第十話 誰かに迫るリミットオーバー


六月十九日の日曜日、午前九時二十一分。現在の天候は曇り。遺棄物回収はいひんかいしゅう時の回収作業が大変だから雨でなくてよかった。


 月曜日から毎日窪内くぼうちは週間天気予報とにらめっこして、晴れる事を祈り続けていたからな。そんなにゲーム機の回収が大切か?


 以前の様にゲームセンターから大型筐体を運び出そうと考えていないだけでも助かるが、こいつはレア筐体を見かけた場合はどんな行動に出るか分からないしな。


 第十二完全廃棄地区は二十年以上前に栄華の頂点が過ぎた古い街だ。目の前の廃墟からは想像が出来ないが、最盛期にはこの地区だけで三十万人もの人が集まり商業と工業の発展した活気溢れる街だった。


 しかし、時代の流れと共に各種産業が衰退し人口が流出して過疎が始まった所にGEの襲撃が起こり、そのまま廃棄地区となって現在いまに至る。


 午前中に探索に向かったメンバーは、窪内くぼうち楠木くすのき神坂かみざか伊藤いとう霧養むかいの五人で、俺は竹中たけなかと共に車両に残って商店街周辺のGEの索敵と警戒にあたっていた。


「映画館も多いし娯楽施設も揃ってるのにな。GEの襲撃時の混乱で一部焼け落ちてるのと、遺棄物回収はいひんかいしゅうで無残に破壊されてる店舗が多いけど」


「そうね……」


 竹中たけなかゆかり、帝都角井製超精密仕様メーカーカスタムのPSG―1を使うスナイパー。


 俺が永遠見台高校とわみだいこうこうでGE対策部の部員を募集した時、一番最初に姿を現した入部希望者の第一号。


 口頭で入部テストの内容を告げると、竹中はスコープを覗く時に邪魔にならないように長い髪の毛を左側に纏めて試射レンジに立ち、標的に向かってPSG―1を構えた。どんな腕かと思って試験をした訳だが、竹中は窪内や神坂よりも精密な射撃が出来ており、常に冷静で弾数の残りを正確に把握して決して空撃ちをしなかった。


 俺は竹中が使っているPSG―1の性能を考えて伊藤と共に後方を任せるつもりだったが、本人の強い希望によって前線に就かせる事となった。現在竹中のPSG―1は窪内に徹底的にカスタムされ、フルオートが可能なスナイパーライフルへと変貌を遂げている。


「今日は護衛に回って貰えて助かった。楠木くすのき伊藤いとうがどうしても回収部隊に行きたいって言ってきたんでな」


「……それはどうかしら」


「蜂蜜や砂糖を山ほど回収してくるだろう。今回は輸送用のキャリーまで持ち出したからな」


「そっちじゃなくて……。いいわ」


 含みのある言い方をして竹中は再び警戒態勢に入った。ディスプレイには変化が無いが、それでも絶対はないので油断はできない。


 こうして任されてみると確かに暇だが、変化し続ける現場や周りの状況を把握しつつ情報を実働部隊に回すのはやっぱり難しいよな。


 一つ間違えれば取り返しのつかない事態に発展する。……ん? 定時連絡か。


「こちら神坂かみざか、現在異常及びGEの反応なし。引き続き探索と資源回収を続ける。以上」


「こちら凰樹おうき、周囲にGEの反応なし、GPSでも百メートル圏内にGEの反応なし。以上」


 お互いの状況と周囲のGEを示す紅点の有無を報告して定時連絡を終えた。


 特殊ゴーグルにもGEの反応である紅点は表示されるが、流石に小型ノートパソコンを改造して作られた索敵システムよりかなり性能が劣る。


 これを使えば伊藤辺りは何処にどのクラスのGEが存在して、あと何分後にどのあたりまで移動するなんて予想までしてくれるからな。この少ない情報であそこまでGEの行動を予想できるのはホントに才能だよな。


「とりあえず敵はいないみたいで何より。厄介なのはGEだけじゃない」


「何処にもクズがいるから……」


 GEの反応をチェックするだけでなく、他のAGE部隊が姿を見せないかも確認する必要があるからだ。


 厄介な敵、それは欲にまみれた同業者や犯罪者集団って可能性もあるからな。


 俺が手を尽くして調べた時点では、第十二完全廃棄地区へ遺棄物回収はいひんかいしゅうの申請をした部隊は無かった。


 しかし、ほかの部隊が遺棄物回収はいひんかいしゅうに向かった事を知って申請をせずに遺棄物回収はいひんかいしゅうを行ったり、滅多には居ないがほかの部隊が見つけた戦利品を横取りしようとする不心得者も存在する。


 当然そんな行為が発覚すれば即座にAGEの資格を剥奪されるし、激戦区や奪還予定区への強制転属というある意味資格を剥奪されていた方がマシな運命が待ち構えているんだが、それでも年に何度かはそういった事件が発生しているんだよな。


「そりゃそうだな。俺もAGE登録して長いからいろんな奴を見て来た」


凰樹おおきくんは強いから、そんな相手でも何とかなるでしょ?」


「対人戦はそこまででも無いぞ。霧養むかいといい勝負だ」


「ふふっ」


 霧養むかいの実力を知っているから笑いやがったよ。


 対人戦という括りで考えれば、俺の知っている中でも霧養むかい以上の奴なんてほんとに数人だけだ。


 俺を除けばあいつ以上に強いのは親父と瀬野せのくらいか?


