第7話
駅前まで戻った三門は再び聞き込みに挑戦する。先ほどは時間が悪くてうまい具合に人を捉まえられなかったけれど、今回は目がありそうだった。
「すみません、ちょっとお時間よろしいですか?」
商談の時間待ち風の男性がいた。コンビニの前で所在なく缶コーヒーを飲んでいた彼に三門は話しかけてみる。胡散臭そうな顔をされたけれど、三門が雑誌記者であること、一月前の事件を取材していることを正直に伝えると目に見えて態度が変わった。
「レムリアの記者さん? 俺、読んでるんですよ」
「わぁ、嬉しいです。ご愛読感謝します!」
「いつでしたっけ? 洞窟に眠る異形の生物、とか。特集してたじゃないですか。あれ好きだったなぁ」
「偶然て怖いですねぇ。あれ書いたの俺なんですよ」
「マジ!? サインしてサイン!」
「サインは勘弁してください、やったことないですよ!」
すっかりと打ち解けて彼はなんでも聞いてくれ、と笑顔。三門の名刺を手にしたまま口許が緩んでいた。が、事件の話題になるとそれも硬くなる。
「あれ、変な事件でしたよね。三門さん、それを調べてるんでしょ? 俺ここで見てたんです」
「ここ? この現場?」
「えぇ。目の前」
歪んだ唇が当時の悲惨さを語る。男性は今日と同じよう商談の時間までほんのしばしの休憩とコンビニに立ち寄ったのだそうだ。そして、ちょうど店から出てきたタイミングで事件が起きた。
「奇声を上げて走り回るって言うの? 薬やってるなってすぐ思いましたよ」
「うーん、記者が言うのもなんだけど、薬物報道ないですよねぇ」
「それが不思議で。あれまともな目じゃなかった、絶対」
弁当屋の老人に聞いたのと似たような話でもあった。両手にナイフ、他にも武器を所持。暴れまわり取り押さえられるまでに多くの被害者が。
「よくご無事で。本当によかったです」
この場で目撃したならば彼とて負傷の可能性は高かった。たぶん、偶然のなせる業なのだろう。たった一歩、わずか一瞬の差であまりにも易々と絶たれる。人間は脆弱だと記者をしていれば嫌でも三門は理解していた。
「まぁ、ひどい話なんですけどね。俺は正直そのあとの方がひどい目にあったから」
「――と、言うと?」
「警察に事情聴取とかされても面倒だし、商談の時間も迫ってたし、さっさと移動しようとしたんですよ」
気持ちはわからないでもない三門だった。無闇にと言いたくなるほど長い拘束時間は聴取を避けたくなっても無理はない。それこそ三門自身経験のあることだった。三門の無言の同意を感じたか彼はかすかに安堵して話を続ける。
「駅前だけ抜けちゃえばどうとにでもなると思ってたら……あっちもこっちも封鎖封鎖封鎖。どこにも抜けられなくて、商談ひとつダメになりましたからね」
「それは災難でしたねぇ」
「ほんとですよ。けっこうデカい話だったから、もうショックで」
「思い出させるみたいで申し訳ないですけど、どの辺を封鎖してたんです?」
「事件直後にワイドショーとかで現場はどこ、とかやってたでしょ? あの辺全部ですよ。他にもあったんですけどね」
「俺の調査だと七ヶ所まで現場は押さえてるんですけど。地図、見てもらえます?」
「あぁ、はいはい。うん、ここだな。さすが記者さん。本職は違うなぁ。そうそう、この辺り全部――この道と、こっち。あと、ここもだな」
バッグから取り出した都津上市の紙の地図に男性は指を置いていく。商談で市内各所をまわるせいか、地図の読み方に躊躇が見られない。信頼できそうな情報だった。
「それ、全部警察と消防とで道路止めてんですもん。勘弁しろよですよ、もう」
「消防も? ふぅん、なるほどねぇ」
「ほんと何が起きたの!?状態でしたね。市内から出られないとは思わなかった」
長い溜息をついた男性に礼を言えば彼は次号を楽しみにしている、と笑ってくれた。互いに手を振りあって別れていく。
――正直な人だな。
自分が怪我をしたわけでもない事件ならば商談がだめになった方がよほど手痛かったというのは苦笑しはするが三門は嫌いではない。率直すぎてかえって気分が明るくなるほど。
彼に聞いたことをベースにして、今度はその方向で聞き込みをしてみる。すると多くの人が確かに道路封鎖はされていた、不便だったと顔を顰めて語ってくれた。
――あっちこっち止める意味、あるのか?
いわゆる非常線とも考えにくい。なにしろ犯人はその場にいて、即座に逮捕されている。少なくとも三門が調べた七ヶ所で逃亡し果せた犯人はいない。
「……ん?」
駅のベンチに腰をおろして先ほどの地図を見ていた三門はふと違和感を抱く。男性が教えてくれた場所を今度はスマホの地図に記していき、物は試しと線で繋ぐ。
「う……」
知らず、声が漏れた。封鎖されていた道路はこの都津上に出入りするために否応なく通らざるを得ない道。抜け道を通ろうにも必ずどこか封鎖道路を通る。
「どこかで、絶対に引っかかる……か」
これは、と三門は思う。何者かを逃がさないための布陣だと。警察は逃亡の可能性があると知っていたのではないだろうか。同時多発事件の犯人ではない何者かを警察は追っていた、それを示唆しているのでは。
「ブラックロータス……」
たかがカフェ閉店に警察が全勢力をあげて対応するか、と問われれば三門とて笑う。だが、事件前夜、正に事件発生を知っていたかのようなタイミングで閉店したカフェ。
――まさか。
自らが逃亡する時間を稼ぐために起こされた事件だとしたならば。辻褄は合う。考えたくもないが。
――いや、無茶がすぎる。そんな馬鹿な。
そもそもカフェの店員だか経営者だかわからないが、いったいどうやって加害者たちを操作したのか。そして、警察はそれと察知して封鎖にかかったとしたら。
――陰謀すぎだって。漫画じゃないんだから、ないない。
警察は有能だけれど行政機関であって、根拠がなければ動かないし動けない。そして一片の根拠でもあれば相楽が知らないはずはない。その相楽がこの事件に関して頭を抱えていることから、警察は事件発生時点でブラックロータスに関して何ら根拠は持っていない、と三門は判断する。それでも。
――何かが、ある。のか?
