夏休みの思い出は、魔王城 の かくれんぼ

一矢射的

第1話



 夏休みの宿題。

 それは小学生の天敵。

 この『あってはならない』もの!


 計算ドリルなんかはまだ楽勝なんだけどねぇ。

 問題は、日記帳だの、作文だの。

 頭を使って長文を書かなければいけないヤカラだ。


 特に社会の先生が出した課題ときたら。

 平和について 君が思う事を原稿用紙二枚程度にまとめようだって!?


 簡単に言ってくれるぜ。

 こちとら、ごく一般的な小学五年生なんだぞ。

 悪の組織と戦う正義の変身ヒーローでは断じてない。

 先生、何か勘違いしているんじゃないかな?


 平和、平和ねぇ。

 そういうのってさ、国とか、政治家が決める事なんじゃないの?

 よく知らないけど。

 そんなのさ、たぶん大人だってどうしようもないじゃん。

 先生は何を思って単なる小学生にこんな課題を出したのか、理解不能だ。


 最近は質問すれば何でも答えてくれる人工知能があるそうだけど。

 それに相談して模範的もはんてきな答えを書いてもらおうかな?


 いや、でも普段の僕とかけ離れた内容になるからバレバレだろうな。


 いったい どうしたものか。

 今日は昼過ぎから勉強机に向かっているのに、一行たりとも作文が進んでいない。ここは諦めて少し早いオヤツにしよう。そうだ、それがいい。


 脳が糖分とうぶんを補給すれば何か良い考えが浮かぶかもしれないし。

 台所に行って冷蔵庫を開けてみれば、今日はシュークリームだ。ラッキー!


 口にくわえて自室に戻ると、吹きすさぶ風が僕の前髪を揺らす。

 あれれ? クーラーの送風にしては強すぎない?

 首を傾げた僕の目に映ったのは、フローリングの床に光り輝く魔法陣。


 渦巻く風は冷房じゃなくて、魔法陣まほうじんへと吸い込まれる空気のすさまじい流れだった。あたかも お風呂の水が栓を抜かれた排水口へと流れ込んでいくかのように。


「な、なにこれ!?」


 言うが早いか、部屋は目もくらむ閃光せんこうに包まれた。

 僕は足元の床が抜けて、空中へ投げ出される感覚を味わっていた。

 まるで、遊園地のフリーフォールだ。


 やがて僕はドスンと尻もちをつき、まったく見知らぬ場所で座り込んでいた。


 冷たい床は鏡のようにみがかれた鉱物こうぶつ敷石しきいし

 立ち並ぶ大理石の柱はギリシャの神殿を思わせる風格ふうかくがあった。


 目の前にはとても豪華ごうか玉座ぎょくざと、それを守る兵士たちが居た。

 そして、その玉座に腰かけている人は……?


「ようこそ、魔王城へ。地球の名も知らぬ少年よ」


 驚きのあまり、僕の口からポロリとシュークリームが落ちた。

 話しかけてきた相手は、ゲームに出てきそうな魔王そのものだ。青白い肌、紫色の鎧と真紅のマント、長い黒髪、そして蝶みたいな仮面で目元を覆っていた。頭に角まで生えているのだからニセモノではないだろう、多分。エライ人が演説中によくやるように、魔王は前のめりになっておおげさなジェスチャーをまじえながら自己紹介を始めた。


「我が名は魔王エッジワース。この世界をべる七魔王の一人なり」

「!?」

「驚いて声も出ないか。無理もない、急に異世界へ召喚しょうかんされたのだからな。だが、怖がる必要はミジンもないんだ。なにも君をとって食おうというワケではない。ただちょっとワシの可愛い子ども達と遊んでやって欲しいだけだ」

「子ども? 魔王の?」

「ワシはリハツそうな子どもが大好きでな。異世界から子どもを召喚しては養子に迎えているのだよ」

「じゃ、じゃあ僕も!? そんな困ります。僕には育ててくれたパパとママが」

「なぁーに、まだ君を養子にすると決めたわけではない。いま必要なのは競争相手。遊びとはいっても、その結果によっては、ワシの後継者が誰になるか決まったり、君が何事もなく地球に帰れるかどうかが決まったりするかもしれんが。別にどうなろうと、かくべつ君が気に病むほどの事ではないんだよ。なんせ、まだ君は判断力・決定力にかけた子どもなのだからね、ガハハ」


 なんか、滅茶苦茶メチャクチャなコト言われてる気がするんだけど!