「ナイフなんかの刃物で武装するだけじゃなく、実銃を持ってる奴もいるからな」


「あまり関係ないんじゃない?」


「手加減できなくなるんでな」


 GEとの戦闘に役に立たない銃は滅んだ国の倉庫などから大量に持ち出されて世界中に拡散した。


 この国でも当然不法所持なんてすればすぐに捕まるし、AGE登録をしていても実銃の所持までは認められていない。


 俺のシールドは実弾や刃物も無効化できるのであまり意味は無いが、そんな物を持ち出す奴にする手加減は無いからな。


 竹中は何を見つめて……。ああ、か。


「……もう崩壊が始まってるのね」


「十年経つまでは何をしても壊れないのに、十年経ったら少しずつ壊れ始めるからな。元々石だから壊れにくいし天災に巻き込まれでもしなければ、そこまで粉々にはならないが」


 商店街入り口の駐車場周辺にも無数の石像が立ち並んでいる。ある女性は逃げ惑う姿のまま石像に変わり、ある男性は鉄パイプの様な物を地面に叩き付けた姿で石像に変わっていた。


 遺棄物回収はいひんかいしゅうでこの場所を訪れて石像の仲間入りをしたACE隊員や守備隊員は武器を構えた姿のまま石像に変わっているが、残念ながら彼らが手にしていた武器や身に付けていた装備などは既に剥ぎ取られて心無い者達の手によって持ち去られている。


 なにかの拍子で元に戻れた場合、あの格好だとパニックを起こすんじゃないか?


「時間切れ《リミットオーバー》、か……」


 いつもは無口な竹中がポツリと呟いた。


 肉親や親しい人をGEに襲われた者の心に重く圧し掛かる、十年という制限時間タイムリミット


 石と化した人の扱いは十年が経過した時点で、石化した人から以前人間だった石像ものへと変わる。


 【何故十年間は壊れないのか】や【支配下に置く環状石ゲートを破壊したのに十年以上経過した人の石化が解けないのか】、という謎は世界中の研究機関が莫大な予算をかけて研究を続けているにも拘らず、いまだに解明されていない。


「誰か助けられなかったのか?」


 かなり迷いはしたが、俺はその台詞ことばを口にした。隊員の個人的な事情に口をはさむのは間違っているが、力になれる事もあるからな。


 しかし、竹中は表情を変える事無く首を振る。


「正確には、もう間に合わないなの」


 そう呟いた無表情な顔で、苦悩している事は十分に見て取れた。表情は変わっていないが、なんとなく泣いている気がするのは俺だけじゃない筈だ。


 俺も母さんと姉さんが故郷で石に変わっているので時間切れリミットオーバーには敏感だが、俺の場合はまだ数年あるからな。


 今の調子で武器の性能が上がっていけば、時間切れリミットオーバーギリギリに何とかできるんじゃないかと考えている。


「高レベルの環状石ゲートなのか?」


 環状石ゲートには中央に聳え立つメイン鉱石の他にそれを取り巻く小さな鉱石が存在し、その周りにある鉱石の数での環状石ゲートのレベルが決まるんだが、鉱石の数が一つ増えるごとに難易度のレベルがひとつずつあがる。


 現在、メイン鉱石のみの【レベル一】から、鉱石が二十四個取り囲む【レベル二十五】まで確認されているが、この国の最高は確か二十三だったか?


 俺たちの住む広島第二居住区域に隣接する環状石ゲートのレベルは殆どいちなんだが、少し離れた場所から避難してきた場合はもう少し高レベルな環状石ゲートである可能性もあるからな。


「レベル二よ。先週も近くまで行ってるわ」


「あれか!! あのレベル二環状石ゲートだったら……」


 俺はそこで言葉を詰まらせた。破壊出来る助けられるんじゃないか? と、台詞ことばを続けたかったが、それは気休めで簡単に口にしていい事じゃないのは十分に理解している。


「ありがとう」


 竹中は一言だけ礼を言い、顔が見えない様に外を警戒し始めた。


 どんな表情をしているのさえ、こっちからでは窺う事すらできない。


時間切れリミットオーバーまで後二ヶ月あるの。だからそれまでは諦めないつもりよ」


「そうか」


 後二ヶ月。


 死刑宣告に近い時間切れリミットオーバーを目の前にして二ヶ月しかなければ、焦るとかそういった状況ではないだろう。


 逆に俺が同じ立場であれば、一か八かの賭けに出て環状石ゲートに突撃する可能性すらある。


 この行動は愚者の突撃チャージ・オブ・フールと呼ばれ、恋人や肉親などの親しい者の時間切れリミットオーバーが目前に迫った者に世界中で見られる現象だという事だ。


 レベル二の環状石ゲートか。俺に何かできる事が無いか手を打ってみるかな。


 今の俺達じゃ環状石ゲートの破壊なんて不可能だが、それでも何もできない訳じゃない。

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