第三十四話 ちょっとカオスな朝の一幕


 数日ホテルに監禁されていたおかげで家の冷蔵庫の中に朝食に使えそうな食材が無い事に気が付いたのは、冷蔵庫の中で賞味期限が数日前に過ぎた納豆などを発見した時だ。


 俺がホテルに連れていかれた次の日が賞味期限だしまだ食えなくはないんだろうが、ちょうど米なども切らしていたので今日の朝食は学食で済ませる事にした。


 学校のメンツの為にS特券も消費しないといけないしな。


「すいません、こんな朝早くからこんな物を使いまして」


「あれ? あんたこの前環状石ゲートを破壊した子じゃなかった? 若いのにモーニングセットでいいのかい?」


「ここのモーニングセットの噂は聞いていますんで、それで十分です」


「若いんだからもっと食べなきゃ。ちょっと、モーニングセットをでお願い!!」


「はいよ~」


 威勢のいいおばちゃんの言葉に、厨房はさっそく取り掛かったみたいだ……、ってちょい待ち。最後なんて言った?


 確かにS特券を使っているから追加料金なしでスペシャルに変更できるんだが、その言葉を聞いた俺の顔は少し引き攣っていたに違いない。


 永遠見台高校とわみだいこうこうのモーニングセットはこんがりと美味しそうに焼き上げた五枚切りトースト二枚、単品で食べてもボリューム十分なプレーンオムレツ、ちょっと控えめなサラダ、割と長いウインナー二本と厚切りのベーコン、ドリンクとしてコーヒーか紅茶がアイスかホットで選べるセットなんだ。


 追加で二百円払ってこれがスペシャルになると、ジャム入りヨーグルトと日替わりのスープ。デザートのカットフルーツとなぜか小さ目のホットドックが二つも付いてくる。この時点でウインナー被りなんだが、それはそれとしてもう少し人間の胃袋について考えてみようぜ。


 食いきれなければ持ち帰りもできるけど、モーニングセットは結構高いんで注文する生徒は少ない。


 こんな朝早くからこれでも足りないという鋼の胃袋を持つ生徒は、同じ値段で並んでいる和風モーニングセットの方がボリュームがあるのそちらを選ぶ場合が多い。こっちはスペシャルにするとごはんが丼で出て来るという話だ。


「あ……ありがとうございます」


「良いんだよ。あんたはこの高校の誇りだからね。たくさん食べて頑張るんだよ!!」


 渡されたトレイの大きさが異常だ。


 あれ? これ昼食時のトレイよりかなりでかくない?


 いつから日本は朝飯より昼飯の方が少なくなったんだろう……。


「さて、気合を入れて食うか」


「ドリンクはお替りできるからね~」


 おばちゃんからのありがたい情報だが、アイスコーヒーを頼んだら六百は入りそうなジョッキで出て来たよ。


 これをお替りできる奴っているのか?


 こんがりと焼かれたトーストにはマーガリンを塗り、少し塩気を味わいながらサクサクな食感を楽しむ。プレーンオムレツには何もつけずにパンと一緒に口に入れ、追加で塩気が欲しい時には厚切りのベーコンを少しだけ切って食えば済む。


 ボイルしてあるウインナーは噛んだ時のパキッって食感と、プリプリとした中の肉がたまらない。


 そしてこのボリュームのスペシャルモーニングセットを食べ進めてある変化に気が付く……。


「……ここ数日おかしいと思っていたが、やっぱり俺の身体もおかしくなってる気がするな」


 身体に違和感を覚えたのは環状石ゲートの破壊した次の日くらいからだ。


 食事をしてもすぐに満腹にならないというか、普通の量を食べても腹八分目どころか半分程度の満腹感しか得られない。


 普通に晩飯に定食系のメニューを食べた後に、ルームサービスで追加の食事を頼んだくらいだしな。


 いつの間にかデザートのヨーグルトとフルーツも食べ終わり、アイスコーヒーも綺麗に飲み干した。


「ご馳走さまでした」


「ちゃんと食べきれただろ? 若いんだからその位は大丈夫だよ」


「ありがとうございます」


 別に体重が落ちた訳じゃないのに以前より体も軽くなってるし、感覚も鋭くなっている気がする。


 環状石ゲートの破壊に成功したら能力が上がるのか? だったら年から年中日本各地で環状石ゲート破壊作戦を行っている防衛軍の特殊機動小隊辺りは超人集団になっていないとおかしい。


