第95話 自己責任

 上限坂は星夜の死をニュースで知る事になる。【新人発掘企画 配信型口舌バトルロワイヤル】は1,000万再生を記録し多くの人が視聴した。その為、優勝者の星夜は一躍時の人となり、多くのファンとアンチを手に入れたので、星夜の死はトップニュースで報道された。

 星夜の死にファンは悲しみアンチには絶賛された。星夜にヘイトコメントを送り続けた使徒や一般市民を罪に問う法律はこの世界にはない。この世界ではYチューブをする事は自己責任であり、ヘイトコメントが嫌ならコメント欄を封鎖すれば良いと判断されている。SNSにいたっても、ヘイトが嫌ならSNSを辞めれば良いと判断されているので、今回の星夜の死もマスコミは、星夜に危機管理能力が欠如していた結果だと報じていた。このような事態がまかり通るには理由がある。それはこの世界の神が異世界人を滅ぼすために、ヘイト活動を容認するどころか推奨しているからである。異世界人をあぶりだす為の手段であるヘイト攻撃は諸刃の剣である。それは、異世界人だけでなく、一般市民もヘイトの標的になり心を病んでしまうことである。使徒の言霊による天啓は異世界人に対して効力があるが、程度の差はあれ一般人もヘイトの標的になれば心が病んでしまう。しかし、この世界の神の最優先事項は異世界人を滅ぼす事である。多少の犠牲は仕方ないと判断しているのであろう。


 星夜の葬儀は親族だけの家族葬になる。親族以外は誰も呼ばず極秘裏に行われマスコミ、ファン、アンチ、そして友人である上限坂でさえ、どこで葬儀がおこなわれたか知る事はできなかった。


 星夜が死を選んでから三日後、上限坂に一通の手紙が送られてきた。差出人は星夜であった。


 「この手紙が届く頃には俺は死んでいるだろう。上限坂、俺は決して自殺などしない。俺が死を選んだとしたらそれは俺の意志ではなく、悪魔によって強制的に自殺に追いやられているのだ。ってこんな事を生きている俺が言えば、頭がおかしくなったと、お前は俺を心配して精神病院に行くように勧めるだろう。だが、俺の心は病んでなどいない。たしかに、俺は口舌バトルロワイヤルで受けたヘイトコメントで体調を壊し自宅で療養していた。前の世界でもヘイトコメントで心が病んで自殺する者も居たのはお前も知っているはずだ。しかし、この世界のヘイトコメントは、前の世界でのヘイトコメントとは何かが違うのだ。何が違うのかと問われてもきちんとした答えが出せない。でも、俺の直感が訴えている。この世界のヘイトコメント・・・いや、ごく一部のヘイトコメントは、悪魔のささやきのような強制力を持っているような気がした。その悪魔のコメントを一度見てしまうと、体が、心が、脳がヘイトコメントに蝕まれていく。そして、魂が吸い取られるような不思議な感覚が芽生えるのだ。これが精神の病と言うのならばそうなのかもしれない。しかし、俺は精神の病だとは思わない。これは悪魔が俺から命を奪う為の儀式のような気がする。上限坂、お前がSNSやYチューブをしないと言ったのは正解だ。悪魔はネットを介して俺達を襲って来る。お前は絶対に手を出すな。そしてモデルを辞めて平穏に暮らした方が良い。モデルを続ける限り悪魔はお前を逃しはしないはずだ。これは、忠告ではない俺からのお願いだ。俺はもう悪魔から逃れることは出来ない。お前だけは第二の人生を謳歌して欲しい。それが俺の望みだ。上限坂、俺はこの世界に来てイケメンになって鮮やかな景色を見れたかもしれない。しかし、最後に見る景色は悪魔が微笑む残酷な景色になりそうだ」


 星夜の手紙にはこのような文が書かれていた。この手紙を読んだ上限坂は星夜を救えなかった自分自身に絶望した。手紙の内容はこの世界で育ち普通に生きていれば、にわかに信用できない内容だ。星夜がヘイトコメントで精神が病んで妄想による虚言であると思うだろう。しかし、異世界に転移するという非現実的な体験をしている上限坂は、非現実的な内容に対する免疫は出来ている。にわかに信用できない星夜の手紙の内容も信憑性のある内容だと判断するのに時間はかからない。


 「俺がすぐに星夜の元に駆け付けていれば助けてやることができたかもしれない・・・」


 上限坂は、床に涙を零し両手を握りしめ、やり場のない怒りを自分の心にぶつける事しかできなかった。


 「・・・もしかして・・・」


 ここで上限坂は星夜の優しさを知る事になる。


 「アイツは俺を助ける為に助けを求めなかったのか?俺も星夜に送られてきたヘイトコメントを見ると悪魔に心を支配されてしまうのか・・・」


 上限坂の推測は的中している。星夜は上限坂を巻き込む恐れがあると感じたので助けを求めなかった。


 「・・・星夜、俺が絶対にお前を死に導いた犯人を見つけ出してやるぞ」


 上限坂は誓った。星夜を死に追いやった人物を見つけ出し、必ず復讐してやると。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る