第十九話 八年前の思い出と目の前の卑怯者【荒城佳津美視点】


 今日は六月二十七日の月曜日。


 わたくしは誰よりも早くあの人におめでとうを言いたくて、朝早くのこんな時間に一年A組の教室の前で待っていましたわ。


 こんな時間に登校してくる生徒は限られていますから、廊下の向こうに姿が見えたらあきらさんに決まって……。アレは誰でしたかしら?


 確かあきらさんのクラスメイトで宮桜姫みやざき香凛かりんさん? お爺様の真似をしてこの辺りの土地売買でちょっと小金を稼いだ宮桜姫みやざき家の長女だった気がしますわ。


「おはようございます、荒城あらきさん」


「おはようございます」


「ふふっ、いつも凰樹おうきくんと話す時と違うんですね」


「別に隠す事ではありませんの。あなたでしたらわたくしがお爺様とパーティに参加している姿も見ているのでしょう?」


 こんなご時世でも社交界というか、一定規模の勢力を残している企業や資産家の付き合いというものが存在します。


 宮桜姫みやざき家は新興の小金持ちとはいえ、十分な財を成しているので資産家としてパーティに参加する事も増えてきていると聞いてますわ。


「そうですね。こうして会ったのも何かの縁だと思いますし、教室で少し話を聞いて貰えますか?」


「わかりましたわ」


 この子がなにを言い出すのか興味がありましたし、変な願いであれば突っぱねてやればいい事ですの。


 あきらさんにお祝いをいう気分を台無しにしてくれた分はキッチリお返ししてあげますわ。


「あのね、私この間AGEに登録したの」


「それはおめでとうございます。地域社会の平和に貢献するのは立派な事ですわ」


「ホントはGE対策部に入りたかったんだけど、あそこは半年の活動実績が無いと入れて貰えないって話でしょ?」


「そう聞いていますわね。あきらさんの性格からいって、クラスメイトだからと言って贔屓はしてくれませんわ」


 意外に頑固で融通が利かない面があるのは間違いありませんの。


 もし仮に同じ条件で私が訪ねて行っても追い返されるに決まっていますわ。


「それでね。荒城あらきさんはずっと一人で活動してるでしょ? だから……」


「ソロ活動はお勧めしませんわ。どこかの部隊で教えて貰う事をお勧めします」


 この子がソロ活動なんて始めましたら、ひと月も持たずに石像ですわ。


 別にこの子がどうなろうと気にしませんけど、あきらさんは少し悲しむと思いますから。


「違うの。あのね、荒城あらきさんに戦い方を教えて貰いたないと思って」


「馬鹿にしていますの?」


「ご迷惑になる事は承知しています。私が何とか戦えるくらいになるまで」


「お話になりませんわ。AGEとしての経験と勘はわたくしたちの血肉ですのよ。何度も死にそうな思いをして得たかけがえのない宝。それを見ず知らずの他人に教える事に意味があるとお思いですか?」


「半年……。この期間だけでいいんです」


 この子、GE対策部に入る実績作りに私を利用したいだけですのね。


 許されない。


 あきらさんに好意を寄せるものとして。いいえ、同じ女性AGEとして聞き逃せることではありませんわ。


 わたくしたちがどんな思いで活動をしていると思っていますの?


 あきらさんとの出会い。


 アレはまだわたくしが八歳の頃でしたわ……。


◇◇◇


 わたくしの名は荒城あらき佳津美かつみ。幼い頃は東京第三居住区域で両親と暮らしていたのですが、不幸な事故で両親を亡くしてから不動産王と言われているお爺様の住んでいるこの広島第二居住区域に移住してきました。


 お爺様は両親いきなり亡くして塞ぎ込んでいた孫娘であるわたくしの事を溺愛し、わたくしが心を開くように望む物はなんでも用意してくれましたわ。


 広い大きなお部屋、柔らかくて寝心地のいいベッド、小物入れや勉強机などのかわいい家具、部屋を飾る様々な美術品、当時でも入手が難しいアンティークのお人形、流行りの玩具、かわいいぬいぐるみ、市販のお菓子にうちで雇っているシェフに作らせた美味しい料理やデザート、高級というものに拘らず同じくらいの年齢の子供が喜びそうな物までなんでも揃えてくださいました。


 心を開いたものの次第に我儘になるわたくしを叱ったりもしてくれましたが、当時のわたくしはそんな説教なんて聞き流してお爺様の前でだけいい子に振る舞ったものです。


 まだ世界を恐怖のどん底に陥れているGEの脅威など知らず、様々な我儘を言って身の回りの世話をする付き人達を困らせていました。


 そしてわたくしが八歳の頃、運命のあの日が訪れましたわ。


「ピクニックに行きたいの!!」


 当時この居住区域の周りはレベル一の環状石ゲートが多かった為に近隣にある他の居住区域よりも各段に移住希望者が多く、GEの出現する危険区域の一部まで開発を進めて最新鋭の対GE用結界を設置してそこに住宅などを建設していましたの。


