第二十話 AGE活動の明暗


 今日は六月二十七日の月曜日。現在時刻は午前七時二十五分。今日は週明けで昨日のAGE活動で失った生命力ライフゲージの回復を優先してゆっくりしていたので昼は学食だな。


 自分で作った弁当だと安上がりではあるが、前日の夜のうちに準備しておく必要があるので結構手間なんだよな。昔の金が無かった時期は毎日弁当だったし、今はS特券なんかもあるから学食で食ってもいいんだが……。


 いつもの様にかなり早めに教室の前に辿り着いた時、中から二人分の聞き覚えのある声が聞こえてきた。こんな時間なのに珍しいと思ったが、その声の主のひとりはAGE仲間の荒城あらき佳津美かつみ。そしてもう一つはクラスメイトである宮桜姫みやざき香凛かりんの声だった。


 珍しい組み合わせだけど、この二人に接点なんてあったか?


 ああ、そういえば二人ともこの居住区域では有数の金持ちだし、そっちで顔を合わせている可能性も高いのかな?


「出来る訳……。その事を聞けばあきらさんも……」


「……くっ、お……凰樹おうきくんでしたら」


「……知っているからわたくしを……? 他の誰かに相談すれば、いいように使われて……いますの?」


 所々聞こえなかったが、俺の名前が出ているみたいだけどいったいなんの話だ?


 喧嘩している雰囲気ではないけど、感じからしてなんとなく佳津美かつみが誰かと言い争っている時の声のトーンに聞こえる。AGE活動時はともかくとして、こうして普通の話し方をしてる時にはわかりにくいんだよな……。


 佳津美かつみは元々お嬢様だし、あまり感情を昂らせないように努めているからだけどさ。


「知っているから……」


あきらさんには……」


 会話が止まった。


 俺の気配に気が付いたんだろうが、俺に聞かれてはまずい話だったのか?


 この二人が絡んでそんな話をするとは思えないんだけどな。


「おはよう宮桜姫さん。今日も早いね。あれ? 佳津美おまえがこんな朝早くにうちのクラスに来るなんて珍しいな。おはよう」


「おはようございます。凰樹おうきくんは今日も早いんですね」


あきらさんおはようございます。昨日の活動であきらさんがとうとうランカー入りをしたという事で、そのお祝いに来ていたんですの」


「ああ、その話か。俺が上がった分もあるが、一人脱落したからな」


 東北地区の居住区域で活動していたランキング五十七位のランカー北畠きたばたけ元恭もとやすがGEに敗れて石化。ランキングから落ちたので自動的に俺が繰り上がりでランカーになった。


 ちょうど昨日も俺たちの部隊で拠点晶ベースも破壊したし、昨日は中型GEミドルタイプの数も多かったのでそのポイント分も含めれば繰り上がりが無くてもランカーに十分届いていたんだがな。


「一気にランキング九十九位は流石ですわ。これで名実ともにこのあたり最高のランカーですわね」


「そうだったんだ、おめでとう」


「今は仲間に恵まれているからな。佳津美おまえが部隊に来てくれたら、ずいぶん楽になるんだが」


「今はまだその時ではありませんわ。まだまだわたくしでは足手纏いですの」


「戦闘時の判断力が神坂かみざか並で、射撃の腕が霧養むかいに匹敵しながらそのセリフか。相変わらずだな」


 神坂かみざかの判断力はこの辺りのAGEでも有数だ。戦闘時のやばい雰囲気に敏感で、あいつが撤退を口にした時に従わなかったらだいたいひどい目にあっている。


 俺達は何度も組んでるから佳津美かつみもその事を知っているはずだ。


 射撃の腕で霧養むかいに勝るAGEも実はかなり少ない。


 集中しての一発勝負だったら竹中には劣るが、あいつは異常な先読み能力持ちだからGEが何処に逃げるとかどう動くかを常に予想して射撃を行っているし、分身やGEを誘うような射撃を行って誘導してまとめて倒したりもする。


「そのお二人でもあきらさんには敵いませんわ。そういう事ですの」


「目標が高いんだな」


 そもそも物心つく前から親父に鍛えられている俺と比べるのが間違いってもんだ。


 俺が最初にGEを倒したのは三歳の頃だぞ。


 当時防衛軍特殊兵装開発部の坂城さかきの爺さんが開発した近接戦闘用試作型小型特殊ナイフを持たされてな。


「そろそろ他の方が登校してきそうなので失礼しますわ」


「じゃあな」


 宮桜姫さんは教室から出ていく佳津美かつみに何も言わなかった。


 なんとなく、佳津美かつみもそれを拒絶しているような気がしたけどさ。


 ホント、何があったんだ?


◇◇◇


 今日もいつも通りに八時二十分になった所で担任の山形やまがた先生が来て出席を取り始めた。


「よし、全員席に着け! 出席を取るぞ~。新井あらい井上いのうえ江藤えとう……」


 いつも通りに始まった出席。しかし、そこにはある変化が起こっていた。


 なんとな出席を取る山形やまがた先生の声のトーンがいつもと違っているが。まさかな……。


「……谷峨やが。今の点呼で気が付いたと思うが悪い知らせだ。AGE隊員として活躍していたたちばなが昨日の戦闘中にGEに襲われて仲間の援護も虚しく生命力ライフゲージを全て失って石に変えられた。他のクラスの生徒には居たがうちのクラスでは初めての犠牲者になった……」


「嘘……、橘君が?」


「戦闘ダメージ回復の為とかで休みってわけじゃなかったのか」


 あいつは若干判断力に欠ける所はあったがこの辺りでは平均的な能力だった筈。


 いつも金が無いとか言っていたし使っている装備が二世代くらい前の物だといっていたが、そのクラスの装備だったらこの辺りのGE相手には十分だろう?


