第十六話 長距離走後の優雅な昼食風景


 今日は六月二十一日の火曜日で、今は午後零時五十分。まだ昼休み十分前なので昨日と変わって学食内部も平和なもんだ。


 この日の午前中最後の授業は三時間目と四時間目を使った合同の体育で、一年A組からD組までの四クラスが運動場に集まりってこんな時期にも拘らず校外を走る長距離走マラソンを行っていた。


 通常、持久走や長距離走などの競技は涼しくなる秋から冬にかけて行われる事が多いんだが、あまり遠くまで生徒を走らせるとGEと遭遇したりする危険性があり現場に急行する為の道路状況などが考慮されてこんな時期が選ばれている。 


 冬になるとこの辺りでも雪が降る事は多いし、道路が凍ってる事もあるからな。


 とはいえ、流石に冬場よりは距離がかなり短く設定されているし、サボったりしないように各地に設置されたカメラ確認されている。


「火曜だけはAGE登録者の独壇場だ。負普段鍛えてるだけあって足が速い」


「そりゃそうでんな。いつもの装備を背負ってへんとこれくらい楽勝やで」


「まあ、学校に戻った者から昼休憩なんて規則きまりが無けりゃ、誰も本気で走りゃしないだろうが……」


 学食には既に長距離走マラソンを終えたAGE登録者が顔をだし、まだガラガラな学食の席で好きなメニューに舌鼓を打っていた。


 まだ時間に余裕がある為にいつもは戦場さながらな食券販売機の前には生徒の列は無く、長距離走マラソンを終え制服に着替えた生徒がゆっくりとメニューを選んで普段は注文できない様なC定食やスペシャルトンカツ定食を注文している。


 週末にAGE活動をして報酬を得ていた場合、週の頭は割と余裕があるからAGE端末に溜まったポイントを使って割と高めの定食に手を出す奴もいるんだよな。


 そして週末にカツカツになって素ラーメンなどのやっすい麺類に手を出す。学食では見慣れた光景だ。


「いつもこれくらい空いていると利用しやすいんだがな」


「学食組だけでも六百人くらいはいる。ピークタイムはここがいっぱいになるぞ」


「毎週火曜日は楽で助かりまっせ」


 俺と神坂かみざか長距離走マラソンで規定距離を走り終わって三十分以上前に学校に戻り、既に着替え終わって食堂で昼食を食べていた。窪内もその十分後には学校に戻ってきた為、既に特盛のカツ丼を半分以上食べ終わっている。


