第四十一話 絶体絶命!! ピーチ・ヴァルキリー【応徳涼香視点】


 私は桃ヶ峯ももがみね女子高等学校のAGE部隊、桃色戦天使ピーチ・ヴァルキリーの隊長応徳おうとく涼香すずか。私も含めて十四人の隊員は今現在決死の撤退戦を繰り広げている。


 私たちが最初に犯したミスというのは、あのテレビ番組を見た事かもしれない。


 番組に出演していたコメンテーターが、特殊小太刀を使えば簡単に拠点晶ベースを破壊する事が出来る上に、それだけで報酬が百万ポイントも入るんですよ。などと口にしていたのを真に受けた事だろう。


 実際は違った。


 私たちは何度も目にしていた【特殊小太刀を使いこなすには長い時間が必要だ】という対GE民間防衛組織の発表を無視し、手軽に五万ポイント程度で入手できる特殊小太刀を片手にこれで拠点晶ベースを破壊できるなんて言う馬鹿げた夢を見てしまったんだから。


絵梨香えりか舞由希まゆき、もうすぐ安全区域だから」


「隊長、レーダーの紅点が……。周りを囲まれてます……」


「作戦の失敗をAGE事務局に報告。後、救援要請!!」


「こんな場所に助けに来てくれる人なんていませんよ……」


「それでも!! このままここで石像になんてなりたくないでしょ!!」


 二年で副隊長の祥和しょうわ絵梨香えりかと一年の完泳かんえい舞由希まゆきがGEに何度も攻撃を受けて、生命力ライフゲージを残り四十半ば程度まで失っていた。


 二十程度でも急激に失えば体調を崩す事もあるんだけど、一気に五十以上失った二人は気を失ってはいないものの、すでに自分の足で歩く事すらできなくなっている。


 残りの隊員で左右に一人ずつ支えて、残りの八人で迫り来る無数の小型GEライトタイプを撃退しながら、何とか安全区域まで後一キロの所にあるコンビニ跡地前まで辿り着いた。


 最大の誤算は中途半端に拠点晶ベースに攻撃を加えた為に周りにいた無数の小型GEライトタイプがすべて私たちの方に集まり、最初の計画で万が一の時の為に確保していた撤退ルートまで潰されてしまった事だろう。


「たいちょ……う、私は此処に置いて、逃げてください」


「馬鹿な事言ってるんじゃないわ。逃げる時はみんな揃って逃げるの!! 私達は誰も置いてなんていかない」


「でも。このままじゃ……、みんな……石……に……」


 私はそういいながらも内心では迫り来る紅点の数に戦慄していた。


 レーダーに映る紅点の数は更に増し、拠点晶ベース方面から押し寄せる無数の小型GEライトタイプの他にも植物に擬態していたMIX-Pまでゆっくりと私たち桃色戦天使ピーチ・ヴァルキリーの移動する場所を目指して移動を続けていたからだ。


 私たちは何とか拠点晶ベースが生えていた畑の跡から少し離れた団地にあったコンビニ跡地にまで逃げて来れたが、今や先日の大発生を彷彿させるような数のGEが私たちのの周りに押し寄せて来ていた。いったいこんな数のGEが何処に隠れていたのよ!!


 正直に言えば、これをグレード三程度の保有数も乏しい私達だけで何とかしようなど無理難題も良い所だった。


 私たちがメインに使っているのはグレード二、これでも数発当てれば小型GEライトタイプは倒す事が出来るし、私が使っているグレード三であれば上手くいけば一撃で倒せる。


 問題は周りに押し寄せてきている馬鹿げたGEの数だ。こいつらを全て倒しきるには今持っている弾が百倍であっても可能かどうかが分からない。


「私があんなことを言い出さなければ……」


「アンタの所為じゃないわよ。私だって百万ポイントも入ったらひとり十万ポイント近く貰えますね~。何買おっかな~、なんて言っちゃってたし」


「命はポイントじゃ買えない。分かってた筈なのに……」


 といつても、今私たちを支えているのはそのポイントで入手した特殊弾なんだけどね。


 無制限にグレード三の特殊弾を使う事が出来れば、何とか私たちだけでもこの場を切り抜けられる。


 でも現実はそう甘くはない。


 周りから迫りくる小型GEライトタイプを倒しきるより先に、私たちが持っている弾が尽きる方が先に決まっているんだから。


「でも、どうして一斉に襲ってこないんでしょうか?」


「たぶんのお陰ね。こんな状況に陥った元凶でもあるけど」


「特殊小太刀がですか?」


「ほら、これを抜くと一瞬あいつらが一斉に距離をとるでしょ。よっぽどこれが怖いんだと思うわ」


 多分それはあの人のお陰。


 特殊小太刀を片手に環状石ゲートまで破壊してみせたあの人。


 この状況もその活躍をオーバーに伝えたテレビ番組のせいなんだけどね!!


