第13話

 大無を審査、分別するヤミーに向かって彼は問いかける。


「僕はなぜ死んだのでしょう?」


 ヤミーが目を丸くした。


「自覚がないのですか?」


「ええ、僕は健康でしたし危険な仕事もスポーツもしていない。病気や事故で死んだとは思えません。貧乏だったけれど、オリジナルゲームは高評価で死にたいと思ってはいなかった。自死する理由はない。……まさか、通り魔に?」


 ――フゥ……、ヤミーが長く息を吐いた。あからさまに失望したというように。


「ヌシは、事務所のパソコンの前で死んでいたのです。心筋梗塞でした」


「心筋梗塞?……ああ、そう言われてみれば……」


 新交通システムを開発するためにパソコンの前に座っていたことを、ぼんやり思い出した。


「でも、死ぬかなぁ……」


 派遣先はブラック企業で深夜残業が常態化していたが、心筋梗塞になるほど疲れていたとは思えなかった。もちろん、ドラッグなんかもやってはいない。


「糖分のとりすぎでしょうか?」


 それが唯一、思いつく原因だった。パソコンの前に座るときは、炭酸飲料とスナック菓子をそばに置くことが多い。


「ヌシは反国家主義者としてシヴァの制裁を受けたのです」


「シヴァ?……反国家主義者?」


 隣の善春に目を向ける。彼女も反国家主義者として投獄され、シヴァの制裁を受けて死んだ。彼女だけではない。冥界に屯している者の中に中国人が多いのは似たような理由だろう。


 システムエンジニアという仕事柄、中国政府が数か月前にシヴァを公式アプリとして導入したことは知っていた。それが人を殺すということも。しかし、大無にとっては他国のこと。関心はなかった。ところがそのシステムに命を奪われたという。


 ヤミーが身を乗り出すようにして、赤い目をぎらつかせた。


「まさか……」


 シヴァの制裁を受けたなどと、理解できるはずがなかった。いつのまにか背を丸め、親指の爪を噛んだ。考え事をする際の悪い癖だ。


「天才エンジニアであるヌシにも、わからないことがあるようですね……」


 ヤミーが瞳に深刻な色を浮かべて腕組みする。


「……悪徳ポイントが10000を超えると、シヴァが命を奪うのです」


 彼女の自信たっぷりな態度に反骨心が頭をもたげた。


「僕は日本人です。職場も日本で中国に旅行したことさえない。どうしてシヴァの制裁を受けるのです?……それに、反国家主義?……日本人の僕が否定したのは、日本国ですか? 中国ですか?」


 死ぬことに納得していなかった。だからといって、死んでも構わないと思ってもいた。つまらない現世に未練はない。


 ところが、死んだ理由を聞くと、納得いかない気持ちがどうしようもないほど強まった。これでは死んでも死にきれないというものだ!


「その抗議は受け付けられない。ヌシを殺したのはシヴァ、いわば人間の業。我らの関知するものではない。ここでヌシの死の理由は問題ではない。ここで問われるのはヌシの生きざまのみ。……死因について納得いかないというのなら、中国政府に問いただすのが筋というもの」


 ヤミーが事務的に応じた。


「そんな、無茶な……」


「これを御覧なさい」


 ヤミーが、タブレットの画面を見せた。


 その動画には大無に似た、しかし、まったく赤の他人、見知らぬ男性が映っていた。彼は大学らしき場所でビラを配っていた。


 手元が拡大される。ビラは個人の自由を求めるものだった。


「国家統制に反する行為です」


 ヤミーがわざわざ説明した。


「え、ええ。そのくらいは、わかります」


「これで100ポイントが付きました。国家統制に反する行為は重大犯罪とされています」


「中国ではそうなのですね」


「はて?」


 ヤミーが首をかしげ、動画の人物の顔と大無の顔を見比べた。


「ヌシは人相を変える成形手術を受けたのですか?」


「いいえ、生まれつきこの顔です。そこに映っているのは……」大無は彼女のタブレットを指した。「……少し似ているけれど、僕ではありません」


「ムムム……」ヤミーの顔が曇った。


「閻魔大王は、そういったものを根拠に人の命を奪うのですか?」


「まさか……」ヤミーは大きくゆっくりと首を振った。「……ヌシの命を奪ったのはシヴァです。閻魔大王様ではない」


 彼女は更に顔を曇らせ、背後の壇の上に座る閻魔大王を振り返った。


「かつては閻魔大王様の瞳のみが死者の罪を映しました……」姿勢を正し、ヤミーが語る。「……しかし今は、70億のヌシら人間の目が、お互いの罪を覗きあっている。こうして映像が登校されれば、データは顔認証システムで紐付けされ、シヴァが人間の罪をポイントに変換する。そして10000ポイントを超えた悪人を冥界に送り込む。そのおかげで、冥界は繁盛、……いや混雑して、この通り人手不足で行列が伸びるばかり」


 カウンターに並んだ死人の魂を見回し、ヤミーが深いため息をついた。


「すると、その顔認証システムが僕を別の誰かと間違って、シヴァが僕を殺したのですね」


 思わず皮肉っぽい口調になった。


所詮しょせん人間のすること。誤りもあるでしょう。過去は変えられない。しかし、未来は変えられる。シヴァの誤りは、これから人間自身が正さなければならないのです」


 彼女は大無の死を既成事実とし、身代りに殺されたことをさらりと流した。

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