第7話

「お姉ちゃん、助けて」


 夕食後、沙也加に向かって未悠が両手をあわせた。


「うーん。……写真を投稿しそうな人に下手に頼んだら、逆に恐喝されたとか言い出しかねないわよね……」


 沙也加は首をひねった。拝まれたところで仏様でも神様でもない。妹を助ける良いすべが浮かぶはずもなかった。


「うん。それにお姉ちゃんと違って友達が沢山いるのよ。全員に頼み込むのは無理!……それにしてもひどいわ。友達を売るなんて……」


 彼女が憎らしい答え方をした。


「もう……」姉を売ったのは誰だ!……思わずムッとする。


「それなら、やられる殺される前にやる《殺す》? お姉ちゃんも写真を撮るの手伝って」


 未悠の瞳が光った。


 殺し合いゲームが始まったんだ。……大無の声が脳裏を過る。人生はゲームじゃない。……自分の中で別の誰かが声をあげた。


「やめなさいよ。そんな程度の低いこと。品格が疑われるわ」


「生きるか死ぬかなのよ。品位だの品格がどうのと言っていられないわ」


 彼女が怒りをあらわにする。その矛先は沙也加に向いていた。そんなだから友達に売られるのだ!


 未悠のスマホの着信が鳴る。【明日、デートしないか】メッセージがあった。


「誰から?」


「元彼……」


 それまでの未悠の勢いが溶けて消える。彼女の気持ちが手に取るようにわかった。


「断ったら?」


「騙されたとか、言い出しかねない奴よ」


「断れないと思って言ってきたのね。……ちょっと待って。その人に未悠のポイントの状況がわかるの?」


「シヴァで視ればわかるわ。こうやって……」


 彼女は検索のタグを開き、沙也加の氏名と住所を入力した。氏名は必須で、他に生年月日や住所、出生地、マイナンバーなどを入れる項目があった。項目を増やすほど調べたい相手を特定できる仕組みだ。


 表示が切り替わり沙也加のプロフィールが表示された。悪徳ポイントは12。沙也加はホッと胸をなでおろした。


「これって、スマホを持たない人は影響を受けないのよね?」


「どうかなぁ?」


 未悠が検索ページに戻り、【水卜岩丈】と入力した。父親の岩丈はスマホを持たない。以前は携帯電話を利用していたのだけれど、数年前、そのサービスが打ち切られるのにあわせて携帯端末を持つのをやめた。父親が言うには、電波に縛られるのは身体に埋め込まれたチップで十分だ、ということだった。


 未悠のスマホの画面が変わる。岩丈のプロフィールと顔写真が表示された。マイナンバーチップに登録されているものだ。


「日本人はすべからくシヴァから逃げられないということね」


「お姉ちゃん、これ!」


 未悠が示したのは岩丈の悪徳ポイントだった。それが500ポイントを超えていた。


「未悠、まさか……」


 彼女の顔に目をやる。姉ばかりか父親まで餌食えじきにしようとしていたのかしら?


「私じゃないわよ」


 未悠がプルプルと首を振って告発記録のボタンを押した。


 表示された写真のほとんどは、岩丈が高校の体育館で生徒相手に講演をする姿だった。


【この坊さん、嘘つきデース】【努力したって報われないって】【私たちに明るい未来なんてありません。嘘はやめてください】【仏さんなんているはずないじゃん】【大人は無責任だね】


 写真にはそんなコメントがついていた。


「なるほどねぇ。正論や希望は、取りようによっては嘘だということね」


 覚めた高校生の意見とストレートな行動に胸をえぐられる。彼らにすればシヴァに告発するのはゲームに過ぎないのだろう。その結果、何が起きるのか。……胸の内を絶望の風が吹いた。


「毎週のように高校や中学で公演しているでしょ。こんなことじゃ、お父さん、すぐに死んじゃうわ……」


 自分の悪徳ポイントと父親のそれが重なって見えるのだろう。未悠の目尻に再び涙がにじむ。


「……お姉ちゃん、官僚なんでしょ。シヴァ、何とかしてよ」


「無理を言わないでよ。政府だって……」


 政府は、ただ見守っているだけだ。中国政府がどうやってシヴァを導入し、上手くコントロールしたのかさえわかっていない。おそらくシヴァではなく、国民の方をコントロールしたのだろう、というのが沙也加の推理だった。


「……まだ、シヴァがどんな仕組みで命を奪うのか、まだわかっていないのよ。ただの偶然だという人がいるくらいなんだもの」


 未悠の手を取る。熱い手だった。その左手首にマイナンバーチップが埋まっている。それを取ってしまえば助けられるに違いない。……チップが埋め込まれた場所を見つめて考えた。それを取りだすには裁判所の許可がいる。


「私、死にたくない。まだやりたいことがたくさんある」


「私に任せて。何とかする」


 そう言って励まして見たものの、沙也加には何をどうしたらいいのか、皆目見当がつかなかった。

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