「こんな所で冷たい石に変わるなんて絶対にイヤッ!!」


梓沙あずさ……」


 一年の嘉吉かきつ梓沙あずさが泣き叫びながら迫りくる小型ライトタイプGEに特殊弾を撃ち続けていた。


 泣いてもいいわ。


 私たちが生き残るには最後の一瞬まで決してあきらめず、一匹でも多くのGEを倒すしかないの。


「絶体絶命の私を助ける為に白馬に乗った王子様が颯爽と現れて、そこで私は素敵な彼と運命的な出会いをして……。こうして恋人を作った私は遊園地でデートした後におしゃれなレストランでディナーを食べて、夜景が見える素敵な部屋で薔薇を敷き詰めたベットで愛を語りながら優しく初めてを……」


梓沙あずさ~。……無事に戻れたら今の黒歴史確定の発言、この戦闘記録のデータから消す許可を出してあげるわよ」


「あ~、いいじゃないですか。うん、夢を見るのが必要な時もありますよ」


「遊園地なんていま日本には二ヶ所しかないし、そこでデートなんて……。それに、今現在稼働中の遊園地の近くに夜景が見えるホテルなんて無いですよ~」


「な・ん・で、そんなこと知ってるのよ!!」


「誰でも一度位そんな恥かしい妄想するものだって。現実はそこまで甘くないけど~♪」


 梓沙の発言に乗る形で周りにいた隊員が好き勝手な事を言っていた。


 後日改めて聞けば悶絶級の発言はひとまず置いておいて、特殊小太刀を手にしている他の隊員は銃弾を少しでも節約する為にそれを振るって小型GEライトタイプを倒していた。


 一応チャージすれば小型GEライトタイプくらいは倒せるし、特殊弾の心許ない私たちにはそれくらいしか生き残れる手がないからだけど。


「この特殊小太刀、チャージ機能って言っても刃が光るだけで拠点晶ベースに傷なんて付けれないじゃないの!! これ絶対不良品よ!!」


「その状態で小型GEライトタイプは一撃で倒せましたから、不良品って事は無いと思いますけど……」


「トリガーは引いちゃダメよ。それを使うと一気にチャージした生命力ライフゲージを放出しちゃうから」


「それでも拠点晶ベースは破壊できませんでしたけどね」


 使いこなすには長い時間がかかる特殊小太刀で戦えている時点でおかしいんだけどね。


 確かに私たちが下手にチャージなんてしたら一気に二十くらい生命力ライフゲージを持っていかれるし、トリガー機能を使っても拠点晶ベースに傷をつける程度の事しかできないけどさ。


 それでもやっぱりこれは強力な武器だ。


 万が一の時のお守りくらいで考えればだけど……。


「隊長!! もう弾が……」


「こっちもです……」


 ついに恐れていた時が来たみたい。


 動けなくなってた絵梨香えりか舞由希まゆきのマガジンから特殊弾を抜き取って使っていたが、とうとうそれすらも撃ち尽くしたようだ。


 サブウエポンであるハンドガンを取り出し、最後にそれでGEを倒してる子もいるけど……。 


「私達、もう……ダメなの? 最後にコレで……」


「ん? 今の音はもしかして!!」


 この時、十四人の隊員全員が敗北を悟っていた。


 人知れぬコンビニ跡地で私たち全員が冷たい石の像へ姿を変え、桃色戦天使ピーチ・ヴァルキリーが愚かな作戦の実行部隊として笑い者になると覚悟した時、入れっぱなしにしていた小型タブレットの通信機能が二件の新規情報を表示する。


「隊長!! 救援要請に応じた人が……」


「そんな部隊なんて何処にもいないじゃない!! 冷かしよ!!」


 周りには部隊の影は無く、特殊トイガンの発射音も聞こえてこない。それにこの時間であれば見える筈のライトの光すら見当たらなかった。


 全滅しそうな部隊の救助要請にわざと申請して、残された魔滅晶カオスクリスタルを略奪する悪質な部隊も稀ではあるが存在している。


 私達の場合は窮地に陥ってから救助要請を出す時間があまりにも遅かったから、時間的に居住区域から応援に駆け付けた他のAGE部隊が間に合うとは思えないし。


「もうひとつ……、KKI一三五地点の拠点晶ベース破壊作戦が申請された為に該当エリアに展開中の部隊に通達を……、KKI一三五?」


「ぜ~ったいに冷かしの嫌がらせだって。私達が作戦に失敗したから誰かがあてつけに作戦を申請したんだわ」


「隊長、もう、駐車場内にGEが……」


 KKI一三五はついさっき私たちが攻撃を加えた拠点晶ベースだし、該当エリアはまさにここ!!


