第3話


 応接室というようなものはなく、カウンターでそのままだった。それほど小さな不動産屋。三門と佐藤とはカウンターを挟んで座っていて、これでは商談のようだとどちらからともなく笑う。それで空気がほぐれた。

「それで、ご用件は?」

「学生さんから評判のいいカフェの話を伺いまして。ブラックロータス」

「あぁ、はい。うちで取り扱った物件ですよ」

「閉店、されましたよね?」

「そうみたいですねぇ。急なことでうちも驚いてたんですが」

「突然でした?」

 その通りだ、佐藤はうなずく。本人も訝しく感じていたのだろう、表情にそれが表れていた。ならば、と三門は突っ込んでみる。

「ちょっと不思議な話も聞いたんですよね。うち、元々オカルト誌に近いもので、その手の話はつい興味を持ってしまうんですが」

「オカルトですか? そんな話あったかなぁ」

「学生さんが言うには、奇妙な人が出入りしていたとか、見かけたとか」

「あぁ……そういうことですか」

 学生の戯言とまでは言わないが乗せられているぞ、とでもいうような苦笑だった。が、三門はオカルト話になると常識的な大人ほどこのような対応になると経験している。笑みを浮かべたまま話の続きを促した。

「確かにね、ちょっと変わった人、ではあったんですよ」

「ほうほう」

「なんて言ったらいいのかなぁ。こう、契約者さん以外にも関係者さんがみんな小柄なお人でね。目付きもなんと言うか……鋭い、ですかねぇ」

「端的に申し上げてコレですか?」

 古典的に頬傷の仕種をした三門を佐藤は笑う。少し引き攣ったような笑い方だった。首を振るのは、反社会勢力に物件を斡旋した、と発覚すればこの会社が罰せられかねないせいか。

「ここだけの話、疑ったことはありますよ。ただ、ヤクザもんではなかったですね」

「ほう?」

「まぁね、そちら側の話も知らないとできない商売ですから」

「誰がどこと知らないと貸さない選択肢が取れませんものねぇ」

 得たりとばかりうなずく佐藤だった。もちろん言い訳に過ぎないと二人ともに心得ている。通じれば充分だった、三門にしても。

「そんなですからね、率直に言えば出て行ってくれてよかった、とも思ってますよ」

「閉店ていつだったんですか」

「そうだなぁ……一月前くらいですかね」

「一月前というと、大事件があったころですね」

「はいはい、そうだ。思い出しましたよ。ちょうど事件の前の晩だったな、閉店すると連絡があったのは」

 事件の単語が回想の切っ掛けになったのか、佐藤はすらすらと思い出してくれた。それはありがたいのだが三門は肌が粟立っているのを知る。この地に来て不可解な符合はこれで何度目だ、と。

「倒産かと思ってたんだがねぇ」

「学生さんは流行ってたと言ってましたが……」

「うーん。それを言われるとね、家賃なんかもきちんと払い込まれてたし、遅れたことは一度もなかったから」

 その点ではよい店子だった、佐藤は腕組みして今更不思議そうな顔をしていた。出て行くにあたって家賃の日割り分も払って行ったとのこと。

「几帳面な店子さんではあったんですね」

「なんだかね、干渉されるのが嫌だ、みたいな雰囲気はあったよ」

「そう、ですか。ありがとうございます、参考になりました」

 礼を述べて立ち上がれば気のいい社長は外まで見送ってくれた。都津上の流行店が記事になったなら是非教えてくれとまで言われて三門は多少申し訳ない。勘違いさせてしまったようだったが笑顔で訂正しなかった。

「うーん」

 ラグビー部主務に聞いた話とどうにも噛み合わせが悪い。ひとつ確かなのは「奇妙な人」は一致している点か。佐藤はあのように言っていたけれど、店子に不信感を持っていたのは疑いない。

 ――ちょっと戻るか。

 二度手間になったけれど、学生街まで三門は戻り、閉店したカフェ周辺で学生に聞き込みをする。時間もよかったのだろう、講義を終えた学生たちが大勢いた。

「あそこのカフェ? 流行ってましたよ」

「留学生がいっぱいバイトしてたから、雰囲気あったよね」

「写真映えしたしねー」

「そうそう、ドリンクも可愛かったけど、留学生と一緒に撮ると旅行したみたいで」

 まったく潰れるような気配はなかった、残念だ。彼女たちの言葉の端々にそれを感じて三門は内心に眉を顰める。違和感が募って仕方なかった。

「ほんと面白かったのにね」

「たとえば、どんな風に面白かったんです?」

「うーん、インテリア?」

「インドっぽかったよね」

「そうそう、象とかいてね」

「象!?」

 カフェに象はさすがに突飛に過ぎないか、思わず高い声をあげた三門を彼女たちは笑う。本物ではない、当たり前ではないかと。言われてみれば当然なのだけれど。照れ笑いをする彼に学生たちはにこりとしていた。

