第12話
「この面接でヌシの未来が変わるのです。集中してください」
ヤミーが警告するのを大無は素直に聞いた。その時は、現世は運のない人生だったから、来世ぐらいは良いものにしたいと思った。
「……有無大無さん、21歳、男性。住所は日本国東京都A市B町、職業は派遣社員……」
ヤミーが個人情報を読みあげる。彼女がどうやってそれを手に入れているのかわからないけれど、そのパッとしない経歴に大無の気持ちは落ち込むばかりだった。
すべての原因は両親にある。……大無は耳をふさぎたかった。実際「もういい」と告げた。しかしヤミーは「手続きだ」と言って彼の過去を
大無の父親は小さな不動産会社で働くサラリーマンで、母親は介護施設で働くパート従業員だった。そんな2人のもとに大無は生まれた。経済的に豊かではなかったが、たった1人の子供として何不自由なく育てられた。
彼の生活は両親の空飛ぶ自動車の墜落事故死で一変した。高校3年の夏休み中のことだった。事故の原因は父親にあるというのが警察の判断で、メーカーや保険会社からの補償はなかった。これといった遺産はなく、いや空飛ぶ自動車のローンと大無の絶望が残った。
行政の配慮で高校は卒業できたものの、大学進学はあきらめた。それからは派遣社員として情報システム会社を短期間で転々とした。ソフトウエアの性能より、利益や取引の長期化を優先する経営者や社員と、ことごとく対立するのが原因だった。彼らから見れば大無は世間知らずの若造で、そんな青年に意見されるのが面白くなかったのだろう。
過去を掘り返されるのは辛いことだった。転々とした企業名やその時の上司の名を聞くだけで気が狂いそうになる。大無は分別カウンターに居並ぶ沢山のヤミーを観察することで、崩壊しそうな自我を保った。……彼女たちは姿形が似ているだけなのだろうか? それとも、見た目と同じ思考を持った存在なのだろうか? あるいは、本体がどこかにあって、目の前の姿は虚像なのだろうか?
「……読み上げた個人情報に間違いはありませんか?」
「え、あぁ、……ハイ」
ヤミーのことを考えながらぼんやり聞いていたので、彼女の話が正確かどうかわからなかった。しかし、多少違ったところで大差ないだろう。それよりも、気になることがあった。
「では、次に……」
「あのう、一つ訊いてもいいでしょうか?」
手を挙げた。
「何なりと」
「あなたは、何番目のヤミーなのですか?」
尋ねずにはいられなかった。もし、見た目が似ているだけで異なる思考の持ち主なら、地獄に送られるのか、天国へ送られるのか、どのヤミーに当たったかによって変わってくる可能性がある。
「審査中なのに、そんなことが気になりますか?」
「ハイ……」
自分の考えを表明しようとしたとき、「私も!」と声がした。隣の席の善春が大無を見ていた。
「私もそれを案じていたのよ。審査するヤミーによって、判断が違ったらって……。今度は正しく裁かれたいわ」
「正しく? 聞き捨てならない言葉ですね。我らは常に正しいのです」
彼女を担当するヤミーの声が毛羽立っていた。
「どうしてボクが死んだと思うの? 女性は女性らしくあれ、そうできないのは反国家的存在だという理由で投獄されたのよ」
「なるほど、そうです……」
彼女の担当のヤミーがタブレットを確認しながら硬い口調で同意し、言葉を続ける。
「……投獄されたあなたはシヴァによって……」
――コホン――。それは大無を担当するヤミーの咳払いだった。大無は善春の死因を聞きのがした。
「繰り返します。この面接でヌシの未来が変わるのですよ。自分のことに集中してください」
目の前のヤミーが自分に注目しろと警告した。
「すみません……」
謝罪しながらも、隣の声に耳を傾ける。善春が投獄された上にシヴァの悪徳ポイントで死んだのは理不尽だと抗議し、それに対してヤミーが高圧的に対していた。2人激しく言い争っていて、内容を聞き取るのは難しかった。目の前のヤミーの声も聞かなければならない。
「しかし、何番目と言われても困りましたね。我らには形になった順番はありますが、個体としての我らに順番といった概念は存在しません。皆が平等に同一の能力と資格と性格を有しているのです。人間の世界で言うところの人権、……それと似たようなものです。我らはみな平等、公平にヌシらに対しています。どのカウンターに座ったのかなど、心配無用です」
「そうでしょうか?……隣のヤミーより、あなたは優しいと思います。全てが均質、同一のようで、個性があるのではないでしょうか?」
相手を持ち上げれば、皮肉も嫌味も、人間関係の潤滑油だ。まぁー、相手は人間ではないが。……大無は目の前のヤミーと善春のヤミーを注意深く比較観察し続ける。
「それは、それは、ありがとう。でもね……」目の前のヤミーの口調が柔らかくなっていた。「……誰しも、時と場所、相手によって顔を使い分けるものです。TPOというものですよ。一つの状態を見て聞いて、それが全てと考えてはいけないのです。違いますか?」
「確かに、その通りですね」
そんなことは、小説やマンガにだって書かれている。今更教えられることではなかった。しかし、大無は素直さを装ってうなずいた。
「話をヌシの分別に戻します」
ヤミーの瞳が大無の魂の内側を覗きこんだ。
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