1次審査

車から降ろされ目隠しを取られた俺の目に最初に映ったのは燦々と照りつける太陽に照らされた今にも崩れそうな古びた校舎だった。


「ここは........学校か?」

俺は辺りを見回す。遊具の多さからもおそらくここは小学校だ。

それもかなり前に使われなくなった廃校だろう。

グラウンドは雑草、落ち葉、倒れた木々が散乱していた。

多くの遊具が錆び、壊れかけている。

そしてこの廃校は昼間だというのに真っ暗で奥の見えない薄気味悪い森に囲まれていた。ここに通う小学生は毎日、怯えながら登下校していたに違いない。高校生の俺が見ても不気味に感じる森なのだ。

また森のせいで学校の様子を外から見る事はできない。誘拐にはもってこいの場所だろう。

綾小路が政府に雇われた人間ならばこの廃校を買い取り利用している可能性が高く、綾小路が買い取った土地でないにしても、わざわざこのような不気味な場所に足を運ぶ物好きな人間がいるとも思えない。

助けが来る可能性は0に等しかった。


やはり隠し持っていたスマホは奪われている。

電話で助けを呼ぶ事もできはしない。


だが、どうにかして逃げ出すしかない。綾小路の言葉を聞く限り死ぬ可能性もある危険な審査だ。どうにかして逃げ出さないとな。


しばらくして、グラウンドに次々と黒や白の車が到着した。

同じグループの人たちだろう。

俺は車の中の人影をじっと見つめた。

降りてきたのはだった。


「道がガタガタで乗り心地悪すぎ。髪、ボサボサになっちゃったじゃない」

その人は黒服に挟まれ俺がいるグラウンドの真ん中へ歩いて来た。


俺は初め驚きのあまり声が出なかった。

「あなたも私と同じグループ?よろしくね」


俺に向かって手を差し出すと握手を求めてきた。

俺はその手を両手で握り返した。


「よ、よろしくお願いします!」

俺に手を差し出したのは桜井さくらい杏子あんずだったのだ。

桜井杏子は今の朝ドラの主演を務める女優だ。

やはり彼女もエリート育成計画に参加させられていたのか........