 最新鋭の対GE用結界が設置してあると過信していたお爺様は居住区域の端に存在した、小さな池とその場所にある程よい大きさの広場とそ色とりどりの花が咲き乱れていた大きな花畑へピクニックに行く事を了承してくださいました。 


 その場所にわたくしは友達と護衛兼付き人を数人従えて、小さな弁当や水筒などを持参してバスケットに収められていたサンドイッチを食べ、色とりどりの花を摘んで大きな花冠を作って友達と競ったり平和なひと時を満喫していたわ。


 そう、あの瞬間までは……。


「あそこ、なんかおかしくないか?」


「アレか? アレはただのキノコだろう?」


 付き人が気が付いた時には周りに初めは存在していなかった筈のキノコが生えており、その下からタガメの様な姿をしたGEが現れた。


 MIX-P……亜生物目魔物半植物種と呼ばれるGEは擬態を得意とし、普通のGEと違って素人には判別は付きにくい。だからそんな距離まで接近されるまで誰も気が付かなかったのですわ。


「お嬢様!! GEです。車までお逃げください」


「GE? え? アレはお爺様が説教の一環として言っていただけではなくて、本当に存在していたの? あなた達はどうするのよ!!」


「我々は此処でこいつ等を……、うわぁあっ!!!」


 わたくしに悪戯などさせない様に家長であるお爺様が選んだ付き人達は全員女性であり、裏ルートで手に入れた特殊トイガンで武装していましたがトイガンこういった物に馴染みが無かった事も原因だった。


 仮に相手が普通に人間の暴漢であれば彼女たちは倍の人数を相手にしても私を守り抜く事が出来る。


 しかし、相手が接近戦など受け付けないGEの場合、彼女たちの持つ戦闘技術はまるで役には立たなかった。


青海おうみさん!!」


「お嬢様、彼女の犠牲を無駄にしてはいけません!! 早く車に……、ああぁ……」


 この草原から少し離れた場所に止めていた車へと続く道を塞ぐ様に別のGEが姿を現し、ゆっくりとわたくし達の方へ向かって来る。


 しかもそれはこの時期では強敵と知られていたイタチのシッポが鯉の尾びれになっている二メートル程の大きさのMIX-A中型GEミドルタイプで、その滑稽とも思える姿とは裏腹に凄まじいプレッシャーを発しながらゆっくりとわたくしたちとの距離を縮めてきました。


 護衛の持っている特殊トイガンに込められていたのは普通のBB弾で、そんな物で攻撃してもGE相手には何の役にも立たない。 


 その事が分からない護衛達は果敢にGEとわたくしたちの間に立ち塞がり、トリガーを引いて弾が続く限り攻撃を続けていた。


 いえ、アレはわかっての事だったかもしれません。


「後ろはあのきのこみたいなのがいるし……、せめてお嬢様達だけでも」


「誰が車を運転するのよ!? あなた達も一緒に来なさい!!」


「ですが……」


 この時四人連れて来ていた付き人のうち二人がGEにすべての生命力ライフゲージを奪われて石像に変わり、残りの二人も既に何度か攻撃を受けて生命力ライフゲージをいくらか減らされた状態でした。


「せめてあのイタチがいなければ……」


 後ろのキノコを生やしたタガメ型GEは動きが遅くわたしたちが全力で走れば振り切れると思えまうしたわ。しかし、目の前を塞ぐイタチタイプの中型GEミドルタイプは動きが素早く逃げられるとは思えなかった。


 ああ、こんな所にピクニックに行きたいと我儘をいわなければ……、この時は悔やんでも悔やみきれませんでしたの。巻き込んでしまった護衛とお友達に心の中で何度も謝罪しながらやがて来ると思われるイタチタイプGEの攻撃に備えていましたわ。


「なんだ? これは」


「この音はバイクなのか? こんな場所に?」


「誰か来てくれましたの?」


 イタチタイプのGEが身体を低く構えていよいよわたくしたちに襲いかかろうとしたその瞬間、何者かが森の奥から銃撃音と共に小型のバイクで姿を現しました。


 わたくしたちの窮地に駆けつけてくれたのは身長百五十センチ程の少年で、バイクに跨ったままで手にした改造小型ミニ電動銃で瞬く間にタガメ型GEを撃破。


 そしてその少年はその場でバイクを降りて手に持っていた改造小型ミニ電動銃をバイクのハンドルに引っ掛けて私たちのそばをに駆け寄り、今まさに襲いかかろうとしていたイタチタイプの中型GEミドルタイプ腰から引き抜いた特殊ナイフを手にして立ち向かった。


「そんな、無謀な!!」


「だめっ!! え?」


 まさに一瞬でした。


 その少年は特殊ナイフでイタチタイプ中型GEミドルタイプの頭部を斬り付け、刹那の間に数度身体を切り刻んで当時は強敵と言われ恐れられていた中型GEミドルタイプを瞬く間に仕留めましたの。


