第二章 アイドル奪還編

第三十三話 ちょっとした世間話


 豪華なホテルでの軟禁生活が終わった七月四日の月曜日。


 広島第二居住区域にある学校などの休校が全面的に解除されて、俺たちもようやく登校できる状況になった。


 対GE民間防衛組織はマスコミ対策やら何やらで最低一週間くらいはホテルで軟禁しておきたかったみたいだが、流石にこの時期は一学期の期末テストも近いので無理やり開放して貰ったんだよな。


 ただランカーやセミランカーに対するマスコミ対策というか報道陣対策は元々取られているんだが、俺たちの行動を邪魔しない様に対GE民間防衛組織からマスコミに改めて釘を刺したらしい。


 各種マスコミが直接俺たちに取材できない理由としては、対GE民間防衛組織の規定で【AGEに所属する者に対する取材は緊急時を除き正式な手続きの元に行う】という一文があり、これに違反すると以後取材を全面的に断られる上に対GE民間防衛組織が行う記者会見からも締め出される羽目になる。


 今回の一件は確かに大ニュースではあるんだが、今後も何かあれば俺たちに取材の必要が出てくる為に、報道各社が強引なアプローチをしてくるとは思えない。


 この協定を破って抜け駆けでもしようものならばこれ幸いとライバルを蹴落とそうとする同業他社から対GE民間防衛組織へ通報が行き、最悪今後の取材に影響が出て上からこっぴどく叱られるのは目に見えてるしな。


 ……家から出た時から気になっているけど、周りに怪しい黒服を着た奴が居る。数は十人ほど? 俺と一定の距離を保っているけど、あいつらは敵なのか味方なのか。


 お、別の人が近付いて来たな。


「おはよう凰樹おうき君、ちょっといいかな?」


「……島崎しまざきさん。協定違反は周りにいる他社の記者から睨まれますよ?」


「なに、別に協定を破って取材をしようって訳じゃないさ。久しぶりに会ったんだし、歩きながら世間話でもどうかと思ってね」


 月間AGEの記者の島崎しまざき佳徳よしとく。以前から何度も俺にインタビューして雑誌の記事にしている割と顔見知りの記者だ。


 俺の性格も割と熟知しているし、周りの迷惑にならないように気を使ってくれる事も多いからこうして話す事も割とあるだよな。


 こうして前置きで世間話と口にした以上今までも記事にしたことは一度も無く、本気で世間話をしてきただけなんだろうけど……。


「他ならぬ島崎しまざきさんですしね。で、何か楽しい話題でもありましたか?」


「君たちの活躍以外って事でもいろいろ面白い動きがあるよ。……ここだけの話なんだが、今度この居住区域の公民館でアイドルのライブがあるそうだ」


神坂かみざか辺りが喜びそうな情報ですね。……近いんですか?」


「ライブイベントはいくつか準備されているみたいだけど、直近のライブは明日らしい。これはそのチケットなんだけど……」


 島崎さんが懐から出したチケットは確かにこの居住区域にある公民館で開催されるライブイベントの物だ。


 それにしても明日って、いきなり決まったのか?


「そのライブってチケットが捌けるんですか? 決まったの多分先週末ですよね? 売り出すにも期間が短すぎるというか……」


「この居住区域にはセミランカーが少ないからね。でも大丈夫、今回のライブイベントは君が開放した人を対象にしたイベントなんだ」


「……なるほど、石化から戻った後で不安な人を勇気付ける為のライブイベントだったんですね」


 対象者が多いから抽選になるんだろうけど、確か今回の一件で十万人くらい石化から解放されているからな。


 その中でライブイベントに行きそうな人間を集めても数千人くらいはいるだろう。ここの公民館の収容人数は首都にある大型施設に比べれば少ないから、その中で運よくライブに行ける人間はその半分以下か?


