第2話



「きゅうじゅうはち、九十九……ひゃく!」


 柱にオデコをくっつけて、僕は百を数え終えた。

 久しぶりだから、この後はどうしたものか? 

 ああ、そうだった。


「もういいかーい?」

「ええ、もうよろしいですよ」


 まさか返事があるとは思わなかった。

 振り返れば、そこには燕尾服えんびふくを着た眼鏡の青年が立っていた。


「ワタクシは貴方の護衛ごえいけん案内役。何か判らないことがあれば、何なりとお尋ね下さい。答えられる範囲のことなら、お教えします」

「よかった。この広いお城のどこを探せばよいか、途方に暮れる所だったよ」

「ええ、この魔王城は真に広大です。図書館、礼拝堂、地下牢、闘技場、舞踏会場、厨房ちゅうぼう、庭園、地下迷宮と枚挙まいきょにいとまがありません」

「そ、そんなに広いの」

「そこには貴方を一口で飲み込むような魔物も隠れ潜んでいますが、私と一緒なら安全です。魔王陛下に見込まれるとは気の毒ではありますが、協力してこの試練を乗り越えようではありませんか」

「う、うん。僕、頑張るよ」

「その意気です。制限時間は十時間。丁度深夜十二時のかねが鳴った時、かくれんぼは終了となります。全員をみつけられなかったら貴方の負け。良いですね? この砂時計が残り時間を知らせてくれるでしょう」


 案内人のてのひらに砂時計が浮かび、緑色の砂がサラサラと落ち始めたじゃないの。

 すっげー、浮いてるよ。魔法って本当にあるんだ。


「さて、それでは 最初にどこから ご案内しましょうか?」

「そうですね。かくれんぼで子どもが隠れる所といえば、やっぱり信頼している大人の部屋だったりすると思うんですよ。僕なら、きっとそうするし。探しに来た鬼を追い返してくれると思うんだよね」

「ほうほう、悪くない考えですね。あの兄妹たちがしたっている大人といえば……ふむ。かしこまりました。ご案内しましょう」






 眼鏡の青年に案内されたのは、高い塔の最上階。

 螺旋らせん階段の先には粗末そまつな木の扉が僕達を待ち構えていたんだ。


「こちらは乳母うばメトシェラ様の自室。お優しい方ゆえに、必ずやミハト様の力になってくれるでしょう。もっとも兄妹がここに居るかは少々疑問ですが。私はここで待っていますので、どうぞ中へ」

「はーい」


 あれ? 僕この人に名前を教えたっけ?


 まぁ、謁見えっけんの間で大勢の人を前に名乗ったからな。

 案内人さんもあの場に居たのだろう。


 ノックをして中に入ると、質素しっそながら温かみのある部屋がそこにはあった。

 揺りイスで編み物をしているのは、白髪の老婆だ


「おやまぁ、素敵なお客様ですこと。こんな老人に何用ですか?」

「お邪魔します。実はですね……」


 僕の説明を聞くと、乳母はクスクス笑いながらこう答えた。


「またエッジワース坊ちゃまのお遊びが過ぎたようね。坊ちゃまの子ども達はもちろんのこと、他ならぬ陛下のオシメだって私が変えたんですよ。あの子たちのことは何でも知っていますとも」

「ここに隠れていませんか?」

「残念ながら。我の強い兄妹たちですもの。私を頼ったりはしません」


 残念、外れのようだ。

 せめてどこを探せばよいか、心当たりくらいは教えてもらえないだろうか?

 僕がヒントをせがむと、乳母は自分の手で肩を揉みながら、横目でこちらをチラリと見つめてきた。そして、こう言ったではないか。


「あー、肩がこるねぇ。この歳になると編み物も大変で」

「えーと、良かったら揉みましょうか」


 なんで、かくれんぼの最中にこんな事を。そう思わなくもなかったが、この人ってどことなくウチの祖母ちゃんにソックリで放っておけないんだよな。少しぐらいは孝行しようか。僕はせっせとお婆ちゃんの肩を揉んだ。