 拠点晶ベースは別に破壊作戦を申請しなくても攻撃できるし、この状況下でわざわざ破壊作戦を申請するなんて私たちを馬鹿にするため以外には考えられない。


「で、何処の誰よ? そんな嫌がらせをするの」


「え? ……嘘!!」


 端末に表示された所属部隊名と申請許可をだした個人名を確認した隊員が口を押えながら絶句していた。


 なるほど、そういう奴らね。


「どうしたの? 守備隊の中でも悪名名高い久地縄くちなわともえ率いる蟒蛇うわばみ? それとも略奪常習犯の指貫ゆびぬき権座ごんざ匪賊ひぞく?」


 こいつらだったら嫌がらせにこういう事をする可能性は高い。


 明日の朝早くからこの辺りを監視して、GEが居なくなった頃合いでそこら中に転がっている魔滅晶カオスクリスタルを拾い集めるつもりなんだろう。


「ラ……ランカーズ、凰樹おうきあきらって表示されてます!!」


「え? うそっ!! でも、何処にも人なんて」


 その時、駐車場内に足を踏み入れた小型GEライトタイプだけではなく、周りを埋め尽くしていたGEが一斉に苦しみだして内部から爆ぜる様に自壊をはじめる。


 初めは数体だった自壊は次第に視界を埋め尽くしていた全てのGEに波及して、おそらく千近く存在していたであろう小型GEライトタイプはいったい残らず完全に姿を消した。


 それは現実味の無い光景だった。


 さっきまで私たちに襲い掛かっていたGEが突然姿を消し、その小型GEライトタイプが残したおはじきサイズの魔滅晶カオスクリスタルがコンビニ跡地の周りに散乱している。


「GEが……消え……た……」


「たすかった……の?」


「あんなに居たGEが……」

 

 現在時刻は午後八時五十二分。夜の帳が下りた田舎のコンビニ跡地には街灯の明かりすらなく、夏の生温い風だけが車が通らなくなって久しい道路を吹きぬけている。


 小型タブレットのレーダーからひとつ残らず紅点が消滅し、少し遠回りではあるが安全区域まで引き返せるルートも確認できた。


「あ、またメールが……。KKI一三五地点の拠点晶ベースが破壊された為に安全区域に指定されました、該当エリアに展開中の部隊に通達を……」


拠点晶ベースを破壊って。申請からまだ何分も……」


 その数分でここに駆け付けるより拠点晶ベースを破壊した方が確実に私たちを助けられるって判断したの?


 噂通りの凄い人だけど……。


「助かったからって贅沢をいうみたいだけど、ここから歩いて帰るのはきついわね」


「私たちを……、後で回収しますか?」


「ん~、それも一つの手段だけど、やっぱりみんなで無事に帰りたいじゃない」


 絵梨香えりか達を置いて帰るのは簡単だ。


 拠点晶ベースが破壊された事でここは安全区域になったんだし、後で迎えに来る方が安全だろう。


 でも、私は二人を抱えて帰ってでも全員で無事に戻りたいの。


「この音……、バイク?」


「あ、向こうから誰かが来ます」


 そのバイクは駐車場前に止まり、特殊装備に身を包んだ一人のAGEが私達に近づいてきた。この人が誰かなんて、名乗られるまでもなくここに居る全員が気が付いている。


 被っているヘルメットはバイク用を改造した装備だろう。きっとあそこに表示される情報だけで私たちの窮地を知ったんだわ。


 彼はヘルメットを脱ぎ、それを左脇に抱えて話しかけてきた。


 うわぁ、雑誌で見た事があったけど、こうして実際に見たら信じられない位にかっこいい!!