 御伽噺でお姫様の窮地に颯爽と駆けつける白馬の王子様。現実に同じ事が起こるなんてその時まで想像もしていませんでしたわ。


 少年は慣れた手つきで地面に残された魔滅晶カオスクリスタルを拾い、私の傍へと歩いてきました。胸の鼓動が止まりません、せめてお礼。お礼と私の名前だけでも口にしなければ……。


「あっ、あの……」


「もう大丈夫だよ。この辺りには他のGEはいないから。でも、ここから早く離れた方がいいかな。それじゃあ」


 そう言い残して再びバイクに跨り、わたくしが礼を言う暇も与えずに来た時と同じようにバイクで駆け抜けていきました。


 まるで夢の様な一瞬の出来事。


「……あの少年、AGEなのでしょうか?」


「AGE?」


「はい、正確には対GE民間防衛組織と言いましてそこに登録してGEと戦う民間協力者の総称ことです。確か十歳から参加できるそうですので、あの背格好ですとまだ参加したてだとは思うのですが」


「だが、戦い始めて間もない少年にあんな戦い方が出来るのか? あのイタチは簡単に倒せる相手ではなさそうだったぞ」


 近接戦闘ではこの辺りでも有数の実力者と言われた青海おうみさんよりも遥かに動きが早かった。


 対人用の護衛術なども身に付けている彼女達は、目の前で行われた事がいかに現実離れしている事か十分に理解している。たぶん、誰かに話しても信じて貰えないわ。


 私よりほんの少し年上の少年にそんな真似ができるとはとても信じられない。でも、それは現実に目の前で起こったの。


「石像に変えられた青海達は後で他の者に回収に来させます。お嬢様達は急いで車へ」


「分かったわ。あと今の少年が何処の誰か調べて必ずお礼をなさい。いえ、私が直接お礼を言います」


「あんな特徴的なAGE、直ぐに特定できるでしょう」


 しかし、荒城家の付き人がどれだけ手を尽くしても、対GE民間防衛組織の登録者の中に該当する少年は見当たらなかった。


 十歳でAGE登録をする者は珍しくも無いが殆ど戦闘経験の無い素人ばかりで、話を聞いた先々では中型ミドルタイプGEを特殊ナイフで倒したという事自体を鼻で笑われて誰も信じなかったそうです。


 その人の名が凰樹おうきあきらだと分かった時、わたくしはこの人の横に並ぶ為に何をすればいいか考えましたわ。


 そしてその答えがAGEとして共に世界の脅威と戦う事でしたの。その為にAGEとして活動できるように体を鍛え、お爺様にお願いしてその時の一番いい装備を揃えました。


 でも、現実はそこまで甘くありません。


「お嬢ちゃんは後ろに下がってな」


「うちの部隊に入れてやるのは良いんだが、ちょいとあんたの爺さんから支援とかして貰えないか?」


「いいとこのお嬢ちゃんなんて、うちじゃ役に立たないよ」


 馬鹿にされたり、お爺様とコネを持ちたかっただけだったり、同性の嫉妬や妬みでいくつもの部隊から追い出されたりしましたの。


 あきらさんの傍に並ぶどころか、このままでは何の役にもたてない。


 女性として侮られないように特注のボディアーマーを使って筋肉質に見せかけたり、肌に色を塗ってウイッグを被ってちょっと悪めの女性を演じてみたりしましたわ。


 その甲斐あってわたくしを軟弱な女性AGEとして扱う人はいなくなりましたが、逆に女ゴリラなんて不本意なふたつ名もいくつかいただきましたわね。


 安全にAGEポイントを稼ぐ為に出来る限り高純度の特殊弾を使い、金でポイントを買っていると陰で言われ始めたのは理解してます。


 どれだけ汚名を着せられようと、あきらさんの傍にたてるのであれば苦ではありませんでした。


◇◇◇


 その苦労を知りもしないで、目の前のこの子はGE対策部に入る為の僅か半年のAGE活動さえ楽をしようとしましたわ。


「出来る訳ないでしょう。その事を聞けばあきらさんも呆れてしまうでしょうね」


「……くっ、お……凰樹おうきくんでしたら」


「わかって貰えないと知っているからわたくしを頼ったのでしょう? 他の誰かに相談すれば、いいように使われて終わりだと分かっていますの?」


 宮桜姫みやざき家もこの辺りでは無視できない勢力ですし、この子の親とコネを持ちたいAGE隊員は幾らでも見つかりますわ。


 六年前のわたくしと同じ体験をするだけ。


 そこからどう考えるかが大切な事ですわ。


「知っているから……、この足音、凰樹おうきくんが来たみたい。この話は……」


あきらさんには話しませんわ」


 別に話す必要もありませんし、話す事でかえってわたくしの格を落とすにちがいありませんわ。


 それに、この程度の事でズルをする子にあきらさんが気を許すとは思いませんの。


 精々半年ほど無駄な足掻きをしてみるといいですわ。

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