 ゆっくりと食えるのも助かるが、好きなメニューを選べるってのも嬉しいんだよな。


あきらは特券を使えばいつでも好きなメニューが食えるよな? 実際に食ってるのは比較的定食が多い気はするが」


「どう使っても一ヶ月分以上の枚数が送られてくるからそうなる。栄養のバランスを考えていろんな食券が混ざっているが、無難なのは定食系だしな」


「特券なしだとAGE組に人気なのは豚丼か。意外に安くて腹持ちもいい」


「週中の定番メニューでんな。土曜なんかは麺ズデーとか呼ばれてまっせ」


 AGE活動をしてる女生徒も多いから、週末に麺類を頼むのは男だけじゃないんだけどな。比率としてはかなり低いけど。


 がっつりと食わないから週末でも普通に定食を頼めるだけのポイントが残ってるのも大きいんだろう。


霧養むかいの奴は、部活の時に走り込みをやらせた方が良いかも知れないな」


「まさかあんなに遅いとは思いもしまへんでした。わてより遅いってどういう事でっしゃろ?」


「動きは悪くないんだが、あいつは短距離向きな可能性が高い。百メートル走だったらそこまで遅くないし」


「スタミナ不足か? あいつは普通に飯食ってるだろ?」


 神坂かみざか窪内くぼうちと違って金の掛かる趣味がない霧養むかいはかなり余裕のある食生活を送っている。


 値段の割にボリュームがあって旨い唐揚げ定食を食っている事も多いが、その日の気分で各種定食をそこまで気にせずに頼んでいるくらいだ。


 俺が部隊の全員に渡している食券も使っているみたいだが、その日に食いたいメニューの食券が残ってない時には普通に払ってるみたいだしな。


「やはり走り込み不足か」


霧養むかいはんも活動期間は長い筈やで。あまり走り回る部隊におらへんかったんかな?」


 AGEに登録して長い間活動している神坂や窪内は作戦行動時にかなりの距離を走っている為に他の生徒より格段に身体が鍛えられている。


 俺はその気になればかなりの速度で走れるし本気で走れば他の生徒の半分以下の時間で完走できるんだが、放課後の活動に備えて無駄に体力を消費したくないから神坂達に合わせた速度で走っているけどな。


 真面目に授業は受けるが、それはいろいろな事を考慮したうえでのことだ。


「毎朝、走ってるみたいなのにな」


「あれは自発的とは言いにくい上、距離も大した事は無いだろう」


「いや、俺たちの住んでる学生寮からここだぞ。そこそこの距離がある筈だ」


「お、霧養あいつが戻って来たぞ」


「四クラスの男子生徒五十七人中、三十位か。AからD組にはAGE登録者も多いし健闘した方だ」


「殆どのメンツがうちの入部試験に落ちた奴ばかりだけどな」


「仕方ないっしょ。足引っ張られるくらいなら、少人数で動いとった方がでっから」


 何度も窮地を切り抜けてきた俺達は隊員の審査にはかなり厳しい。戦闘区域の活動ではお調子者の隊員一人の行動で部隊が窮地に立たされる事が珍しくないからだ。


 俺が単独で拠点晶ベースの破壊が可能なんで一緒に活動してポイントだけもらおうなんて考えの奴らも多かったが、そんな連中は大体腕が知れているので全員入部テストで失格になっている。


「そういえば、【ゲート研究部】からおうさん宛になんか資料が届いてまっせ」


「ああ、それか。この地区のGEの種類と撃破状況などを調べて貰ってたんだ。あそこはかなり長い間そういった情報を集めているからな」


 ちょっと調べて欲しい事があるから頼んでいたんだが、所持していたB定食の特別食券B定特券を三十枚ほどゲート研究部に差し出したら大喜びで引き受けてくれた。


 GE系の部活と言っても、あそこは直接戦闘を行わないから対GE民間防衛組織からの支援はほとんどない。


 だから俺が持っているようなセミランカー用のS特券は当然手に入らないし、B定食の特別食券B定特券もそこまで入手できるわけじゃないからな。


 普通の学生でB定食の特別食券B定特券などを手に入れようと思えば、各学期にある定期テストで上位十位に入るか何か表彰されるような功績を残した時に限られる。


 俺達みたいに定期的に拠点晶ベースの破壊と支配地域の開放なんてしてなけりゃ、あんな数を目にする事なんてないだろうからな。


中型GEミドルタイプの撃破数と撃破日は重要でっから。うちはおうさんもいますしグレードの高い特殊弾まで用意しとりまっが、普通の部隊だとそうはいきまへんからな」


「予算不足で純度の低い特殊弾や、裏ルート製の粗悪品を使って中型GEミドルタイプにトドメが刺せず、手こずってるうちに小型GEライトタイプに囲まれてましたって部隊もある。中型GEミドルタイプ一匹で全滅なんて事は無いけど、数人犠牲者が出る場合もあるしな」


「かといっておまえの真似をして特殊小太刀片手に白兵戦なんて真似はしたくないだろう? そういえば抜刀隊って部隊も居たか?」


「凰さんの真似して特殊小太刀や特殊ナイフ片手に拠点晶ベース破壊に手を出した部隊でんな。作戦実行したその日に全滅したって聞いとりまっせ」


「特殊小太刀系の武器の扱いは難しいからな。まともに使うには最低五年はかかる」


 ようやく四時間目の授業が終わるチャイムが鳴り響き、学食に繋がる廊下からまるで地響きの様な音と振動が伝わってくる。


 流石に週の頭だとまだまだ資金に余裕のある奴が多くて戦争状態だな。


「急げ!! また昼飯食い損ねるぞ!!」


「お前邪魔だ!! 走るのが遅すぎンだよ!!」


 あまり行儀のよくない奴も混ざっているが、この高校には基本的に素行の悪い生徒の数は少ない。


 大人ぶってタバコを吸おうにも今は何処にも売ってないし、AGE活動をしてりゃ普通に酒も飲めるからわざわざ校内でそれをするほど馬鹿じゃないしな。


 AGE活動なんかで社会貢献もせずに世間に反抗しまくってあまり羽目を外しすぎると警告なしで逮捕された挙句、高レベルな環状石ゲートの支配下にある居住区域なんかに強制移住させられたりもする。