 撤退の判断を誤ったか、欲をかいて深入りしたかのどっちかだろうが……。


「いいか、AGEに参加するのは立派な事だが石に変えられたら何にもならない。無茶な真似だけは本当にやめてくれよ……」


 何かを抱えて戦っているAGE隊員に無茶をするなと言うのは無理がある物言いだが、生徒全員を無事なまま卒業させたい担任の山形やまがた蒼子あおこは入学後一回目のHRの時から口が酸っぱくなるほどその言葉を繰り返していた。


 言葉尻はキツく生徒に厳しい山形は一部の生徒から避けられる事もあるが、それが優しさから来る愛情の裏返しである事を理解している生徒からは人気が高い。


「まさか橘の奴が……」


 AGE部活動をしている奴らの動揺がデカいな。


 この辺りの奴らは大体お互いの実力を把握している。共闘をした事も多いし狭い界隈なので風の噂で色々聞いているからだ。


「KKS二七六に手ぇ出したんとちゃいます? あんな場所はおうさんがおらんと無理やで」


「可能性は高いな」


 KKS二七六はこの辺りでも重要なポイントなので大型GEヘビータイプがいる可能性が高い場所だ。


 下手にあの辺りで戦闘を行えば離れた場所からでも大型GEヘビータイプを引き寄せるだろう。


 どんなタイプが出たのかは知らないが、この辺りで倒せるのは俺たちくらいだ。


「それと、今の話とは対照的な話になるが凰樹がAGEランキング九十九位に到達した。つまりランカーに昇格したって事だな。この地区では初の快挙でおそらく県知事辺りから表彰されるだろう」


「すごーい、ランカーって、全国で百人しかいないんでしょ?」


「殆どは首都近郊に居るって話だけど……」


 確かにランカーの半数以上は首都圏に居るという話だけど、当然残る半数近くは全国に散らばっているんだよな。


 ランカー連中には規制が始まる前にいろいろ不正をした奴らも多いけど、ランカーに上がるだけのポイントを稼げるだけの仲間と戦場に恵まれていたのは事実だろう。


 ランカーまで駆け上がるには最低でもコンスタントに中型GEミドルタイプを狩る必要がある。


 中にはセミランカーに上がった後で大型GEヘビータイプを特殊ランチャーで倒す奴らもいるのだが、拠点晶ベースの破壊よりやや効率は良いが危険度は遥かに高い。


「TVとか取材に来るかな? やだっ、インタビューとかされたらどう答えよう……」


「ランカーってVIP待遇なんでしょ?」


「そりゃ、ランカーって防衛軍の将来の幹部候補って言われてる位だし……」


 AGE活動をしてランカーやセミランカーに駆け上がった全員が防衛軍に入る訳じゃ無いが、かなりの割合で防衛軍に入隊して環状石ゲート破壊作戦などを何度も成功させている。


 何かしら事情があってAGE活動をしている者も多いから、自らの手による環状石ゲート破壊は悲願だろうしな。


 ただ、個人の感情は優先されないので自分の肉親や親しい者を支配下に置く環状石ゲートを先に破壊して欲しいというような要望は受け入れられないと聞いてもいる。


「凰樹、何か一言あるか?」


「特には……。俺一人の力じゃありませんよ、優秀な仲間がいればこそですし」


「凰樹らしいな。ああ、凰樹。S食券を今迄ほとんど使って無かったらしいが、校長からもう少し使うように頼んでくれと言われた。どうも対GE民間防衛組織辺りからその事で何か言われたらしい」


 もともとセミランカーやランカーが十分な食事を取れるように作られた制度と言う事もあり、俺のS食券の使用頻度が低過ぎた為に学校側に何か問題があるのではないかと対GE民間防衛組織に疑われて校長などが使用を促す様に注意を受けたそうだ。

 

 いや、割と使っているよ。週一くらいの頻度だけど。


 転売や横流しを繰り返してS食券を申請しすぎるのも問題だが、食欲旺盛な学生が使わな過ぎると身体に何か異変が起きたか使用先の状況に何か問題があるのではないかと疑われたりもするようだ。


 うちの学食は安くてうまいけどさ。ボリュームに関しても大盛りにすればこれでもかって量が来るし。確か量が通常の倍になるんだっけ?


「悪いかなと思って週一くらいにしていたんですけど、もう少し使うようにします」


「そうしてくれ。……お前ら、だからといって余った他の食券を凰樹にねだるんじゃないぞ!!」


「ちぇ~っ」


「いや、月末だけでいいんだ。数枚でも……」


 今までもそういう事を言い出しそうな奴はいたが、AGEで既にセミランカーだった俺に食券をねだる勇者など居る筈も無く、そんな心配は全くの杞憂だった。


 勿論、山形先生もそれを分かっていてこの話を切り出したんだろうけど、橘を失い落ち込んでいた生徒達を気遣ったからこそだな……。少しでも雰囲気を良くしようとして。


 教室を出る時に俺に向かって軽く目配せをしていたが、アレはネタにした事への謝罪の意味もあったんだろう。


 GEに敗れて物言わぬ石像へと変わる。AGE活動をしている者は全員覚悟の上だが、周りの者も同じ覚悟をしているとは限らないからな。

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