第17話

 ――ゴッ――


 身体を起こそうとした大無は、額を何かにぶつけて再び横たわった。


「イテテ……」


 額に手を当てようとすると、その手が壁に当たった。左右、どちらも同じ状態だった。それで狭い箱状の物の中に閉じ込められていると気づいた。


 まさか、棺桶かんおけか?……記憶をたどると派遣先の事務所で産業廃棄物処理施設のロボットシステムの開発にたずさわっていたことを思い出した。そのパソコンの前でプツっと記憶が途絶えている。


 それでどうなったんだ?……頭をひねると、浮かんだのは子供の頃に読んだ白髪鬼というホラー小説だった。生き埋めにされた女性の話だ。彼女は棺桶から抜け出し、土を素手でかき分けて地上に戻る。その時には、爪は全てがれ、髪は真っ白、人相は変わって老婆のよう。そうして白髪鬼となった女性は、自分を生き埋めにした者たちに復讐する。そんな物語だった。


 白髪鬼が置かれた状況と自分の今が重なる。そして、事態は彼女より悪い状況にあると悟った。今は火葬するのが普通だ。のんびりしていたら丸焼けだ。


 仰向けのまま両手を上に向けてふたを押し上げる。棺桶に寝かされたばかりなら、それで蓋が持ち上がるはずだ。


 グイっと両腕に全力をこめる。しかし、蓋はピクリとも動かなかった。すでにくぎ止めされているのに違いない。


 ヤバイ!……慌てて蓋をドンドンとたたいた。誰か気づいてくれ、と願いながら。


 ――ドンドン、ドンドン――


 たたく力は自然と強まっていく。


「タスケテ! 誰かいないのかぁ!」


 ――ドンドン、ドンドン――


 それは突然やって来た。


 ――ギッ……、鈍い音がして暗闇に光の亀裂が生じる。


「……い、生きているのか?」


 亀裂から不安と恐怖の入り混じった声が忍び込み、細い視線が大無を認めた。


「生きてます。助けて!」


 叫ぶのと同時に、安堵で脱力した。


 大無が棺桶から助け出された場所は斎場さいじょうだった。火葬の順番待ちで、今まさにボイラーに運ぶためにやって来た職員が気づいてくれたのだ。


「驚いたな。ちゃんとした死亡診断書もあるのに……。もしかしたら、生き返っちゃった?」


 蓋を取り外した職員が手を差し伸べて大無を起こした。


「そのようです」


「それは良かった」


 彼はカラカラ笑った後、死亡診断書を書いた医師と火葬許可を出した市役所に連絡をいれてくれた。


 そうして現世に復帰した大無だったが、職場で心筋梗塞を起こしたおかげで会社は労災を疑われており、……実際はそうだったのだけれど、……復職は認められなかった。


「……仕方がないですよ。休まずに働いていた有無さんにも非があります。仕事をしながら新しいゲームを作っていたんじゃないかって、クライアントは不信を抱いているのですよ。それを何とか私が納めたのですが……。それにしても生き返ったなんて奇跡だ。それをネタに芸能界にでも進出してみますかぁ」


 派遣会社を訪ねた大無の目の前で、佐藤が大きな腹をゆすって笑った。彼は大無の担当の40代のスタッフだ。


「佐藤さん、笑い事じゃないですよ。一所懸命仕事をして病気になったのにクビだなんて……。もう、絶望です……」


 その時、殺伐とした灰色の風景が脳裏を過った。どこで見たものか、思い出せない。


「いいじゃないですか。有無さんの実力なら、いくらでも仕事はあります。しかし、わが社としても悪い噂が立つのは困るのですよ。仕事熱心であろうとも、それで労災事故を引き起こすようでは、我社が信用を失います。そうして依頼がなくなったら他の派遣さんの仕事がなくなってしまう。……一度だけチャンスをあげます。これが最後ですよ。仕事と健康管理、どちらもしっかりやってください」


「最後のチャンス……」


 大無は佐藤の言葉をかみしめた。何故か背筋が震えた。その言葉はとても恐ろしい言葉に思える。


「あー、もしもし……」


 佐藤がその場で電話をかけて仕事を決めてくれた。民間警備会社の監視システムを開発する仕事だった。


「いいですね。最後のチャンスですよ。健康管理も忘れずに」


 別れ際に彼が言った。


 ――汝に一度だけチャンスを与えよう。期間は3年。その間に、シヴァの過ちを正すのだ――


 脳裏におどろおどろしい声が再生された。


「シヴァの過ち……」僕はシヴァに殺されたんだった。……冥界の記憶が鮮明になった。


「ン、シヴァ?」


 佐藤が目を丸くしている。


「いえ、何でもないです」


 話したところで信じてもらえないだろう。それが稼働しているのは中国とインドだ。まして一度死んで生き返ったなどリアリティーがなさすぎる。……大無は何も告げず、佐藤と別れた。

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