第七話 いつもの訓練とちょっとした賭け


 今は奥の射撃訓練場で楠木くすのき竹中たけなか伊藤いとうの三人が様々な標的を使った射撃練習を行っている。


 射撃訓練の映像はモニターで見れるんだが、伊藤の試射はとりあえず楠木の後という事になり最初に試射レンジに楠木が立ってエアーガンを構えていた。

 恰好だけは様になっているというか、AGE登録をしてからの経験年数を考えればアレでも立派なもんだ。


 射撃訓練場で使用するエアーガンは改造されていないノーマルタイプで、マガジンに装填されているBB弾も一万発千円程の普通の弾だ。普通のエアガンを使用している場合でも安全の為に練習中は防護用ゴーグルの着用が義務付けられている。


「夕菜さ~ん。それじゃあはじめますよ~」


「OK。それっ!!」


 伊藤が手元のボタンを押すと地面の仕切り板が倒れ、その影から鼠や蜥蜴などのターゲットが現れる。ゴム製の玩具を加工して仮想GEの標的に作り変えたのは窪内の仕事だ。


 蜥蜴と蝙蝠、鼠と蜘蛛等を上手く組み合わせて、魔族合成動物種MIX―Aと同じ姿に仕上げてあった。少し小さめなのは当てやすければ訓練にならないからだが……。


「夕菜さ~ん、空撃ちしてませんか~?」


「あれっ? 弾切れ? 弾倉マガジン弾倉マガジンっと……」


 エアーガンの多くは空撃ちが出来る為に本物の銃と違って弾切れに気が付きにくく、今は射撃練習中なので許される行為だが実戦中にコレをやられると伊藤の護衛は務まらない。


 楠木くすのきには戦闘時に空撃ちが起き難くなるように、窪内にカスタムさせた帝都角井製のG36Cという銃に五百発の特殊弾が入る多弾倉マガジンを使わせている。アレでも空撃ちするんだよな……。


「楠木も良く頑張ってるじゃないか。そろそろ前線で戦わせてやったらどうだ?」


 小部屋の外で神坂が話しかけていた。


 モニター越しに見る限りでは無駄撃ちは少なくなっているが、弾切れにあれだけ気が付かないのは問題なんだよな。


「確かに腕は上がってるがもう少し様子を見たい。護衛なら十分に勤まるし今はまだ無理をさせる必要もないだろ?」


 一度GEの前で弾切れを体験させてやれば二度と空撃ちをしなくなるとは思えるんだが、無理に体験させてやりたい事でもないしな。


 周りに味方がある状況でそうなってもそこまで危険じゃないが、弾切れでパニックを起こすとその後でどんな行動に出るか分かったもんじゃない。


「それに楠木を前線に出す場合は代わりに誰かが伊藤の護衛の為に下がらないといけない。今のメンバーだと誰が護衛に回っても戦力のダウンが大きすぎる。それに、何度も撤退時に苦労させられた身としては、常に安全な退路の確保はしておきたい。四ヶ月前の事を忘れた訳じゃないだろう?」


「まあ、それに関しては俺も同感だが……」


 四ヶ月前、俺達は以前所属していた部隊を抜けている。永遠見台高校とわみだいこうこう入学前に所属していた最後の部隊なんだが、そこで行われた最後の作戦が最悪過ぎたんだ。


