第27話
シヴァ対策室の中間報告を受けた政府は、シヴァのダウンロード用の圧縮ファイルを公開している企業5社、並びにクラウドサーバー運営3社をデジタル庁に呼びつけ、極秘裏にシヴァを削除することを強く要請した。法的根拠のない指導という名目の要請だった。その指導に抵抗する企業はなかった。
――レンタルサーバー企業、サイバートランク(株)のサーバー管理主任者、菊池園子は、他の社員のいない場所でキーボードにしなやかな指を乗せた。極秘裏にシヴァを削除するよう、社長に命じられたのだ。社長によれば、シヴァの削除は政府の要請で、そのことをクライアントへ通知することも禁じられたということだった。
クライアントへ報告もせずに預かっているファイルを削除することには抵抗があった。しかし削除されるのがシヴァのアプリであることには、少なからず喜びを覚えていた。個人的には、シヴァには共感していなかった。
「やるわよ……」
決意を口にして200台あるハードディスクからシヴァのある21番目のそれを選択、管理者権限でシヴァをデリートした。バックアップサーバーのそれも削除するのを忘れなかった。そのエリアを借りているコブラ公社という怪しげな団体には、ハードのトラブルで一部のファイルが欠損した可能性がある、と通知するつもりだ。
再度、シヴァがアップされたら?
再度、削除する?
それは無理があるだろう。
自問自答している間にメインモニターに文字が点滅した。
【削除完了】
念のために確認する。ファイルのリストにシヴァはなかった。
「ヨシ……」
ホッとすると同時に、後ろめたい気持ちが湧いた。
あとはコブラ公社へのメッセージを……。
通常ならメッセージの作成から送付までをAIに任せるところだが、嘘のメッセージをつくるのだ。AIに任せるのは不安で、古い定型文のリストを開いた。
さて……。腕まくりをしてメッセージを考えようとしたとき、メインモニターの文字列がわずかに動くのが目に留まった。
「え?」
ハードディスクNO21内のファイルが並んでいる。そこに削除したはずのシヴァがあった。
「どういうこと?」
夢を見ているような気分だった。
改めてシヴァを削除する。
【削除完了】
嫌な予感がして胸がドキドキ鳴った。
そうして数分後、再びメインモニターのファイル一覧の中にシヴァが復活した。
「どう思う?」
園子は派遣エンジニアの
「何者かが外部から復活させたわけでないですね。シヴァ自体が復活する仕組みを内蔵しているのではないでしょうか?」
彼がサーバーの稼働状況を確認しながら言った。
「そんなこと、ある?」
「リンクした隠しファイルがあるのかもしれません。それがシヴァのファイルを監視していて、削除されたら復活させているのかも……」
「私たちに見えないファイル?」
「パソコンのOSにはあるのですよ。素人にいじられないようにするために。でも、プロの世界では、通常はありませんが……」
そう話しながら、九十九がキーをたたいた。管理AIを起動し、サーバー内にハードディスクNO21内のシヴァのファイルを監視している隠しファイルがないか、調査するように命じた。
「……こうして、と。……少し待ちましょう。10分もあれば、全て確認が終わるでしょう。それにしても、クライアントから預かっているファイルを勝手に削除していいのですか?」
「社長命令なのよ。……誰にも言わないでくださいね」
「言いませんけど……」
「何分、シヴァだから……」
「ハイ、シヴァですから、いろいろあるのでしょう……」
彼が物憂い言い方をした。
ほどなく、管理AIからの返事がモニターに浮かんだ。
【問い合わせに該当するファイルは存在しない】
きわめて事務的な文字列だった。
「おかしいわね」
「ですね」
彼は再びAIに質問を投げた。削除したシヴァのファイルが、何故、復元するのか、と。
【原因不明】
AIの返答に2人は顔を見合わせた。
「どうしたら削除できるかしら?」
「シヴァ以外のファイルのバックアップを作って、ハードディスクごと取り外してしまったらどうです」
「あ、それ、いい。そうしましょう。やってくれる?」
「僕は社員さんの命令に従うだけですから」
「ヨッシ! それじゃ、そういうことで、ヨロシク」
2人はハードディスクを取り外すためにサーバールームに向かった。冷房の効いたサーバールームに入るために、入り口でジャンバーを羽織る。太った九十九は窮屈そうに羽織っただけで、ファスナーは締めなかった。
――ブーン――
ビルのワンフロアを使ったサーバールームには唸るような冷却ファンの音が響いていた。
サーバーに直結した端末を使って予備のハードディスクにNO21のハードディスクのシヴァ以外のファイルをコピーし、NO21のハードディスクをネットワークから切り離す作業に入る。その後は、予備のハードディスクがNO21になるのだ。
九十九が軽やかにキーをたたいた。その時だ。
「ウッ……」
彼が呻き、胸を抑えた。
「九十九さん?」
園子が驚いている間に、九十九の身体は床に崩れ落ちた。肩を支える余裕もなかった。
「九十九さん!」
倒れた彼の肩をゆすった。その表情はゆがんだまま固まっている。
園子は固定電話で救急車と上司を呼び、サーバールームを一旦出た。そこにいるのは恐ろしかった。もしかしたら次は自分が……、そんな予感がしてならない。
AEDを手にした上司がやって来たのは15分も過ぎてからだった。救急隊員と一緒だった。彼は救急隊が到着するのを待ち、一緒にやってきたのだ。
情けない奴!……睨む園子を上司は無視した。
九十九は倒れた時の姿勢のままで、顔からはすっかり血の気が引いていた。
「九十九さん!」
脈も呼吸も止まった九十九が、園子の呼びかけに反応するはずがなかった。
「菊地さん、これ……」
間抜けな表情の上司がモニターを指した。
九十九のアカウントが強制的にログアウトされたと、表示されている。
「このサーバーに、タイムアウトの設定はありません」
園子は見たものを拒むように首を振り、救急隊によって運び出される九十九に目をやった。彼は、人生からログアウトされたのだ。
何もかも、わからないことだらけだ。……救急隊との対応を上司に任せてオフィスに戻り、シヴァで九十九元を検索した。
彼の悪徳ポイントは10000点に達していた。
彼がどんな罪を犯したというのだろう?……投稿された写真を見て驚いた。その数は少なく、それらの悪徳ポイントを合計しても300ポイントにさえならなかった。
「どうなってるの?」
思考が止った、脱力し、天井をぼんやり見つめた。
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