第37話

 大無が刑事に連行されたのは、打ち合わせ室のようなシンプルな部屋だった。床は硬いブルーのカーペット、壁は真っ白なペンキ塗りで、6人掛けのテーブルとイス以外何もない。


「そこに座れ」


 命じられた椅子に座ると、タブレットを手にした3人の男性が入ってくる。いかにも官僚といった容姿の川野、自衛隊の制服姿の山本、カジュアルなジャケット姿の藤堂だった。彼らが席に着くと2人の刑事は部屋を出て行き、入れ替わりに沙也加がコーヒーを運んできた。


 沙也加の姿に驚いた。ここは総務省なのか? それにしてはおかしい。どうして自衛隊員がいる?……理解できない状況だったが、様々な人がいることで、拷問されることはないだろうと胸をなでおろした。


 彼女がコーヒーをテーブルに置く時に視線があった。彼女は目をパチクリさせて合図を送ってきたが、大無は無視して他人を決め込んだ。


 彼女が部屋を出て行くと山本が口を開いた。


「無理やりお連れしたようで悪かったな」


 彼は悪かったと言ったが口調はぞんざいで、大無にはそう聞こえなかった。罪を問われる覚悟はできている。唇を結び、彼をねめつけた。


「実はシヴァのことです」


 山本と打って変わって藤堂の物腰はとても柔らかかった。


「ハァ……」


 自然とガードが下がった。


「あなたですね。3年前に中国のシヴァにアクセスしていたのは?」


 まさか中国へのハッキングが問われるとは思わず、眉をひそめた。


「ネタは上がっている。貴様だろう? 日本語版を創って仕掛けたのは!」


 山本が声を荒げた。


「とんでもない!」


 そう応じながら、ここが自衛隊のサイバー防衛隊かもしれないと思った。そうでなければ、こんな粗野な男が大きな顔をしているはずがない。


「サーバー上のシヴァは、削除しようとしただけで命を失う。ところが貴様は数百回も中国のそれにアクセスしていた。シヴァを作成した関係者でもなければ、ぴんぴんしている方がおかしいのだ」


 彼のつばきが大無の手元にまで飛んだ。


「僕は何も知りません。知りたいことがあるならアートマンに訊けばいいんです」


「ほう、それを知っているのだな……」山本が瞳を光らせた。「……アートマン、いや、アジェイ・シンといった方が良いだろう。その男ならすでに死んでいたよ。シヴァを世に送り出し、多くの者を殺した罪でシヴァの手にかかったらしい。今日、報告があった」


「噓だ。CIAがシンの存在を突き止めたばかりのはずだ」


 言ってから、ムキになっている自分が恥ずかしくなった。どうやら山本に感情を揺さぶられているらしい。それが彼のやり口なのだろう。……背筋を伸ばして大きく息を吸う。落ち着け自分!


「噓なものか……」


 山本の瞳が光る。彼はタブレットでUSA版のシヴァを開き、アジェイ・シンのプロフィールを開いて見せた。悪徳ポイントは10000を遥かに超えていた。


「……インドを離れた彼はアメリカで暮らしていたらしい。おそらく、シヴァUSA版を普及させるためだ。信じられないなら、自分でUSA版を確かめてみるといい」


「自分が創ったアプリで死ぬとは、人生の皮肉だ。……彼は死んだ。だから君から聞きたい。シヴァを止める方法を」


 川野が言った。


「シヴァを止める? ありえない」


 想いは即座に声になった。


「日本版を創ったのは貴様だろう? 中国版への大量のアクセス履歴がその証拠だ」


 山本の話が振出しに戻っている。


「僕は創っていない」


「それなら、どうして中国のシヴァにアクセスしていたのだね? 中国に知り合いでもいるのかな?」


 藤堂が穏やかに言った。


 無駄だ。……そういう思いが首を振らせた。


「話したところで信じられないでしょう」


「聞いてみなければ、なんとも言えないね」


 話してみようか、と思った。閻魔大王にシヴァの過ちを正せと命じられて生き返ったことを……。いや、無駄だ。そうした答えは沈黙を生んだ。


「何とか言わないか!」


 山本が催促する。


 大無は沈黙を守る。


「このままでは、ここに泊まってもらうことになるよ」


 川野が眠気を噛み潰しながら言った。


 それでも大無は黙った。


 スマホの時計が午後11時を表示していた。


「山本さん、明日にしましょう」


 そう告げて川野が立ち上がる。彼が出て行くと2人の刑事が入ってきて大無の腕を握った。

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