俺が桜井と握手をしていると車からぞくぞくと参加者が降りてきた。綾小路が言った通り、合計で9人だ。

9人それぞれに3人ずつ黒服が張り付いている。

逃げられないようにするためだろう。


そして最後に車から降りてきた人物を見て俺は思わず叫んでしまう。

嬉しくて涙が出そうになったがなんとかそれを堪えた。

一志かずし!!」


「おう!」

一志は俺に手を振った。

正直、一志の姿が見えるまでは不安で仕方がなかったのだ。

だが一志の姿が見えた瞬間、その気持ちがスゥーっとひいていくのを感じた。本当に嬉しかった。


そしてグラウンドに9人の参加者が集まった。

俺と一志、桜井の他に男子が4人、女子が2人だ。


俺たち9人を取り囲むように黒服が仁王立ちしていた。

だが黒服は俺たちに何も命令しない。

黒服も誰かからの指示を待っているのだろうか。

その時だった。どこかから声が聞こえたのだ。

声のする方を見てみると俺たちの方へと駆け寄ってくるスーツ姿の女がいた。

女のスーツは明らかにサイズが合っておらず襟が大きくはだけていた。

白いワイシャツからのぞく谷間に俺を含め6人の男子の視線が注がれていた。

「お待たせしました。私があなたたちの監督者の青城せいじょう有彩ありさです」

青城と名乗る女は笑顔で名前の通りの青色の髪を揺らし頭を下げた。

年は25~30ほどだろう。長いまつ毛に縁どられたぱっちりした目、薄い唇、筋の通った綺麗な鼻、桜井と比べても見劣りしないほどの美人だった。


「それでは全員揃っているようなので手短にルール説明をしますね」

そう言って青城はタブレットを取り出した。


青城の視線は完全にタブレットに注がれているため隙だらけだった。

今ならこの女を制圧し人質にして逃げる事ができると俺は考えた。

俺はしばらく時を伺っていた。

そして黒服の視線が俺から離れた瞬間、地面を蹴り飛び出した————————のだが、大きく、盛大に頭から地面に突っ込んだ。


顔についた草を払い俺はゆっくりと立ち上がろうとした。

ふと上を見ると青城と黒服が不思議そうに、そして不審そうに俺を見下ろしていた。


「大丈夫ですか?黒川君」

青城は俺に手を差し出した。

俺は青城の手を借り立ち上がった。


そしてもといた場所に戻った。

なぜ俺が頭から地面に突っ込んだのか。

その理由は俺の隣にいる一志のせいなのだ。


俺は小声で一志を非難した。

「おい、どういうつもりだ」


「ん?」


「俺に足引っかけたのお前だろ」


「あぁ」


「お前が邪魔しなきゃ今頃、逃げれたかもしれないんだぞ!」


「まぁな。でも運が悪けりゃお前は死んでた」


「は?完璧な飛び出しのタイミングだった。全員、俺から視線を外した瞬間だったろ」


「そういう問題じゃない。青城の胸ポケットを見てみろ」


一志はそう言って小さく青城を指さした。

一志の指す先を俺は注意深く見る。

青城の胸ポケットには確かに小さな膨らみがあった。


「あれって........」


「小型の銃だ。どうやったって銃には勝てないだろ」

一志は青城が銃を持っている事に気づき俺を止めてくれたのだ。


「っく........悪い........ありがとな」


「礼はいいから無茶だけはしないでくれ」


俺は一志に感謝しながら青城の説明を聞いた。


「それでは審査の内容を発表しますね」

ちょうど審査の内容が発表されようとしていたところだった。


「1次審査は————————です!」

青城の口から飛び出た意外なワードに俺だけでなく全員が意味が分からないといったような顔をしていた。


「え?えっと........みなさん鬼ごっこをご存じないですか?」


青城は俺たち以上に驚いた顔で一人一人の顔を確認する。


「鬼から逃げるシンプルなゲームですよ?」


それは知っているが........まさか誘拐されて鬼ごっこをさせられるとは........殺し合いデスゲームをさせられると思っていたのだ........

そんな簡単なゲームで1次審査が突破できるのなら願ったりかなったりだ。


だが———————————————俺はホールでの出来事を思い出す。


あの時、綾小路が撃った弾丸は実弾であのモヒカンの男の子は確実に死んだ。そしてその事から分かる通り、綾小路勘助は人を殺す事も躊躇わずどんな手段を使ってでもエリート育成計画を完遂しようとする人間だという事。

そんな人間がただの鬼ごっこを1次試験にするだろうか?

誘拐してまでただの鬼ごっこをさせたかったのだろうか?

そんなはずがない。

確実に、死と隣り合わせの試験になるはずだ。

捕まった人間は殺される........とかな........

俺は思考を巡らせた。

どんな内容でも生き残れ。

ここで死ぬには早すぎる.......


「では説明しますので分からない事があれば質問してくださいね」

青城はそう言って誰もが知っているはずの鬼ごっこの説明を始めた。

青城の言う鬼ごっこは俺が知っている物と全く同じだった........最後さえ除けば........


「皆さんには40分間、鬼からいただきます」

ここまで言うと青城は一度言葉を区切った。

「そして鬼役を務めるのは........殺人罪、傷害罪で収監されている犯罪者たちです!」


「え........」

ほぼ全員の口から声が漏れた。

1人の女の子の顔はみるみるうちに青ざめていた。


ここで一志が質問をした。

「質問です。殺人犯と言っても俺たちがするのはですよね?」


「えぇ。一志君の言う通り、........ですよ?」

ここで青城の美しい顔が不気味な悪人の顔に変わった。


「鬼ごっこはスリルがないとおもしろくないでしょう?」


青城のこの言葉の意味を全員が察した。


「捕まる事は''死’’を意味します」


やはりな........普通の鬼ごっこではない事は予想がついていた。

だが囚人まで自由に使えるとなると綾小路は本当に政府が雇った人間のようだ。警察までもグルか........


「鬼は武器を持っています。スタンガン、ハンマー、狩猟ナイフ、鎌、鉄甲この5つのうちのどれか2つを所持した鬼が5体、あなたたちを殺し捕まえに行きます。制限時間まで捕まらない事が1次審査通過の条件です。あなたたちの心臓が止まるまでは鬼に触られたり怪我を負っても脱落にはなりませんので頑張ってくださいね」


青城は笑っていた。しかし俺たち9人の顔は恐怖で青ざめるもの、状況を吞み込めずただ立ち尽くすものなど様々だった。


「逃走範囲はこの廃校の敷地全てです。いないとは思いますが範囲外に逃げた場合、即脱落死ぬ事になるためお気をつけください。1時間後に試験開始です。それまで各々交流を深める、敷地内の散策など有意義にお過ごしください。この試験はしっかりと作戦を練らなければ突破はまず不可能でしょうから」


範囲外に逃げると殺される........か........

ただの脅しでない事はもう既に理解している。

解放されるには1次審査を通過し試練を全てクリアする。

これしかないようだ........


「それではジャージを支給しますので各自で着替えてくださいね」

黒服から青のジャージを受け取り俺たちは更衣室に向かった。

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エリート育成計画 夢のまた夢 @hamburger721

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