 そんな話は聞いていないし、そんな事があるんだったらとっくの昔にこの国の環状石ゲートはひとつ残らず無くなっている筈だ。


「……そのうち防衛軍特殊兵装開発部の坂城さかきの爺さんから呼び出されそうだな」


 子供の頃から何度か首都の東京第三居住区域に存在する防衛軍特殊兵装開発部に呼び出されて身体検査などを受けてデータを提供した事がある。


 二度ほどはまだ親父が生きていた頃なので一緒に行ったんだが、三度目は俺が防衛軍特殊兵装開発部の職員に連れられて向こうに行ったんだよな。


 まさかのその僅かな期間中に故郷がGEの襲撃を受けるとも知らずに……。


◇◇◇


 久しぶりの教室。今日は先日の様に中で佳津美かつみ宮桜姫みやざきが言い争っているような声は聞こえない。


 平和な事で何よりだ。今はあまり宮桜姫みやざきの顔も見たく無いけどな。教室に入ればいやでも顔を合わせる事になるだろうけどさ……。


 意を決して教室の入ると、今日は学食で朝食を取って遅くなったから教室の中にはすでに三人もいた。


「おはよう、凰樹君。今日はちょっと遅かったんだね」


「おはようあきら


あきらさん、おはよ~ございます~♪」


「おはよう伊藤いとう楠木くすのき、それに宮桜姫みやざきさん」


 なぜ一番最後に挨拶を返したのが宮桜姫なのかは無意識だったが、先日の一件が尾を引いているからだろうな。


 そういえば先日の一件で伊藤いとうもランカーに昇格したから色々あっただろう。


 ホテルに宿泊中に俺以外の奴らは集まって話し合いをしたらしいが……。その時俺は部屋から一歩もでして貰えなかったからな。


「ランカーって大変です~。あきらさんはいつもこんな苦労をしていたんですね~」


「今度から外出は変装必須だぞ。一人での行動は控えて誰かと一緒に行く事もお勧めする」


 セミランカーでも上位になるとショッピングモール辺りに繰り出すのが危険になるからな。


 流石にランカーになると顔も知られている場合が多いし、元々伊藤は美人だからナンパされやすいだろう。


「悪意のある人たちからは、オマケランカーとか呼ばれていますけどね」


「俺について来て同じマネが出来るんだったらやって欲しい所だ」


 特に伊藤の索敵能力は異常だからな。


 同じ画面を見て潜伏する中型GEミドルタイプ亜生物目魔物半植物種MIX-Pの紅点に気付ける奴が何人いるか……。


 大抵の奴は何が起こったか気が付かないうちに奇襲を受けて、運が悪ければそこでそいつのAGE活動は終わる。


 運よく無事でもそこから巻き返すのは難しいけどな。


 ん? また誰か登校してきたな……、って!!


「あ~き~らっ♡ おっはよ~、あいたかったんだよ!!」


 教室のドアを開けて背中から抱きついてきた誰かは今迄とまるで口調が違うから、俺はそれが竹中だと……、いや、こんな胸をしたクラスメイトなんて一人しかいない!!


 竹中は周りの視線を一切気にせず、俺の背中にボリュームのある胸をおもいっきり押し付けてそのまま身体を軽く左右に揺らして破壊力抜群感触を……。って、こんな場所でやる事じゃないよな?


「ゆ……ゆかり、どうしたの? その恰好に話し方も……」


 実際にその格好を見なくてもわかるが、背中にまだ抱き着いている竹中はシャツの第一ボタンまでは確実に開けているだろう。


 というか、竹中ってこんな性格だったか? 最近宮桜姫の一件もあったし周りの女子に驚かされてばかりだぞ!! 


夕菜ゆうなおはよう。約束通り輝に私の事を好きにして貰おうかな~って思ってるだけだよ」


「約束を守るのは良い事だと思うが、時と場合を守るってのも大切だと思うぞ」


「あの、凰樹君が困っているようですので……」


「宮桜姫さんも輝の事狙ってるの? でも、そんなに小さな胸だと輝は満足しないんじゃないかな?」


 元々小柄で胸の大きな竹中と、同じ小柄でも胸まで割とスリムな宮桜姫だと勝負にならないだろう……。って、そうじゃない。


 別に俺は胸の大きさで貴賤があるとか言っている訳ではないし、神坂と違って巨乳好きでもない!!


「む……胸の大きさとか、自分がちょっと大きいからと思って!!」


「自分の武器を把握して相手を確実に仕留める。AGE隊員の心得だよ~」


 ああ、自覚してたんだ。


 今まではあの胸目当てに寄ってきた奴らは相当邪険に扱っていたのに、いったいどういう風の吹き回しだよ。


 最初に神坂と霧養むかいがあの胸に釘付けになった時は、絶対零度な視線で睨んだくせに。


「おはよ~ございます、みなしゅう……、なんでっかこの有様は?」


 登校してきた窪内くぼうちの目の前にいるのは顔を赤くして両手で胸を隠した宮桜姫、その周りにちょっと複雑な顔をした伊藤と楠木がいて、更に俺の背中には大胆な格好の竹中が抱き着いている。


 扉を開けていきなりこんな状況じゃ、何事かと思うのは当然だろう……。


 さっさと山形先生辺りが来て、事態を収拾してくれないものかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る