 これって、もしかして、流行の異世界転移って奴?

 ライトノベルでよくある? 

 異世界に突然呼び出されて「ひと夏の大冒険」しちゃう奴ですか!?

 で、でも、まずは確認しておかないと。


「ど、どうして僕が呼ばれたんですか? 僕は極めて平凡なタダの小学生ですよ~」

「平凡だから良いのだ。平均的な地球人の少年が有事にどう動き、物事を判断するのか知りたい。我が魔王城は徹底した能力主義でな。勝負に勝てる優秀な頭脳の持ち主は、子どもだろうと丁重に扱うし、愚かな礼儀知らずとみなせば、それなりの『もてなし』で報いよう。今後、地球人の扱いがどうなるかは君の活躍や失敗によって決まるだろう。くれぐれもワシを落胆させないことだ」


 それって……僕が地球代表ってこと!?

 よくわからないけど、僕はこれからの言動を注意深く選ばないとマズイようだ。

 それと、魔王の後継者がこれからする遊びで決まるかもしれないって?

 遊びというには、なんとも大ごとじゃないか。


「その、遊びというのは何をするんですか~」

「我々の世界と地球で共通のゲームがよかろう。『かくれんぼ』なんてどうかな?」

「あっ、それなら得意です。負けませんよ」

「ふっ、それは頼もしい。では来たれ、我が息子、娘たちよ」


 魔王がパチリと指を鳴らせば、五人の男女がズラリと玉座の前に並んだ。

 ある者は柱の影からユラリと現れ、またある者は瞬間移動でもしたみたいに虚空から突然すがたをあらわした。大扉が開き、鎧兜をガチャガチャしながら入ってきた者も居れば、僕にウインクをしながら手を振ってくる愛想の良い女性もいた。

 兄妹の年齢に多少の差はあれど、だいたいは僕と同じくらいの子どもばかりだ。

 魔王は驚く僕の顔を見てニヤリと笑った。


「この五人が君の相手となる。いずれもワシ自慢の子であり、やがて玉座を継ぐべき存在なのだ。だが、どの子も皆おなじくらいに可愛いだろう? ワシでは後継者を誰にするか、どうしても決められん。それ故に こうしてゲストを招いてはゲームで成績をつけているのだよ。これは試験なのだ、君にとっても、彼らにとっても。さぁ、挑戦者に名乗るがよい、我が子らよ」


「長男ダイモスです。正々堂々と競い合いましょう」

「長女イオちゃんだよ~。仲良くしてね」

「次男のカルポだい。そんな事より、そのお菓子ウマそうだね」

「次女のイソノエと申します。以後、お見知りおきを」

「三男のレダ。無駄だと思うが、せいぜい頑張るんだな。それでお前の名は?」


「いずみ、和泉ミハト」



 何だか、なし崩しに勝負が始まってしまいそうな感じだけど。

 どうしても、その前に約束してもらわないと。

 僕は覚悟を決めて魔王エッジワースに尋ねた。


「ぼ、僕が勝ったら、ちゃんと元の世界に戻してくれますか?」

「ワシとしては君も我が子に迎えたいがねぇ。ミハト君が強く望むなら、そうしようではないか」

「よ、よし、約束ですからね」

「大した度胸だ。称賛しょうさんに価するよ。だが、魔王の子ども達はみな魔術に長けておる。そう簡単にはいかんぞぉ」

「えー? 魔術って魔法? かくれんぼに魔法を使うんですか」

「我々の世界だとルールで認められておるわ! だが、それだと君が不利すぎるからな。君には鬼をやらせてあげよう。ワシの子らが隠れ、全員を見つけられたら君の勝ちだ。まだ何か質問はあるかね?」

「えーと……?」

「なければ隣の部屋に行って百秒を数えるんだ。早速勝負開始といこう」


 こうして、僕の前代未聞ぜんだいみもんかつ刺激的な夏の思い出が始まった。

 始まってしまった。


 夏休みの日記に書いたところで、誰も信じちゃくれないだろうけれど。

 くそっ、僕のシュークリームが床に落ちてしまったぞ。

 人のオヤツタイムを邪魔して、タダじゃおかないんだから!



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