第十八話 仲間には笑顔でいて欲しいから
六月二十三日の木曜日。俺たちは手塩をかけて用意した大量のおかずやおにぎりなんかを部室の大テーブルに並べ、近年にはない豪華な昼食会を行っていた。
メニューは
それに彩りを考えて用意されたホウレンソウの炒め物やプチトマトなども添えられている。生野菜のサラダは流石に無理だったが。
「うまそうだな……。確認したいんだが、そこのタッパーに入った卵焼きは誰が作った?」
「俺だ。当然砂糖がたっぷり入った甘い卵焼きだぞ」
「やっぱりそうか……。俺は卵焼きは辛い方が好き……、って長い付き合いだから知ってるか」
当然だな。
今日の目的は竹中を元気付ける意味もあるから、少しでも竹中が手に取りそうな甘い卵焼きにしただけだ。
伊藤が作ったクッキーやマドレーヌなども竹中の近くに置かれている。
「どれもおいしいっ。春巻きは特に美味しいけど……」
「それだけはさっき揚げたからな。やっぱりそのあたりは揚げたてが美味いだろ?」
「四時間目が終わってダッシュでどこかに行くと思ったらそういう事か」
元気のない竹中に少しでもおいしく食べてもらいたかったからな。
やっぱり揚げ物はできたてが一番だ。
「ありがとう」
「遠慮なく食べてくれ。卵焼きもおいしいぞ」
「唐揚げが最高っス。ウインナーもこんなに用意してあるなんて……」
「
そういえばこいつは学食でも唐揚げ定食を食う日が多いし、B定食の時もおかずが唐揚げの時が多い気がする。
学食でも人気のメニューである唐揚げは単品でも注文が出来る。
ただ、需要に対して販売数が極端に少ないので買える時は相当に運がいいとまで言われているが。
「
「流石にプロには負けるさ。コロッケは冷めてもおいしいんだが、それもやっぱり揚げたてがよかったんだよな」
「四時間目をサボるんだったらともかく、これを揚げるのは時間的に無理じゃない?」
「だから諦めた。揚げられるのがどっちかひとつって事だったら春巻きの方がいいかなと思ってな」
揚げたてでサックサクの春巻きの中から暖かい餡が溢れる。
やっぱりこっちを選んで正解だったな。
コロッケの方は冷めてもおいしいし、弁当に入れるんだったら冷めているのが普通だ。
「何もないのはさみしいし、ちょっと歌でも流すか」
「……何か持ってきてると思ったらそれか。この歌はガンナーガールズだな」
アメリカ人とのハーフのみで構成されているこのアイドルグループ名はアメリカでAGEにあたる組織、【ガンナーズ】から取ったモノだという話だ。
「正解。今の推しは
「
「ああ、正しい知識だな。公表はされていないが星の女神
「この曲……」
ファーストアルバムに入ってる、【手に手を取って灰色の絶望を乗り越えよう】だったか? 神坂の奴に何度も聞かされてるから流石に覚えた。
この曲もそうだが、ガンナーガールズの歌の多くはGEに親しい誰かを奪われた者を励ますものが多い。
確か神坂もこの歌を聴いて元気付けられ、そして見事なまでにアイドルにハマったと聞いている。そっちの方の話も聞き飽きるくらい何度も聞かされたな。
「名曲だよな。今は他のアイドルグループに押されてるけど、ガンナーガールズもやっぱり最高だ」
「今はCDも滅多に出ないし、
「ガンナーガールズ辺りの時期がCDとかで出てた最後の時期だな。今はメモリーに入った特別セットかダウンロードコード入りの豪華特典付きセットが結構な値段で売られている」
ブロマイドとかサイン入り色紙とかグッズが詰まったセットの事だな。
中には歌のダウンロード用の外にもう一つ別のコードが入っている事があり、それに当たるとコピーじゃない本物のサイン色紙なんかが手に入るという事だ。
そのほかの購入特典には次回のライブチケットの優先購入権や非売品グッズが手に入る事もあるという。
その為に同じ物を何個も購入するつわものも存在したが、段ボールいっぱいに詰まったそれを購入したにも拘らず何一つ当たらなかった運の無い奴も存在する。そう、神坂だ。
「数ヶ月に一曲は確実に売られて、しかもシングルで売られた曲が入ったアルバムのダウンロードコードをあそこまで買うか?」
「そういったアルバムの方が狙い目だからな。シングルは箱買いで懲りた」
「懲りた割にはいくつも届いてる気がしまっけどな。全滅は一回だけやから懲りてへのやろ?」
「そのたった一回の全滅がこの街の公民館であったライブチケットの時なんだよな……」
中学校の学生寮でダウンロードコードの入った冊子を周りに散らかしたまま放心している神坂を見た時はびっくりしたがな。
あの時は俺と一緒に
話を聞いた時は馬鹿じゃねえかと思ったが、そのあと一時間くらい延々とガンナーガールズについて語ってくれたからな。それでこいつがガンナーガールズを本気で応援してるってわかった訳だが。
「その話はわても聞いとりまっせ。そもそも用意されとったライブチケットは一枚だけって話でんな」
「まさにプラチナチケットだったんだ。残念ながら俺の手には届かなかったが」
「ぷっ」
……久しぶりに竹中が笑った顔を見た気がする。
神坂と
少しは気が紛れてくれればいんだが。
「俺ばかり言われているが、
「わてはそんなやらかしはしとらへん筈やけど?」
「部室の倉庫の一角にあるゲームコーナー。あの筐体を持ち帰った時の話がやらかしじゃないって?」
「
「
いや、驚くだろ?
普通凄く状態がいい物を見つけたとしても、それを背負って持ち出そうとは考えない。
しかもその後、別の時に重機まで持ち出して回収してたよな。
以前家の手伝いで覚えていたらしいし、完全廃棄地区は道路交通法が及ばない場所なので無免許で重機を運転しても怒られないけどさ。
「今はよほど特殊な筐体でなければ中の基盤だけ回収してくるらしいぞ。その方が効率がいいらしい」
「あの馬鹿でかいテーブル筐体は置き場にも困るしな。倉庫の一角にある筐体だけでも結構な数だし」
「いや、こうして補完しとかんと残らへんやろ? 貴重な文化財やで」
世の中にはレトロ自動販売機とかを専門に回収するAGEもいるらしいしな。
「これ以上筐体を保管するんだったら、信用できる場所に倉庫でも借りるしかないな。どういった形であれ、文化財を残したいって考えは理解できるし」
「さっすが
「漫画なんかを集めてるAGEや美術品を集めてるAGEなんかもいるぞ。昔の玩具なんかも人気だ」
……熱く語るのは良いが、その間に会話に参加もしていない
「ありがとう。少しだけ元気が出たわ」
「それはよかったです~。クッキーやマドレーヌはこのタッパーごと持って帰っていいですよ~」
「そうだな。そろそろ時間だし、残ったおかずは冷蔵庫に入れとくか。菓子類は竹中が持って帰ってくれ」
「……ありがとう」
ほんの少しでも元気が出てくれてよかった。
竹中の事情を知っている俺としては力になったやりたいが、今のままだとあのレベル二の
俺自身今のままじゃどうにもならない事は理解しているし、もし仮にその作戦を実行したとしても
その位AGEでの
俺自身もそれを目標にしているからな。
俺の家族を石に変えた
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