 所属していた部隊が全滅に近い損害を出し、無事に帰還したのが俺、窪内くぼうち、神坂の三人だけだったという事だな。ホント、あの状況でよく無事に撤退できたもんだぜ。


「そろそろ楠木の訓練は終わりか。シールドの張り方と基礎体力作りも必要だと思うんだが……」


「シールドは諸刃の剣だぞ。確かにあきらくらい使いこなせば強力だが、窪内くぼうち辺りでもシールドはあまり使っていない位だ」


生命力ライフゲージを僅かに使ってかなり強力な盾を作るだけだからな。下手に使うと生命力ライフゲージを減らしただけで終わりだし……」


「俺の知ってる限りでもシールドを使いこなせているのはあきらだけだ。霧養むかいのあれは別物だしな……」


「あれどうやってるんだろうな? 俺でも再現不可能な技ってあれくらいだぞ」


 霧養むかいはシールドを張る要領で半透明の分身を生み出す事が出来る。


 分身に攻撃能力は無いんだが、同じ場所に人と分身がある場合はGEはなぜか霧養むかいの出した分身の方に群がっていく。


 デコイとしてこれほど優秀な物はなく、分身を使ってGEを集めて殲滅する作戦が出来るレベルだ。


あきら以外にも特殊なスキルを持つ奴がいるって事だな。特殊小太刀であんな戦いができるのもあきらくらいだろう?」


「俺はすこしだけ身体能力が高いだけだ」


 全身の生命力ライフゲージをうまくコントロールすれば百メートルを九秒以下で走れるし、腕力なんかも数倍まで上がる。


 特殊小太刀でGEと戦えるのも生命力ライフゲージのコントロールが上手いからだが、こればかりは長い時間をかけて慣れていくしかないんだよな。


「あんな戦い方ができるやつがすこしだけか……。まあいい、シールドの件はどうする?」


「もう少し様子見だ。アレの練習には生命力ライフゲージが必要だし、一定数値以下になると作戦行動には連れていけないし」


「流石に七十以下になるとヤバいからな。生命力ライフゲージの減り方も個人差があるとはいえ」


 生命力ライフゲージは左手首のリングで残量を確認できるが、表示されている文字の色でも即座に確認できるようになっている。緑→黄緑→黄色→オレンジ→赤→灰色と変化し、黄色になるとかなりヤバイ。


 ただ、その減少率というか同じくらいGEに攻撃を受けても十くらいで済む人間がいる反面、同じ攻撃を受けただけで一気に三十以上生命力ライフゲージを奪われるやつもいる。


 GEの攻撃を受けるかシールドなどを使用しない限りヘロヘロに疲れた奴と元気いっぱいの奴でも表示される生命力ライフゲージは百なので、生命力ライフゲージの最大値が同じ百でも総量自体に差があるんだろうな。


「慣れれば七十台でも普通に動けるぞ?」


「そんな真似ができるのはお前だけだ。普通七十台になれば体が重くてまともに動けないんだからな」


「俺も昔はそうだった……」


「慣れって怖いな」


 そんな状況に慣れるほど物心つく前からGEと戦わせてくれた親父には言いたいことが山ほどある。


 大規模な作戦で行方不明になってはいるが、あの親父が簡単にGEなんかに負けるとは思えないんだけどな。


 ……っと、射撃訓練場から楠木が出て来たか。


「あ~、つっかれた~っ。……うん、訓練の後に食べるお菓子っておいしいよね」


 楠木は新商品の『ボス、タラコッス』に手を伸ばし、一枚摘んで口に運んだ。パリパリとした食感、明太子風味に少し辛く味付けされたそれは意外においしく、楠木はそのまま一人で何枚も食べ進んでいた。


 スナック菓子も昔に比べて高いらしいが、この普通サイズのスナック菓子が五百円近くするんだよな……。いろいろ副収入のある窪内くぼうちくらいしかあんなに豪快に買ったりできないだろう。


「そういえば、聖華のアレ。そろそろ始まると思うんだけど」


「成功するにB定食の特別食券B定特券二枚っス」


「お前チャレンジャーだな。まったく、人の不幸をネタに賭け事をするなよ。失敗にB定食の特別食券B定特券二枚」


「それじゃあ私も、聖華には悪いけど失敗するに同じくB定食の特別食券B定特券二枚」


 枚数が釣り合わないが、この場合成功したら霧養むかいが《B定特券》四枚を総取り。失敗した時は神坂と楠木に《B定特券》が一枚ずつ渡される。


 学食で頼める季節のデザート付きのB定食は値段も人気も高く、あんな食生活を送っている神坂は喜んで賭けに参加していた。というか、こいつまだB定食の特別食券B定特券を二枚も残してたのか?


 このB定食の特別食券B定特券には通常の食券と違って日付の刻印がされていない。


 通常、学食で購入した食券には日付と時刻、更にモーニング・ランチ・ディナー・デイの刻印があり、デイと書かれた食券以外はその時間でしか使えない様になっている。一部その時間でしか扱っていないメニューがあるからなんだが、食材の仕入れも無限じゃないからな。


 B定食の特別食券B定特券系の食券はAGE報酬で入手するのが一番楽なんだが、一般生徒には成績優秀者に学校から配布されたりもする。


 B定食の特別食券B定特券の他は、A定食の特別食券A定特券C定食の特別食券C定特券スペシャルトンカツ定食特別食券S豚特券スペシャルうどん定食特別食券Sたん特券などが存在しているがその価格は学食にしてはというか普通に考えても高い!! 


