第2話


 偶然声をかけた相手が語ってくれたにしては、あまりにも。己が情報を得ている、そのせいで奇妙と感じるのかもしれない、三門は気を引き締めて笑顔を作った。

「この流れで聞くのはちょっとためらいがあるんだけど、いいかな? 一月前の事件のことなんですけど」

 言えば顔を見合わせる学生たち。マネージャーも苦い顔をしていた。彼女に視線を向ければ黙って首を振る。唇を噛み、それから彼女は口を開いた。

「私の友達……ではないな、知り合い、くらい。同じ講義を取ってて、よく席が隣になったりする子がいたんですけど」

「あぁ、すみません、巻き込まれて……?」

「逆です。やらかした方」

 引き攣るよう彼女は笑う。またしても偶然か、必然なのか。聞き込みに来てこれほど当たりを引くのは珍しい。ありがたい反面、腰の据わりが悪くもある。

「あんまり、よく知らない子だったけど。そんな雰囲気じゃ、なかったのにな……」

「みんなそうだったでしょ、主務」

「私が聞いた限りでは、ね。ただ――」

「そうそう、友達いないやつが多かったっぽいですよね」

「それは言っちゃダメじゃね? 短期留学だと付き合う暇ないもん」

 口々に言う学生に三門は少し引っかかることがあった。いま彼らはなんと言ったか。

「短期留学生?」

 報道各社が掴んでいる話ではなかった。規制がかかっているのならば、まだわかる。が、それは相楽が否定していた。内心に顔を顰めつつも三門は穏やかなままだった。

「えぇ。ほとんどが留学生、それも短期の子だったみたい。いえ、日本の学生も多かったみたいですけど」

「聞いていいか、わからないけど。感覚的に、比率はどうです?」

「留学生が過半数、くらいの感覚ですね」

「日本人学生の方はいつ辞めてもおかしくないやつらだったなぁ」

「うん、他でも暴力事件起こしたりとか、聞いたよね」

「薬に手ぇ出してるとか……」

「聞いた聞いた」

 深刻な話題だからこそ、彼らは笑っている。そんな気がして痛々しい。三門は報道人の気概とまでは言いにくい雑誌記者ではあったけれど、せめて事実を知りたい、報道したいとは思う。

「ごめんね、こんなこと聞いて」

 困り顔の三門に学生たちはかえって気にしないでくれと笑顔。ありがたく頭を下げれば照れ笑いの波。

「事件前後に、何か変わった話とか、なかったかな? かなり唐突な印象を受けたんだ」

「いきなりでしたよね。大学でもすごかったです」

「右往左往ってこういうのいうんだなーって」

「教授陣が血相変えてたもんな」

 当たり前だろう、誰かが言う。当時の狂躁が伝わってくるようだった。本当に、突然のことだったのだと三門にもわかる。事件の加害者である学生たちはそれぞれが特に知り合いというわけでもなかったらしい。個々では知人もいただろうが、すべてを繋げる交流は誰も知らないと学生は言う。

「それと関係あるかどうか……短期のやつらって、よく行く店あったよな」

「あぁ、あのカフェだろ」

「あと飯屋」

「それ、教えてもらえるかな?」

「いいっすよ。カフェはブラックロータスって店。飯屋はチャイチャイってエスニック料理屋です」

「チャイチャイおいしいよね。私もよく行くよ」

「どんな店です?」

 マネージャーに問えばかすかな苦笑。よくいえばアレンジしたエスニック、と彼女は言う。それでも味はいいし内装も雰囲気があって好きなのだと言っていた。

 ――これは、あとで行ってみる価値ありかな。

 場所はここからそう遠くはない学生街の一角とのこと。彼女はカフェの方は行ったことがなく、部員たちは「おしゃれなカフェは入りにくい」と笑う。

「エスニックとか、行ってもいいんですけど、量がなぁ」

「金かかってしょうがないよな、俺らだと」

「大盛り安定だもんな」

 食べ盛りに加えてラグビー部ではそのようなものだろう、情報が得られた、それも充分以上に得られた三門は感謝してここの支払いを持った。

「なんだか雑談ばかりだったのに、すみません」

「とんでもない。ありがたかったです」

「もし、また何かあればお声かけてください。ご馳走さまでした」

 マネージャーの言葉に部員たちが揃ってご馳走さまと声をあげる。突然の大きな声に他の客がぎょっとしたようだったけれど学生のそれ、と見て取っては微笑ましげに見やっていた。

「さて、と」

 三門は公園に移動してメモをまとめていた。さすがにすぐに別の喫茶店に入り直す気にはなれない。コーヒーで腹がたぷつくのは宿命と溜息をつく先輩もいるが、三門はそれくらいならば公園の方がいい。

 彼女は雑談と言ったけれど得るものは大きかった。学生たちは言っていた。「カフェの近辺で変な男を見た」「薬物を売ってたのはあいつららしい」「カルト教団だって聞いたよ」「人間じゃないって聞いたけど?」等々、様々な話を三門はまとめていく。相楽が言っていた宇宙人だのリトルグレイだのも話題に出ていて笑いを誘う。それが苦くなった。