「当初は君たちも呼ばれる予定だったんだけど、対GE民間防衛組織からストップがかかったらしくてね。ほら、君たちを呼んでしまうとライブどころじゃなくなる可能性があるからね」


「……その場に俺たち六人を呼ぶと大騒ぎでしょうしね。個別に会う事すら制限されてるらしいですし」


「みんな感謝しているし君たちにお礼を言いたいんだろうけど、その対象が多すぎるだろ? ほとぼりが冷めるまでは無理だろうね」


 正直、あのホテルで宮桜姫みやざきの面会許可が下りたのが信じられないくらいだからな。


 聞いた話では宿泊期間中に千人以上同じような申し込みがあったって事だし、他の面会希望者は対GE民間防衛組織の警備員に追い返されたって話だ。


 ホント、どんな裏技を使ったんだか。


「そんなチケットを貰っても行けないでしょう? お返ししますよ」


「神坂君だったら問題ないだろ?」


「確かにあいつは問題ないと思いますが」


 神坂と楠木くすのきの二人も俺としては一緒に環状石ゲート攻略作戦を行った仲間だと思っている。しかし、ここでAGE規定を曲げて無理やりにあいつらの参加を認めればこの後でどんな混乱が起こるか分かりきっているからな。


 参加してもいない連中が俺も参加していたと言い出したり、他の拠点晶ベース破壊作戦などでも同様の申請が山ほど起こるだろう。


 これは俺の部隊だけの問題ではなく他の部隊でも同じような問題が発生する事はわかりきっているし、それをする奴が居ないと言い切るほど俺はAGE登録者が清廉潔白だとは思っていない。


「という訳で、そのチケットは彼にプレゼントするといい。せっかく苦労したのに何もなしだとかわいそうだろ?」


「直接神坂に渡せば喜びますよ」


「僕は彼とはあまり面識が無いからね。ほら、彼はセミランカーにも上がってなかっただろ? 実力はあるのに機会に恵まれなかった事も大きいけど」


 機会に恵まれた程度でセミランカーに上がれるんだったら苦労はないが、条件が良くなければどれだけ実力を持っていてもポイントを稼げないのも事実だ。


 島崎さんが神坂を買っているのは間違いない。


 とはいえ今後はわからないけど、今のところはあいつの事を書いても記事にならないからな。


 先行投資の意味もあるんだろうが、面識のない相手にいきなりこんな物を差し出されたらあいつでもかなり警戒するはずだ。


 時期が時期だしな。


「わかりました。このチケットは俺からあいつに渡します。あいつに変わってお礼を……」


「君には今までも色々話を聞かせて貰ってるからね。こんな事で水臭い事は言いっこなしさ」


 こういう所が島崎さんらしいんだけど、借りっぱなしも好きじゃないんだよな。


 ただ、今回の環状石ゲート破壊作戦の情報はまだ渡せない。


 対GE民間防衛組織から許可を貰ってる情報もいくつかあるけど、今この場で渡せば島崎さんに迷惑をかける事になるしな。渡すんだったら後日だ。


何か写真が欲しい時は言ってください。面白いものを送りますよ」


「それはどうも」


 さっきの一言で色々察してくれるからやりやすいんだよな。


 近日中に先日のベース破壊作戦の情報が公開される。


 環状石ゲート内部の映像とかは今まで守備隊が攻略した時の映像があるだろうけど、今回の作戦でどんな最後の守護者キーパーがいたかって情報はまだ公開されていない。


 あのムカデ型リビングアーマーの鮮明な映像を持っているのは俺達だけだし、雑誌に載せる一番いいショットを切り出せるのも俺達だけだろう。


「そろそろ学校に着きますので」


「ああ、またね」


 これだけを聞くよ普通に世間話なんだろうが、このチケットのお礼ぐらいは後からできるだろう。


 確かに神坂は苦労した割に役得が無いからな。


 窪内くぼうちをはじめ全員最低でも十億ポイントを獲得しているっていうのに、あいつが得た報酬は俺が部隊報酬で渡した十万ポイントだけだ。


 百万ポイントまで渡せなくはないんだがどうやらその額は年間で渡せる最高額だったらしく、一度に譲渡できる額は十万ポイントが最大値と決められていた。


 恐喝紛いの行為ではあるんだが同じ部隊に入ってポイントを強請る者もいたらしく、それでそんな規制がいつの間にかできていたらしい。


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