第4話 国家間の真の友情とは
「南京大学の学生が清掃員女性のために「個展」を開催」なんていう、海の向こうの楽しい話を、(すばらしい)日本語で読めるという幸せ。
中国という国は、100円ショップの豊富な製品群をはじめ、日本人に必要な、ありとあらゆるモノを(リーズナブルな価格と品質)で供給してくれるばかりでなく、人の心を豊かにしてくれる話も(無料で)提供してくれます。
(100円ショップというのは、「モノと心の両方を豊かにしてくれる」という意味において、今や「100円で買える日中の豊かな文化」にまで成長しました。)
モノというハードウェアと、心というソフトウェア両面で(私たち外国人の)生活を豊かにしてくれる。こういう国こそが、真の「友人」と呼ばれるべきではないのでしょうか。
あくまでJust informationですが、人民報と同じく、国家が発行するネット新聞である「中央社フォーカス台湾」(や韓国の〇)で、こういう「心温まる」記事というのは、少なくともここ数年間読んだ記憶はない(という事実)。
故安倍晋三の写真展が台湾で開かれた、現在の日本の首相をやっている男が住んでいた台南市の店を改修したとかいった日本関係の記事を頻繁に掲載して「日本人は台湾の友達」を強調するのですが、いくら「友人」「友情」という言葉がちりばめられた記事をどんなに沢山並べられても、全然「友達という実感」が湧いてこない。
台湾の新聞が「日台親善」「日台友好」「日本と台湾は永遠の友達」なんていう化学調味料・合成甘味料付けの「変に甘ったるい」言葉を使えば使うほど、私という日本人の場合、益々心が空虚になってくるし、いかにも便宜的で恣意的・欺瞞に満ちた言葉や記事に見えてしまうというのは、私の心がひねくれている(バイアスのかかった心である)からなのだろうか?
中国・人民報の場合、ことあるごとに「日本は歴史をよく勉強しろ」「日本は過去を反省しろ」という論調の記事が掲載されます。しかし、それらは、韓国や台湾の新聞における「反日記事」と異なり、物・カネ・技術を暗に期待しているという「意地汚さ」が全く感じられない。
韓台とちがい、中国人は「道に照らして怒っている」からです。
で、私はそういう中国の日本批判記事とは、「現在の日本のバカ政府」が言われていることであり、私個人に対してであるとは思っていないので、「ごもっとも」なんて、納得している。そして、それら記事に見る「中国人の日本観」から「中国人の考え方」をデコードして楽しませてもらっているというわけです。
二国間の真の友情というのは、モノや金の交流以上に、互いの国の人情・人心を見て楽しむ・考える・憂える・ケンカする、というフェイズでの心の交流が求められる。その意味では、モノ・金・心の三拍子がそろっているのは中国だけではないかと、私は思います。
韓台に関しては、私個人として「心が見える・心を感じる・感動する記事」というのを見たことがない。だから、彼らに感情移入できない。共感するものがない。彼らに関してはどうでもいいや、という気になる。
モノでも金でも文化でも、かれら二国に何を求めるかと言えば、何もない !
万が一、中国と日本が断交でもしたならば、今まで中国が果たしてきてくれた役割を、韓台では肩代わりできないのです。中国のモノの品質と精神性に、両国では全く及ばないから。→ 別のネット本ですが「欧・米・韓・台が恐れる中国・日本というベストコンビ」参照。
まあ、100円ショップ文化というものを見るだけでも、かつて日本が半島を飛ばして直接中国と交流した(遣隋使・遣唐使)のは、歴史の必然であり正しい道であったとわかるのです。
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