 今はどの国も社会的に余裕が無いから、そのあたりは本気で容赦ないからな。


「今日は奮発する気だったのにB定もう売り切れかよ!!」


「カツ系の丼物もほぼ全滅だ、安くて量が用意してある豚丼は残ってるけど。今日は一年が体育だからか……」


「今年は四時間目に体育があるのあそこだけなんだよな。羨ましい……」


 食券の残数や売切れ情報などは生徒の悲鳴や叫びによって食券販売機の列に並んでいる生徒に伝わる事が多い。


 中にはわざと偽情報を流す生徒もいるがあまりやり過ぎると列から叩き出され、顔を覚えられると学食の利用すら難しくなる諸刃の剣だ。


 今年に入って仕込みを増やしたという話で去年よりも売り切れは少なくなってるそうなんだが、それでも人気のメニューは昼休憩開始から十五分ほどで完売する事は多い。


 特券用の食材は夕方や翌日に売り出す分から使うらしいんで、よほどの事が無ければ特券用の使用を断られる事は無い。上のランクの定食とかが余ってたらランクアップする事まであるしな。


「そんな、もうB定が売り切れなんて……」


「だから一点狙いはやめろと……。B定特券コレ使えよ……」


「いいの?! ありがとう!!」


 好意を寄せる女生徒へとっておきの特券を差し出す男子生徒も珍しくはない。


 特に女生徒に対してはB定食の特別食券B定特券ケーキS定食特別食券ケーキ定特券は効果が絶大と言われていた。アレは券売機で売り切れててもいつでも使用できるしな。


「あいつ、ゲート研究部の……。AGE活動はしてないって話なのにどうやって入手したんだ?」


B定特券アレを早速活用してるな」


「取引か賭けやろ」


 AGE活動をする生徒も含めて、B定食の特別食券B定特券なんかは賭けで手に入れる事が一番多いって言われているからな。


 手に入れたんだったらすぐに使えばいいのに、色々と取引材料にはもってこいなんで使わずに貯めてる奴もいるって話だ。


 俺の場合はもう一つ上のセミランカー用のS特券があるんだが、これに関しては流石に誰かにあげたりできないが。


「学食が込む前に帰るか」


「そうでんな。もうすぐ満員になりそうやし」


「満席になるのを待ってる奴もいるらしいぞ。偶然を装って意中の相手の席に座るんだそうだ」


 それは何とも運任せの行為だな。


 と思ったら、意中の相手の座る席を狙っているのは女性らしい。男女比で言えば男子生徒の方が少ないし、今はいろんな理由で世間的に見ても男の方が少し少ない。


 だから狙っている相手がいる場合はかなり積極的に動く必要があるんだが、あんなやり方をしているって事は本気なのか遠慮しているのか分からないな。


「壁際にも設置されてるカウンターに座られたらどうするんだ? あっちの方に座る奴の方が多いだろ?」


「テーブル席なんてカウンターが埋まった後か、俺達みたいに最初からテーブル席って思ってる奴以外は座らないからな」


「ひとりで食いたい奴はカウンターだし、話しながら食うには空いてる時じゃないと無理だ」


 廊下を歩きながら話してるが、廊下がかなり広いうちの高校だから許される行為な気はする。


 中学の時もそうだったが、高校でも一昔前の校舎は廊下がかなり狭いって聞いてるしな。


 今日も学食では怒号が響いているが、この時間に学食に行っても売り切れてるメニューの方が多いだろう。


 早く授業が終わるかどうかも運だよな。

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