第11話

「静かになさい!」


 ヤミーが高い声で一括すると、冥界に集められた人々の声は消えた。いつの間にか首に巻き付いていたヤミーの髪の感触も消えていた。


 体内に溶け込んだようだ。……大無は寄生虫を想像して震えた。


「あれをご覧なさい」


 ヤミーが指す方角に目をやると、それまで見えなかったものが見えてくる。灰色の大地は、白、黒、緑の三色の袋で埋め尽くされていた。袋のサイズは縦横高さともに1メートル。


 袋はベルトコンベアに乗せられて、遥か遠くの地平線に向かって整然と流れている。途中で三色の袋は色別に分かれ、白い袋は空へ、緑色の袋は地平の彼方へ、黒い袋は地の底に向かっていた。


「ここは冥界。死者が分別される場所です」


「分別って……、私たちはゴミ?」


 善春が抗議するような声を発した。


「ゴミではない! 資源です……」


 ヤミーが強く否定し、移動する黒色の袋に目をやった。


「……あの袋は鬼の袋。ヌシらの住んでいた世界では、フレコンバッグと呼ばれている物です。魂、肉体、記憶、怒り、哀しみ、喜び、罪、功績……、中には死者の全てが入っている。白い袋には成熟した美しい魂の持ち主が……。それは天上界の神の下に出荷……、モトイ、送り届けられます。……緑の袋には未熟な魂の持ち主。それは再度、地上に送られ、修行し、魂が成熟する時を待つのです。……黒い袋には腐った魂の持ち主。それは地獄に送られて……」


 ヤミーがオヨヨと大袈裟おおげさに泣き真似をして見せる。


 人々は、その先を想像できた。地獄がどういったものか、あらゆる地域、民族には生き返った者によって言い伝えられている。とはいえ、それをどれほどのものが信じているだろうか?


 今、冥界にいる者たちは、その地獄に直面している。ヤミーの話に耳を傾けずにいられない。


「……地獄に送られた魂は、針の山で穴をあけ、血の池に浸して清めた後、業火ごうかによって焼却処分されるのです。……冥界に来た人々は、大地を埋め尽くしたフレコンバッグに恐れおののき、みんな思考停止におちいる。見なかったことにする人間もいるし、白や緑のバッグのみに目を止めて、未来は明るいと言う者もいる。……いずれにしても、正面から受け止める者はほとんどいない。……さて、ヌシらはどっちかな?」


 ヤミーが首を伸ばし、瞳をぎらつかせて群衆を睥睨へいげいした。


 人々はヤミーから視線をそらし、ベルトコンベアを流れる三色のフレコンバッグに注目する。自分は何色の袋に入れられるのだろうか?……改めて不安と恐怖におののく。死の意味を考える者はいない。


 大無の視線だけは、袋ではなくベルトコンベアに向いていた。それが機械ではなく、小さな餓鬼の集合体で、彼らがせっせと袋を運んでいるのだと気づいて感動していた。


「これからヌシらの分別を行います。あちらをご覧なさい」


 ヤミーの声にハッとする。その指したところは小山のような壇が築かれていて、最上段には象のような巨体の男が座っていた。その髪はメラメラと燃え上がる炎のように赤く、金色の冠をいただいている。顔は闇のように黒く、輝く瞳は黄金色の太陽のようだが、左右で様相が違う。


 左目は朝日で、右目は夕日かな?……大無は考えた。


 大地から大男の正面まで、長い石段が伸びている。その上り口の左右から壇を囲むように長大なカウンターがあった。そこに受付嬢のように座るヤミーの顔が沢山並んでいる。まるで、金太郎飴を並べたようだ。


「あの方が閻魔大王様。有名人なので、ヌシらも知っておろう。あの足元のカウンターでヌシらの審査を行い、白、緑、黒に分別する。そうしているうちに、ヌシらの肉体も現世から届く」


 ヤミーが両手を合わせ、閻魔大王を拝む仕草をした。


「全てがそろったら、袋詰めです。さあ、分別カウンターにお並びなさい。我と我が分身が閻魔大王様の耳目となって、ヌシらの生きざまを確認しよう」


 声と共に、目の前にいたヤミーの姿が幻のように消える。


 人々は首を振ってヤミーの姿を探したが、直ぐに無駄だと理解した。そうして分別カウンターに座るヤミーに目をむけた。


 それから顔に不安を浮かべ、黙したまま連なって万里の長城のような分別カウンターに向かった。大無もその長い列に連なってすすんだ。


 数千数万の人々が分別カウンターの周囲にたむろして自分の順番を待つ。大無は暇を持て余し、101、102,103と、分別カウンターに並ぶヤミーの数を数えた。


 遠くで呼ぶ声がする。


「王ゼンシュンさん!」


 140番目ぐらいのヤミーが手を上げて呼んでいた。


 あの小柄な女性が、トトトと小走りで駆けて行った。


「有無大無さん!」


 その声は王善春を呼んだ隣のヤミーのものだった。


 大無は手を挙げて意思を示してから彼女のもとに向かう。


 どんな話があるのだろう? 何を話せばいいのだろう?……ヤミーのもとまで雲の上を歩くような感覚で移動した。


 分別カウンターもその前の椅子も黒い石でできていた。その椅子に座ると気持ちが引き締まり、病院の受付にいるような感覚に陥った。


 わずかに隣のヤミーの声が耳に届いた。


「王善春さん。22歳、女性……」


 そこで言葉が途切れた。


 思わず隣に目を向けた。隣のヤミーは不思議そうに善春の顔を見つめていた。


「私、女です」


 善春がワイシャツのボタンをはずし、胸元を開けて見せた。レースをあしらったブラが見えた。


 ――コホン――


 大無は咳払いに気づいて正面を向く。どこから取り出したのか、ヤミーがタブレットを手に彼をみつめていた。


「この面接でヌシの未来が変わるのです。集中してください」


 彼女が警告する。


 大無はうなずき返した。

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