先読みも異常だからな。昔っから勘が鋭いだろ?」


あきらさんに出会うまで、先読みで互角にやりあえる人がいるとは思わなかったっス」


 霧養むかいもおかしいが、あいつはそれ以上だからな。


 本気で予知能力でもあるんじゃないかと思うぜ。


「動きが止まった。今日はこれで終わりかな?」


「それでも六つっスよ、六つ。撃破ポイントも一千万ポイントオーバー……」


「いや、まだみたいでんな。KKI一三五も破壊されとるで」


「そこには大量のGEがいたんじゃなかったか?」


「そのGEが移動したみたいでんな。これ、どこかの救援要請を受けとるみたいやけど」


「馬鹿が拠点晶ベースに手をだしたんだろ。よくある事さ」


 で、あいつはそれを利用したって訳だ。


 抜け目が無いというか、その部隊を助けるにはそうするのが一番確実だからだろうが、遠ざかっていくその部隊を直接助けようとはしない。


 あいつだったらその位難なく出来るんだろうけどな。


「たまにだが、俺はあきらが恐ろしいと思う事がある。もし俺に同じ事が出来るだけの能力があったとしてもだ、俺にはあんな真似は出来ない」


「同感っスね。俺もあきらさんに憧れてるとはいえ、ちょっと真似は出来ないっス」


「それをするからおうさんなんやろう。何をしとるんかは分かったつもりやけど」


「ここまであからさまだと流石にわかるぞ」


「どういう事っスか?」


 あいつが狙っているのはレベル一環状石ゲートのKKIを孤立化させる作戦だろう。


 首都で実験された作戦だが、低レベルの環状石ゲートを取り囲む拠点晶ベースを一定間隔以下で破壊すると環状石ゲート能力が落ちるらしい。


 あいつは意図的にKKIをそのターゲットに選び、こうして一人で周りの拠点晶ベースを破壊しているんだろう。


 ここ最近壊されたこの周辺の拠点晶ベースは全部あいつの仕業だ。


「この環状石ゲートKKIを孤立させようとしてるのさ。首都でも行われてるた作戦だぞ。というか近年では防衛軍が行う環状石ゲート破壊作戦の基本戦術の一つだ」


「あれ、AGE部隊だけで出来る作戦なんっスか?」


「普通は無理だな。部隊どころか、あいつはひとりでやろうとしてるみたいだが」


「いろいろおかしいっスね」


「だろ? 相談されても流石に試験勉強があるから手を貸せないが、反対くらいはしたと思うぞ」


 いい加減無茶な真似はやめろってな。


 あの環状石ゲート破壊作戦も無茶だったが、今回のこれも相当に無茶だ。


 相談されたら流石に荒城あらきでも反対しただろうぜ。


「試験勉強はかなり適当やけどな」


「いや、十分にしてるぞ。窪内も上位陣の常連だから物足りないだけだ」


「対象は選択科目外の国語総合、世界史、日本史、政治・経済、数学、化学基礎、英語の八教科っスからね」


「世界史は環状石ゲートやGEの出現でかなり変わっちまったし、他の強化も大幅に変更されたが」


 昔はGEについての基礎知識なんかもあったんだが、割と頻繁に情報が変わるんで授業では扱うけどテストとしては無くなったんだよな。


 古典なんかも国語総合の一部に変わっちまったし、試験範囲が昔とかなり違うとは聞いている。


「テストなんてできとる時点で余裕のある国の証拠やで。国民一丸でGEと戦っとる国も多いやろ?」


「最低限の教育だけして、一定の年齢になったらGEとの戦いに明け暮れる。悲しい現実だよな」


「運もデカいっスけどね」


 霧養むかいの言う通り、この辺りは運もデカい。


 太平洋や大西洋に存在する小さな島国の中には国土に存在する最強の環状石ゲートがレベル二なんて国もある。それでも対抗策を持たなかった国は滅びたんだが……。


 ただ、そこに目を付けた国も存在する。


 最低レベルの環状石ゲートから当然出て来るのは小型GEライトタイプがほとんどなんだが、アメリカ軍と日本の防衛軍が協力して壊滅したその島国の領地を取りもどしてコーヒーや砂糖の生産拠点にしているという話だな。


 現在の国際協定では、自国の領土をある程度回復できた国しか滅亡した国の土地を攻める事は禁止されている。


 この辺りが世界史や地理なんかで大幅に変更された点だよな……。


「世界情勢はどうでもええし、おうさんも最後の一手は何か話してくれるやろ。わてらは試験勉強の続きをしまっせ」


「仕方ない。覚悟を決めて勉強をするか」


「面倒っスね」


 なんでこの国はまだ試験なんて出来てるんだろうな。


 とはいえ、学生生活も無くGEとの戦いだけの人生なんてまっぴらだ。


 やはり人生には潤いが必要だ。


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