第21話

 薄暗い葬儀場におごそかな読経が続いていた。喪主、雪乃の涙も止まらなかった。度々白いハンカチで目頭や頬を押さえている。片岡教授の葬儀でのことだ。


 祭壇では片岡の遺影が微笑んでいる。


「奥さん、かわいそうね」


 大無のふたつ隣で里琴がささやいた。


「そうだね。あんな写真を投稿した奴のせいだ。殺人犯だよ。あんなに大量の告発写真を投稿したのだから……」


 二宮が小声で応じた。


 彼女は、何故、泣いているのだろう? 不貞の夫を殺害したのは彼女自身なのに。……大無は前の席に座る円谷と加藤の間に垣間見える雪乃に目を向けた。彼以外の誰も、彼女が大量の告発写真を投稿した〝オカッチ〟だと知らない。


「子供が2人もいるのに大変ね。下の子供はまだ中学生。これからたくさんお金が要るのに……」


 里琴は、まるで自分が雪乃やその子供たちの不幸に無関係のように言った。自分もシヴァに告発写真を送ったことを忘れているようだ。


 雪乃が再び涙をふいた。それを見ながら世の中の皮肉に気づいた。里琴が片岡の死に関わっているという意味では、彼女はオカッチである雪乃の協力者だ。


 情報工学部の学部長が弔辞ちょうじを読んだ。片岡教授の研究は笑我が引き継いでいく、と……。どこか白々しい声だった。


 葬儀の帰り道、研究室のメンバーは、駅に向かって力なくだらだらと歩いた。先頭を歩くのが礼服姿の円谷たち助手で、その後に私服の学生が続いた。その先頭は二宮と里琴。その後に3年生や2年生が続いた。大無は、一番最後を歩いていた。派遣社員は研究室の外でも非正規だ。


「これで一段落だな」


 片岡が亡くなり、実質的に研究所のトップになった円谷は機嫌が良かった。他のメンバーも同じだ。それなのに葬儀の帰りらしい陰鬱さを漂わせられたのは、メンバーの多くが片岡のハラスメントを告発する写真を投稿した後ろめたさがあるからだ。


「僕たちは共犯なんだな」


 加藤が低い声で、しかし、どこか晴れやかに言った。


「黙れ!……俺は、……俺にはそんな意図はなかった」


 円谷が声を荒げた。


「しかし、結果は……」


「俺たちはシヴァが本当に人を殺すなんて知らなかった」


「それはそうだが……」


「教授は心筋梗塞で死んだ。病気だったんだ」


 彼が足を速める。


「でも、良かったわね。研究室が閉鎖されなくて」


 険悪な空気を中和させようとでもするように、助手の涼宮すずみやノエルが言った。


 担当教授は不在になったが、弔辞の通り、学部長が引き継ぐ形で研究室は残ることになっていた。医療ロボットの完成を目指す工学部の要請があったからだ。


「まあな」


「俺たちの研究が成果を出しているからだよ」


 円谷と加藤の意見が一致を見た。


「有無さんのおかげじゃないの?」


 ノエルが言うと彼らが振り返った。ノエルを刺すように睨み、その視線は最後部の大無に向いた。


「彼は、教授の指示に従って作業をしていただけだ」


 円谷が威圧するように言うと前を向き、力強く歩き出す。それに加藤が続いた。


「……それにしても、香典返しなんて邪魔ね。葬儀って、こんなだった?」


 ノエルが香典返しの大きな袋を持ちなおす。茶、菓子、高級バスタオルセット……、一つ一つが大きめの箱に入っているから、袋は一泊旅行にでも行くようなボリュームになっている。


「今時ないだろう? こんな香典返し」


「片岡教授の両親の気持ちらしいよ。田舎の年寄りらしい配慮だ」


「配慮?」


 ノエルが首を傾げる。


「田舎では、大きさこそ、感謝を示すモノサシなんだよ」


 加藤が鼻で笑った。


「こんなだから日本がダメになったのよね。古いものにとらわれすぎる」


 彼女は足を止め、肩で大きな息をついた。ちょうど町内のゴミステーションの前だった。


「日本人は保守的な安定を望んだのよ。だから権威に屈し、パワハラ的な文化を受け入れてきたのよね。それをあの人たちが言うなんて……」


 里琴が、前を行く助手たちを視線で指して嘲笑を隠した。声をかけられた二宮は困惑して話を変えた。


「……確かに珍しい量だね。大概、菓子とかプリペイドカードなのに。……里琴、僕が持とうか?」


 彼が手を差し出す。それを里琴は断った。ノエルの隣で足を止め、ゴミステーションに目をやった。


「箱が大きすぎるだけよ。かさばれば重量感も増してしまうのよ。箱の大きさに応じて、故人が立派だというわけでもないのに」


 正論を言うと、その場で箱の中身を取り出し、箱はゴミステーションに捨てた。すると、荷物の量は半分以下になった。


 里琴を真似て箱を捨てる者もいたが、大無はそのまま持ち帰ることにした。その日が、ごみ収集日ではなかったからだ。


 彼は、里琴やノエルが箱を捨てる現場をさりげなく写真に収めた。他人の犯罪や不道徳な行為をスマホで撮る習慣は、片岡がオカッチの大量投稿で他界してから身を守るためについた。イザという時のための材料たまはたくさん持っていたほうが安心だ。


 ――小さなことからコツコツと――


 標語めいた使い古された言葉が頭を過る。


 上空を空飛ぶ自動車、スカイカーが飛んでいく。


 ああ、僕はシヴァの過ちを正せたのだろうか?……大無は憂いながら、駅へ続く道をトボトボ歩いた。

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