第36話
大無を拘束した車はHANAシティビルの地下4階にある駐車場に入った。そこが警視庁でないことぐらい大無にもわかった。
どうしてこんな場所に?……公安警察が非合法な捜査や取調べをするというのはエンジニアの交流サイトでもしばしば話題に上がっていた。全身に緊張が走り、乾いたものがのどを鳴らした。
――Life is a duty, complete it.――
マザー・テレサの言葉を噛みしめて自分を落ち着かせた。
人間の刑事が3Dゴーグルに似たサングラスをかけた。
「それは顏認証システムを回避するサングラスですか?」
大無は尋ねた。それが光をゆがめて顏認証カメラを誤作動させるものだと知っていたが、本物を見るのは初めてだった。
「お前には関係ない。降りろ」
刑事の言葉が乱暴なものに変わっていた。もう周囲の目は気にしなくて済むということだろう。今の彼は写真をとられてもシヴァの制裁を受ける可能性が低いというわけだ。そうわかっているから尚更、身体の自由が利かなくなった。こっちは生身だ。
アンドロイドの刑事に、半ば力づくで車から引きずり出され、灰色の空間に立った。同じ灰色でも冥界とはずいぶん違っていると思った。空間は明るいが、空気がひどく乾いていて居心地が悪い。
――コツコツコツ――
3人はエレベーターに向かって歩いた。
何とかして逃げなければ。……大無は懸命に考えた。しかし、敵は2人。1人だけでも自分よりはるかに優れた体力を有しているだろう。しかも、いる場所は公安警察がアジトにしているビルの中だ。他に仲間もいるのに違いない。それに対して大無の武器といえば、未だ手元にあるスマホのみ。
何のアイディアも思い浮かばないままエレベーターに乗った。内部は大きな液晶パネルが張られていて、ビル内の店舗案内や広告が表示されていた。そうして初めて、そこが里琴の亡くなったホテルのある商業ビルだと知った。彼女は25階の部屋で遺体となって発見されたのだ。
まさか警察に殺されたのか?……思わず、刑事の顔を凝視した。彼の手が伸び、9階のボタンを押した。里琴が死んだ25階でないことに、少し安堵を覚えた。
階数表示がB4、B3と変わり、B1で停まる。
ドアが開き、制服姿の中年の警備員が乗り込んできた。その胸に〝浅野〟のネームプレートがある。彼はドアの安全装置に足をかけて閉まらないようにしながら、刑事に向かって口を開いた。
「あんた方。その男性を拘束しているようだが、どんな権利があるんだ?」
「ん?」
刑事が答えないと浅野の声が攻撃的なものに変わった。
「9階のボタンを押したな。あんた、ドリーム・ピンク通販の人間なのか?」
疑うことを知らず刑事に
「僕を助けてください」
思わず言った。すると、アンドロイドの手に力が入り、激痛を覚えた。顔がゆがんだ。
「ああ、助けてやるとも。お前、アンドロイドだろう? 人間さまから手を放せ」
浅野はアンドロイドの刑事に向かって特殊警棒を取り出すと電源を入れた。アンドロイド相手でも電撃で制圧できる優れものだ。
「警備員、止めないか。痛い目を見ることになるぞ」
人間の刑事が警察手帳を取り出し、浅野の目の前に突き付けた。
「け、警察?」
彼の目が点になった。
「警視庁公安部だ。特殊な事件で動いている」
「もしかしたら、シヴァの……」
「どうして知っている」
「いや、……なんとなく」
浅野の言葉は歯切れが悪かった。
――Booooo……、ドアが閉まるブザーが鳴る。
「そのことは忘れるんだな。もう一度、シヴァの名を口にしたら日本国を相手にすることになるぞ」
刑事が脅かした。
「あ、いえ、そんなつもりは更々ありません」
浅野は会釈すると、ピョン……とカエルが跳ぶように後退した。
ドアが閉まり、エレベーターの中は再び3人だけになった。
チッ、と刑事が舌を鳴らす。もちろん、人間の方の刑事だ。
「他人を巻き込むな」
彼が警告する。
大無は唇をギュッと結んだ。
エレベーターが1階で停まり、どやどやと若い男女が乗り込んでくる。彼らは刑事のサングラスを物珍しそうに見たが、声をかけてくることはなかった。大無も彼らに助けを求めることは止めた。
若者たちは3階や4階で降り、大無たちは9階で降りた。飾り気のない、無機質な空間だった。
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