「彫像?とか、絵とか。壁画っぽいのかな。直接描いてあって」

「インドの神さまだとか言ってたよね、留学生の子」

 それで三門にもようやくわかる、ガネーシャ像かと。確かにカフェの内装としては珍しい部類だろう。彼女たちが面白がるのも理解できる気がした。

「潰れちゃうように見えなかったのにさぁ」

「でもさ、別のとこにお店出すんじゃないの?」

「えー。なにそれ、知らないんだけど」

「だってさ、あのお店の人、見るよ?」

 話しはじめてしまった二人に三門は慌てて口を挟む。それはいままで聞いていない話だった。身を乗り出さんばかりの彼に、興味を引いたとどこか自慢げな顔。

「どこで見かけるんです? よかったら!」

「エスニック料理のお店、チャイチャイって知ってます? あそこで見たんですけど」

「あー、あそこ雰囲気似てるよねー」

 二人してうなずきあっていた。彼女たちにしてみれば雰囲気の似た店だ、不思議にも感じていなかったのだろう。普段の三門でもそう感じる。だが、いまは。

 ――似てるってだけが、こんなに気持ち悪い。

 ただの偶然でしかないはず。しかし、ここまでくると偶然などあるのかと言いたくもなっていた。気味が悪い、が恐ろしい、に変わりそうな。

「記者さん、ご飯まだです?」

「うん、まだ。よかったらそのチャイチャイ? ご一緒させてもらえませんか」

「うーん」

「もちろん取材なんで、オゴリで!」

 三門に彼女たちは顔を見合わせ笑う。はじめからそのつもりではあった様子。笑いながらご馳走になります、と言ってくれた。三門としても一人で入らなくていいのはありがたい。

「ここですよ」

 二人が案内してくれたのは、すぐ近くだった。閉店したカフェからは徒歩三分という辺りか。同じ通りにあるエスニック料理屋は華やいでいて活気がある。ちらりと周囲を見回したけれど、例の「小柄な男」はいなかった。

 ――いると思ってたわけじゃないけどな。

 見てみたい気持ちはある。何をもって奇妙だ、と言わしめているのか。三門はけれど、見たら終わりのような気もしていた。理由は特にない、勘のようなもの。そう感じたことに寒気を覚えた。

「ここも面白いでしょ?」

 席について彼女たちは言う。その通りだった。閉店したカフェと多少なりとも雰囲気は似ている、とも言う。こちらはタイやインドネシア風なのか。ごた混ぜ感もここまで来ると立派だ。

「あ、おいしいな。これ」

 そして料理も。ラグビー部主務も言っていたが、確かにアレンジの効いた料理ではある。エスニックとはうまいことを言う。どこ、とも言えない料理だったが味はいい。

「けっこう人気だよね、ここ」

「うん。ここも留学生バイト多いしね」

「……あの事件の犯人もいたんでしょ、ここ」

 ふ、と一人が声を潜めた。それに三門は笑みを向ける。聞かせて欲しいな、と無言で示せば実は話したかったらしい彼女はテーブルに乗り出して小声で言う。

「記者さん、一か月前の事件、知ってるでしょ」

「まーね。知らないわけにもいかないでしょう」

「あの事件の犯人、けっこうここでバイトしてたみたい」

「ブラロでもだよね?」

 もう一人が言うのに三門はよほど怪訝な顔をしたのだろう、ブラックロータスだ、と言い直してくれた。彼女たちの間では略称で通じるほど、流行っていたのだと三門は察する。

 ――それが、突然の閉店、か。しかも、事件前夜に? なんだそれ。

 関係があります、と言っているも同然ではないのか。ここまでくるとまったくの無関係は通らない、それほど符合しすぎている。

「あの事件、留学生が多かったって話も聞きましたけど、そのせいもあったんですかね」

 三門の言葉に二人は同時に首をかしげる。仲のよさそうな仕種が、けれど悪寒を誘う。そして二人は言う、留学生アルバイトがいたのは何もこの二店だけではなかった、と。

「なのに、こことあっちばっかだよね?」

「やめなよ、気持ち悪いよー」

「なんか隠された真実とかありそうじゃん」

「なくていいって、そんなの」

 興味津々な一人にもう一人はさも嫌そうな顔。三門は内心では後者に同意している。もし仕事でなかったならば、取材すると己で決めていなかったならば、ここで尻尾を巻いて帰っただろう、不意に強くそう感じていた。

 そのせいだろうか、過敏になった神経が周囲に気を配らせたか。三門の目に飛び込んできたのはガネーシャ像。妙に違和感がある。

「話は変わりますけど、さっき言ってた象って、あれ?」

 聞かねばよかった。彼女たちは揃ってうなずいたのだから。その像だけが内装から浮いていた。三門は想像する、閉店したカフェから持ち込んだのでは、と。




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