 私だけじゃない。他の隊員が全員ひとことも口に出せずに魅入ってるみたいだし……。


「要請を引き受けた者だけど、救援要請をした桃色戦天使ピーチ・ヴァルキリーで間違いないかな? 誰か重篤な状態の隊員は?」


「あ……はい。桃色戦天使ピーチ・ヴァルキリーの隊長、応徳おうとく涼香すずかです。おかげさまで私を含めて隊員十四名が命を救われました」


 私は敬礼をして礼を言ったけど、その間に彼は全員の左手に装備されたリングの色を確認しているみたいだ


 流石にできる部隊長は動きに無駄が無い。


 こんな形だけのあいさつより、隊員の事の方を心配してくれるなんて……。


「その奥の二人、リングの表示がオレンジじゃないか。後どのくらい残っているんだ?」


 リングの表示はダメージを受けて生命力ライフゲージが減少すると変化し、彼の指摘通りにオレンジ色の表示はかなり危険な状態だった。


 生命力ライフゲージの残量が十を切ると通常の回復薬では生命力ライフゲージを回復させる事は出来ず、特殊な回復薬を使っても二程度生命力ライフゲージを回復させるだけで一週間以上かかる場合すらある。


 オレンジでも市販薬や一般AGEが購入や申請が可能な回復薬ではほとんど役に立たず、セミランカーやランカー用の特殊な回復薬でないと大きく回復させる事は難しい。


 病院に運び込めば特殊な点滴などで回復させる事も可能だけど、保険が効かない為に非常に高価で私たちの様な学生AGEでは支払い切れない場合も多いと聞く。


絵梨香えりかが四十五、舞由希まゆきが四十七です」


「まだ生命力ライフゲージ回復薬で行けるな。これはランカー用の生命力ゲージ回復剤だが、飲んで一晩寝れば生命力ライフゲージが二十は回復する。生命力ライフゲージが六十台になれば病院に行けば割とすぐに回復できるぞ」


 彼はタクティカルベストの胸ポケットから二本の飲み薬を取り出し、綿の目の前に差し出してきた。


 小さな細い特殊プラスチック製のスティックに入ったそれは黄金色に輝いており、栄養剤系のドリンクに金粉か何かでも混ぜられているかの様だ。って、そうじゃなくて!!


「でもそれ、物凄く希少で高価だって……」


「自分の部隊の隊員の命より高い薬があるのか? 隊長だったらそんな事は気にせずに黙って受け取っておけ。俺は金なんて受け取ろうとは思わないしな」


 一本百万はする回復剤を見ず知らずの誰かにあげられる人なんているの!!


 強くてかっこよくて優しい人……。 


 ああ、こういう人がランカーになれる人なんだ。


「そうそう、此処から徒歩での退却は難しいだろうから俺の独断で対GE民間防衛組織の救助部隊に回収を要請しておいた。もうすぐ此処に迎えが来るはずだ」


「え? でも、この先のKKI一三七にもうひとつ拠点晶ベースが……」


 市道を分断するように存在していた拠点晶ベースがある為に、此処に辿り着く為には結構な大回りをする必要がある。


 その拠点晶ベースの存在があるから、助かった後で私たちは此処から一歩も動けなかったのだから。


「そんな拠点晶ものはもう存在しないさ。これでこの辺りまでは殆ど安全区域だ。っと、回収のバスが来たな」


「存在しないって、まさかその拠点晶ベースも……」


「確認しました、破壊されてます……。破壊したのは」


「いったいどうやって?」


「あ、向こうから大きな車が来ます」


 青一色に白い十字が付いたAGE回収用の輸送バスがコンビニ跡に近づいてきた。


 地面に散乱しているオハジキ大の魔滅晶カオスクリスタルには気が付いているようだが、そんな物にはお構いなしに道路を走り続けている。


 アレを私たちの物だ~っていうほど、私の面の皮は厚くない。


「負傷者の回収、および輸送要請で来ました。ランカーズの凰樹さんは何処ですか?」


「ここです、すみませんが回収は彼女達を頼みます。俺はが有りますんで」


「あの、回収が必要なのは私たちです」


 彼は回収に訪れた救助隊員が分かる様に乗ってきたオフロードバイクを指さし、それに向かって歩き始めた。


 ダメ、せめてもう一言お礼を……。


「あ……あの、ありがとございました」


 ああっもう、緊張してこれ以上話せない。


 心臓はうるさいくらいに鼓動してるし、たぶん顔は真っ赤になってるんだろうな……。


「どういたしまして、……もう無茶な作戦はやめておけよ。じゃあな」


 彼は軽快な動きでバイクに跨ってエンジンをかけると周りに散乱する低純度の魔滅晶カオスクリスタルなど一つも回収する事無く、来た時と同じ様にオフロードバイクで市道を走り去っていった。


 私たちは救急隊員に声をかけられるまで、彼が消えた道路の先を見つめていた。


 もう無茶な事はこれっきりにして、今まで通りに地道に小型GEライトタイプを倒していこう。


 私たちは、あんなヒーローにはなれないから。

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