 スペシャルトンカツ定食特別食券S豚特券などは在学中に一度でも頼めれば幸運なことらしい。


 期限無し、使用制限なし、定食系のセットメニューの場合はゴハンの大盛り&特盛無料、小さなパックのジュース付きと様々な特典がある為に生徒間で頼み事をする時の最終手段として非常に人気がある。


 賭け事のチップとしても頻繁に使われており、あまりにも大掛かりな場合生徒会や風紀委員から取り締まられる場合も多い。今日くらいの規模だったら問題ないけどな。


「この手の事に参加しないあきらはともかく、竹中は参加しないのか?」


「今だったら成功がお勧めなんだけどな~」


「鬼か……」


 ここで竹中を成功にかけさせれば勝った時にB定食の特別食券B定特券が二枚手に入る。


 楠木は弁当組なんで学食で食べる事は滅多にないが、それでもたまに学食を利用する事があるからな。


「私は良いわ」


「ちぇ~っ……。仕方ない、B定食の特別食券B定特券一枚で我慢するわ」


「まだ勝負は決まってないっスよ」


「いや、ほぼ決まりだろう」


 伊藤の身長は百四十二センチで体重は四十一キロ。それに対して窪内くぼうちの愛銃であるM60E3フルカスタムは全長一一〇〇ミリで重量十キロオーバー。小柄な伊藤では使う以前に射撃姿勢に入る事すら難しい。


 射撃訓練に使うのは予備で用意された同じコンディションの銃だが、力の弱い伊藤じゃ持ち上げて射撃姿勢で持ちこたえればいい方で、おそらくその重量に耐えきれずにそのまま落とすのがオチだな。


「たっち~。持ち上がらないよ~」


「はいはい。がんばって持ち上げましょ」


「そんなこといったってぇ……。え~~~~~~~~っ!!」


 突然、パパパパと発射音が響く。予想通りにほんの数センチ持ち上げたところで銃身を支えきれずに伊藤はそのままトリガーを引き、暴発させて地面に向かって無数の弾を撃ち出した。


 放たれたBB弾は床や天井に当たって砕け散り、割れたBB弾の欠片が生足や腕をかすめて薄っすらと赤い筋をつけてるみたいだ。……救急箱を用意しとくか。


 みかねた窪内が手を伸ばしてM60E3フルカスタムのスイッチをセーフティに入れて切り、伊藤は涙で瞳を潤ませて弾が出なくなったM60E3フルカスタムを床に置いた。窪内がフルフェイスのガードを使わせていたから顔に怪我はないけど、こうなるのを予想してたってことだよな。


「これでもう大丈夫。聖華ちゃんにはこいつは扱えんでしょ? おうさんも前に言ってましたが、小柄な聖華ちゃんにはMP7A1コレがいちばんでっせ」


 窪内は代わりにMP7A1を取り出して、次々にターゲットを撃破していく。あいつにとっちゃ小さいMP7A1なんてハンドガンみたいな物だろう。


 その姿に伊藤は瞳を輝かせ、宝石をちりばめた指輪の様にMP7A1を受け取った。モニター越しなんであまり表情はわからないが……。


「ありがとう、たっち~。私、これでがんばるね!!」


「別に礼はええですって。今度それもカスタムしましょ」


 伊藤にはこの先もできる限り索敵要員として活躍して貰う予定だし、窪内がフルカスタムしてもらったところで実戦で使う機会はあまりないだろうけどな。


 B定食の特別食券B定特券を手にした楠木と神坂はガッツポーズを決めていたが、二人に食券を差し出した霧養むかいはその場で撃沈していた。


 あの食券はいざって時用のとっておきだったんだろうし、あわよくばあれを倍に増やしたかったのかもしれないが……。流石に成功に賭けるのは無茶だろう。


「せ~いかっ。お・つ・か・れ♪ あっちで一緒にお菓子でも食べない?」


「ど、どうしたんですか、夕菜さん? 何かいい事でもあったんですか~?」


「おつかれっス……」


「今日は厄日でんな」


「縁起でも無いっス」


 なにがあったか一瞬で察した窪内は霧養の肩を軽く静かに叩いた。しかし、対人戦では予知能力でもあるのかってくらいに先読みの鬼な霧養だが、ギャンブルになると途端に駄目になるんだよな。やっぱりあれか? 欲が絡むと勘が鈍るのか?


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