「うーん、気持ち良いよ。なかなかに上手いじゃないの」

「お爺ちゃんの家に行った時、よくやっていますから」

「関心ですこと。それじゃメトシェラ婆さんからお小遣こづかいをあげようかね」


 乳母は戸棚を開き、犬のマスクと古びた帽子を出してきた


「このマスクは魔法の品。鉱山の妖精コボルトの力がこもっているわ。身につければ犬のように嗅覚きゅうかくが鋭くなるでしょう」

「すごい! じゃあ、こっちの帽子は?」

「それはただの古びた帽子。エッジワース坊ちゃまのお古よ。貴方に似合いそう」

「そ、そうですか。どうも」

「困ったら、また来なさい。幸運を祈っているわ」


 ミハトは『犬のマスク』を手に入れた……って感じかな?


 ゲームだと話を進めるには色んな道具が必要だったりするんだよね。

 これが問題の解決につながれば良いのだけど。


 乳母の部屋を出ると、案内人が待ち構えていた。


「おや素敵な帽子ですね。それにその付け鼻は? 仮面舞踏会ぶとうかいに参加予定でも?」

「これで匂いを追跡できるそうなんです。でも匂いって言っても……」

「そういえば、長女は香水が大好きでしたね」


 そうか! 案内人さん、ありがとう!

 長女はイオさん。あの愛想がよかった女性だ。

 そういえば彼女から良い香りがしていたっけ。



 思い切って犬のマスクをつけてみると、それまで感じ取れなかった様々な匂いが僕の鼻に流れ込んできた。わかる! 全部わかるぞ! 飾ってある花の香りも、トイレの悪臭も、蝋燭ろうそくが燃える匂いまでも。世界は様々な匂いで満たされていたんだ。

 わかりすぎて、逆に頭が混乱しそうだよ、まったく。

 集中すべきはイオさんがつけていた香水。

 あれはジャスミンの香りだったと思うんだよね。


 警察犬のようにクンクン鼻をかぎながら僕はドンドン進んでいく。

 僕の追跡は、フクロウの紋章で彩られた扉を開くことで終わった。

 匂うぞ、彼女は間違いなく ここに居る。


「知識の宝物庫、図書館ですね。古文書、魔導書から絵本まで、なんでもござれ」


 案内人さんの言う通り、そこは一面の本棚だ。


 僕の背丈せたけより高い本棚が壁一面に並んでいるじゃないの。吹き抜けの空間をこえて、踊り場から二階まで、あらゆる空間がいにしえの書物で満たされていた。


 本好きの僕にとってはとても興味深い場所だが、今はそれ所じゃない。

 ジャスミンの香りは転々と足跡にこびりつき、図書館の奥へと続いていた。

 どうやら児童文学のコーナーから ひと際強い匂いが漂っているようだ。

 うん、ジャスミンの香りはこの本から匂っている。


『不思議の国のアリス』


 妙だな? なぜ、この本から匂いがする?

 パラパラとページをめくっていくと、やがてその理由が明らかになった。

 マッドティーパーティの挿絵さしえを見れば、お茶会の参加者にしれっとイオが混じっているではないか。これが魔王の言っていた魔法なのだろう。


 彼女は本の挿絵に隠れていたのだ。

 僕は深く息を吸い込むと、彼女を指さし叫んだ。


「イオ、みーつけた」


 相手の姿をしかと見つめながら、みつけた事を宣言せんげんする。

 それが「かくれんぼ」の勝利条件。あてずっぽうは厳禁だ。


 本から一筋の光が飛び出したかと思えば、それは空中で一回転して床へ降り立ち、派手な装飾そうしょくと衣服に身を包んだ少女へと変わった。

 その耳は妖精エルフのように長い。

 彼女は肩をすくめながらペロリと舌を出してみせた。


「アッチャチャ~、みつかっちゃったか。またパパに怒られちゃうなぁ。アタシだけ怒られるのなんて嫌だから、こうなったら全員みつけてよね」


 よし! 見事に一人みつけたぞ。

 でも、他の人はどこにいるんだろう?

 他の子の匂いなんてもう覚えてないぞ。


「カルポの奴は台所じゃないの? アイツいつも食い意地はってるから」


 困っているとイオちゃんが有力情報を教えてくれた。サンキュー!

 およそ一時間が経過。残りは九時間だ。


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