「カルト、か……」

 昨年起きた森林公園でのテロとは関係はないのだろう。あるのならば相楽が動いている。公安の行動力を三門は疑っていなかった。

 ――素直に考えれば、薬物にはまった学生がフラッシュバック起こした、なんだけどな。

 それにしては同時に起きた、という点が解せない。いままで聞いた話の中でもそれだけが、まったくの意味不明だ。まるで誰かが操ってでもいるかのよう、同時に起きたなど。

「ないな、ない」

 薬物中毒者を操れるものだろうか。まずそこが疑わしい。また、操ることが可能だったとして、何の意味がある。隠された意味があるのだろうか。知らず三門の眉間に皺が刻まれていた。

 ――これは相楽さんが与太話って言うわけだわ。

 公安で得た情報もこのようなものだとしたら頭のひとつも抱えたくなるだろう、それは。相楽の頭痛に思いを馳せ、三門は小さく笑う。

 ――人間じゃない、か。

 それも気味の悪い話だった。どういうこと、と尋ねたのだが学生も噂で聞いただけだから、と言った。

「なんだか、すごいちっちゃいみたいですよ」

「ちっちゃいオッサンとか、懐かしいな!」

「それじゃねぇよ!」

 都市伝説の類と似たようなもの、と彼らは認識していた様子。真実ではなく。現にその「小柄な男」を見た学生はあの場にはいなかった。

 ――ただ身長が低いだけなら、変、とまでは言わないよなぁ。

 極端に小柄だとしても、人間ではないと言わしめた何かがあったのだろう。あるいは単に尾鰭がついただけかもしれないが。

「とりあえず動くか」

 ぱたん、と手帳を閉じてスマホをしまう。取材のメモは紙で取る主義だった。どうにも他人の前で話を聞きながらスマホを操作するのが苦手だ。どこか無礼に感じてしまう。

 ――相手の話に集中してないと思われそうでなー。

 そんな三門を気にしすぎだと先輩たちは笑うけれど。性分で直らないし直そうとも思わない。おかげで取材に来ると荷物が多くなるのは困りものだったが。手帳一冊とはいえ、しっかりとメモを取れる大きく厚いものとなると嵩張る。

 どうでもいいことを考えているのは、やはり違和感があるせいだろう。いままでのいわゆるオカルト事件ではないような。ただの与太と片付けていいのだろうか。何とはなしに振り返る。背中が涼しいような気がして。

 学生街に戻った三門はまずはカフェへと行ってみようと思う。その後にエスニック料理店で食事にでもしようかと。

「……そう来たか」

 ここまで順調すぎた報いとでもいうよう、カフェは閉店していた。休みの日なのではなく、撤退した様子。入り口のガラス戸に閉店のお知らせが貼ってあった。

「さぁて、困ったぞ」

 呟きながら三門の手はさっさとスマホを操作中。すぐさま見つけたのは不動産屋のサイト。閉店告知の近くに空き店舗の看板が小さくあり、そこに電話番号があるのを見つけた目敏さだった。サイトで場所を確認し、歩き出す。食事は後回しになりそうだった。

 ――そういえば、けーちゃん元気かなぁ。

 この手の調べ物が得意な親類がいた。機転の利く男で、頭もよかった。あちこちと飛びまわる仕事をしていると言っていた彼とは長く会っていない。そのぶん連絡は欠かしていなかった。その親類としばらく連絡を取っていない、とふと気づく。

 ――ん、一か月くらい空いたか。また連絡。

 そこまで思ってぞわりとした。一月前。同時多発通り魔事件があった当時から、連絡していない。三門から連絡を取ることもあったけれど、たいていは時間ができたから、と向こうから連絡が来たのだが。

 ――偶然だ偶然。だいたい、けーちゃんがここにいたわけないし、もし巻き込まれてたならこっちに連絡来るっての。

 被害者の親類だ、警察からなんらかの連絡が来るだろう。まして彼自身の家族はいない。一番近い血縁が三門の一家だった。

 ――考えすぎ考えすぎ。こんな商売してるとダメだな。

 世の事件すべてに巻き込まれているような気がしてしまう。怪奇現象を書き立てるのは良し悪しだ、かすかに三門は口許で笑っていた。

 信じないから、書ける。そういうものかもしれない。ふと思う。面白おかしく書けるのは、そんな馬鹿な話があるかと思うせいか。あって欲しいとは、思っている。オカルトも怪奇現象も、事実として目撃できればさぞ興味深いだろう。

 ――でもほとんど見間違いか与太話、じゃなかったら話題狙いの作り話だもんなぁ。

 真面目に取材すると馬鹿を見ることも増えた。嘆く先輩たちの気持ちはわかるようでわからない。キャリアの差、かもしれない。

 市内中心部の繁華街から少し外れた辺りに不動産屋はあった。徒歩で移動してもさして時間がかからないのがいいところだ。

「突然お邪魔して申し訳ありません」

 個人で開いている不動産屋だった。カウンターの中には若い女性がいて、三門は社の名刺と共に話を聞かせて欲しい旨を告げる。

「少々お待ちください」

 彼女は困惑気味に一旦下がり、すぐにお茶を淹れてくれた。感触は悪くない、三門は内心ににやりとする。この時点で帰れと言われなかっただけでも充分だ。ほどなくして壮年の男性が出てきた。

「記者さんですか。社長の佐藤と言います」

「季刊レムリアの記者、三門陸と申します。お時間を頂戴できますでしょうか」

「少しでしたら。まぁ、話題にもよりますがね」

 ちらりと笑った佐藤に三門は笑顔。警戒心を起こさせない、人懐こい笑顔だった。




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