仮に理由があったとして、逃亡を図るほどのことか。たかだかカフェだ。脱税で逃げるほどではないだろう。逃げるにしても同時多発事件を起こし目眩ましに利用して逃亡、はあり得ないだろう。
――薬物の可能性はある、のかなぁ。
夢物語めいてはいるが、違法薬物の売買にかかわっていたとされれば商売どころではない。全力で逃亡するも当然とは思う。
仮定に仮定を重ねても意味はないが、あのカフェが違法薬物の元締めだったとする。だとしたら警察の本気度も理解できるしカフェも逃亡するだろう。
――理由はその辺かなぁ。
考えつつ三門は納得がいかないでいた。ブラックロータスの逃亡がしっくりとこない。薬物や他のいかなる理由でもないような、一種いわく言いがたい不安感とでも呼ぶような。
――すべては、事件が重大すぎること、だな。
ブラックロータスが逃げるどんな理由があれども、同時多発事件に結びつかない。それなのに三門の記者の勘は間違いなく繋がっていると告げてくる。
――あり得ない。
自らに何度も呟く。一介のカフェがどうやって多数の人を操り事件を同時に起こさせるのか。これが正気の人間が起こした事件というならばまだわかる。丸め込むなりすればいいだけのこと。金を掴ませてもいい。
――ヤクやってるとしか思えない、か。
そんな人間を同時に。どうやって。そればかりが脳裏を駆け巡って話にならない。長い溜息が出したままの地図を揺らした。
――仕方ない。
連続して連絡を取るのは好きではないが、ここは確認を取らないと進めない。三門は相楽に電話をする。ほんの一呼吸で彼は通話に出た。
「珍しいね」
「申し訳ない、あんまり頻繁に連絡したくはないんですけどね」
「こっちも手詰まり感あるから、気にしないで」
「はい。早速ですが――ちょっとストレート過ぎますけど、あの事件、事前に所轄さんが掴んでたなんてこと、あります?」
「ないよ。あったら報告が来てるし、来てなくても俺は調べるし」
さらりと怖い台詞を聞いたが相楽はハッキングの名手。自分の組織にハッキングをかけるな、と言いたいところだが隠し事はどの組織でもあると思えば致し方ないのだろう。
「なんかそんな話が出てるの?」
「いや、事件直後に道路が封鎖されてたって話がありまして。それを繋ぎ合わせたらここに出入りできる道路全部塞いでるんですよ」
「それは当然じゃないかなぁ。あれほどの事件だし」
「なんというか、動きが早すぎる感があるんですよね。警察舐めてるわけじゃなくて、事前になんか知ってて一網打尽狙ってたか、みたいな」
「だったら話は早いよなぁ」
向こうから溜息が聞こえた。相楽もつらいのだろう。進捗しない、あれほどの事件だというのにまったく。それは警察に身を置く相楽としてはどれほどの苦痛か。
「三門さんは動きが早いって褒めてくれたけど、まぁ……偶然だろうね。じゃなかったら訓練の成果が出たってところ」
力なく笑う相楽に礼を言って通話を切った。最低限、警察は事前情報を得ていなかったとわかればいい。
――ないってわかるのも情報ってな。
先輩の口癖を真似して三門は小さく笑う。募る違和感を振り払いたい、けれど粘りつく。そんな表情だった。
所轄警察の動きは三門が取材できる分野ではなかった。情報を仮に得ていたとしても言うわけはない。相楽の名を出すのは論外である以上、ここは手詰まりだ。
「初心に戻りますかね」
地図を片付け立ち上がる。ずいぶんと長く座っていたのか腰が痛い。顔を顰めて体を伸ばせばぎしぎしと音がした。
相楽がコンピュータに残っている痕跡を追うのが得意であるのならば三門は人に直接あたるのが得手。人懐こい顔が警戒心を起こさせない様子。相手が老人だろうが年端もいかない少女だろうが三門は容易く話を聞けた。
――けーちゃんもだったな。
誰にもかかわりたがらない彼だったけれど、三門とだけは話しをした。彼の笑顔を見たことがあるのは自分だけではないだろうか。ふとスマホに保存した写真を表示してみる。
――こんな顔、できるようになってたんだ。
優しい屈託のない笑い顔。同席している男性をよほど信頼しているのだろう彼の表情。連絡がないことが胸に迫った。
親類のことを思うせいだろうか、三門の次の目標は若い男女、それも夜の街で遊んでいるタイプに狙いを絞る。彼は遊び上手というわけではなかったけれど、周囲にはそんな男がたくさんいたらしい、と思いつつ。
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