第20話

「見ろ、沢山死んでいるんだぞ。犯罪の抑制どころじゃないだろう。これじゃ、まるでパンデミック、いや、戦争だ」


 加藤が示した被制裁者リストには、半日ほどの間にシヴァの制裁で亡くなった国民の氏名が並んでいた。


 戦争とは言い得て妙だ。やり方はどうあれ、生き残った者が勝者ということだ。……1度シヴァによって殺された大無は痛感した。そして今頃、片岡がヤミーの審査を受けているのではないかと想像し、少しだけ懐かしいものを覚えた。


 もし、片岡教授に運があるなら、自分のように生き返るのかもしれない。その時、ここにいるメンバーは喜ぶのだろうか? 悲しむのだろうか?……大無は研究室を見渡した。さっきまで片岡の死に沈鬱ちんうつな表情を浮かべていた者たちも、今はシヴァの話に夢中だった。


「政府が公認したわけでもないのに、どうして日本語化されているんだろう?」


「ゲーム感覚でやる人がいるのよ。こういうの」


「そもそも、誰なんだよ。こんなものを作ったのは?」


 彼らの話を聞きながら、大無はキーボードをたたいた。シヴァを改変したとき、再侵入しやすいようにバックドアを設けておいた。日本語版のシヴァにもそれが残っている。


 シヴァは登録者の端末やクラウドをプログラムの断片やデータの保管場所に利用している。登録者のスマホは、各所に点在するプログラムを統合するキーだ。それをたどれば、片岡が誰にのかもわかるはずだ。


 日本語版のシヴァに侵入し、片岡の名前を探した。


 仕事柄だろう。片岡もスマホにシヴァをインストールしていた。彼のスマホに潜りこみ、それをキーにして足を延ばすと、〝オカッチ〟というアカウントにたどり着いた。片岡が自撮りした不倫現場映像を大量に投稿したアカウントだ。


 オカッチの端末はセキュリティーが弱く、そこに入るのは簡単だった。


 へー!……端末内の所有者情報を確認して思わずうなった。なんと、片岡教授の妻、片岡雪乃ゆきののスマホだった。


 彼女のスマホがオカッチのアカウントでシヴァにログインしているログの写真を撮る。夫殺しの証拠だ。


 モニターの画面を変えてから、何もなかったような顔をつくって研究室のメンバーを見渡す。彼らはシヴァの話に夢中で、大無がしていたことに気づいていなかった。


 ――ムーン――


 スマホが小さく震えた。シヴァを開くと悪徳ポイントが増えている。


【この人、ハッキングをしている】


 たった今、告白した場面が動画でアップされていた。


 調べるまでもない。おそらくあの人だ。……大無は、均整のとれた里琴の顔に目をやった。彼女の恋人の二宮は善良な人物だが、彼女は違う。大無が研究所で働き始めて1年にも満たないが、それはわかった。彼女はわがままで欲深い女性だ。おまけにふしだらだ。研究所内でも複数の助手と寝ている。もちろん、片岡教授とも……。


 そっちがその気なら……。大無は殺し合う覚悟を決めた。シヴァに殺されるまでもなく、半年後、シヴァの過ちを正せていなければ、どのみち自分は死ぬのだ。彼女がどんなにしたたかで世渡り上手だろうと恐れることはない。


 片岡は大無のように生き返ることなく、7日後に葬儀が行われた。シヴァのせいで葬儀が多く、葬儀会場や斎場が、冥界同様、順番待ちらしい。


 葬儀には研究室のメンバーも参列した。葬祭ホールは薄暗かったが、祭壇はきらびやかで、まるでパーティーのようだ。環境が暗いほど主役が引き立つのに違いない。


 祭壇の真ん中に片岡教授の遺影がある。その顔はわずかに微笑んでいた。普段の彼の様子とは全く違っている。そんな写真をどうやって撮ったのだろう?……大無は首を傾げる。AIが生成した写真かもしれない。想像するとげんなりする。


 喪主は、妻でありシヴァへの告発者だった片岡雪乃。……最前列で疲れた顔をしていた。彼女は目を赤く泣き腫らしているが、その涙は誰のためのものだろう? 彼女の隣には中学生ぐらいの息子と娘が座っていた。


 式が始まる。大無は不思議な気持ちで読経どきょうを聞いた。その間、ずっと彼女の様子をうかがっていた。彼女があの動画や写真の数々をどうやって手に入れたのかわからない。それはともかく、教授の不倫問題で悩んでいたのは明らかだろう。


 普通なら離婚するところだが、彼女はそうしなかった。離婚は大変な作業らしいけれど、あれだけの不貞行為の証拠があれば、難しいことではなかったはずだ。……考えられるのは、片岡教授は研究室同様に、家庭でも家族を支配し、離婚を言い出せない精神状態に追い込んでいたということだ。その結果、雪乃は離婚ではなく殺害を選択したのではないか?


 刺したり首を絞めたり、あるいは毒をもったり、どのような手段を用いるとしても殺害は離婚同様容易ではない。場合によっては失敗して逆襲されかねないし、成功したところで警察の追及に怯えることになる。心が休まることはないだろう。


 ところが、シヴァによるそれは容易だ。違法行為の証拠さえたくさん握っていれば、小さなリスクで抹殺できる。シヴァは、中国のものを除けば運営組織がなく、投稿者が判明する可能性が低い。そもそもシヴァへの投稿が殺人行為と認定されるかどうか……。司法の追及の手を恐れず、やましさも抱かずに済むかもしれない。


 万が一、投稿が殺人行為と認定されたとして、今、投稿者を特定できるのは、僕とシヴァの開発者のアートマンだけだろう。……大無はうぬぼれていた。

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