第92話 プリンスロード
「これほどまでに心にダメージを負うとは想定外だった・・・」
上限坂は大阪市内にあるホテルに戻っていた。
「星夜(せいや)の忠告がなかったら俺も同じ運命を辿っていただろう」
※星空 星夜(ほしぞら せいや) 享年18歳 YMA事務所の所属 元モデル
1年前
「俺は大阪、お前は東京、お互いに活動する場は違うが、モデルの頂点を目指そうな」
「そうだな。まさかお前までモデルの道を目指す事になるとは思わなかったぜ」
上限坂は16歳の時に東京の原宿でダイヤモンド事務所にスカウトされてモデルとなった。その1年後に星夜もモデルとしてYMA事務所でデビューした。
「俺は前の世界では、ブサイクでデブだったから自分に自信が持てなかった。彼女も出来ずにブラック企業で仕事漬けの日々を過ごしていたが、あの事件がきっかけで全てが変わった」
「そうだったな。職場での大規模火災が発生し、俺達は確実に炎と煙に飲み込まれて死んだはずだった」
「あぁ、しかし、気づけば目の前に綺麗な天使が立っていた。俺は天国に来たのだと思った」
「俺も同じだ。そして、天使は俺にこう囁いた『不運な事故で命を失ったあなたにもう一度生きる場所を提供しましょう。そこは、あなたが生きていた世界と似ているパラレルワールドです。なので、抵抗なく過ごす事が出来るでしょう。しかし、もう一度人生をやり直すのに今のままでは不憫でしょう。なので、一つだけ望みを叶えましょう。身体的特徴であなたは何を重視しますか』と言われた俺は背が高くなりたいと答えた」
「俺も全く同じだ。俺はイケメンになりたいと答えた」
「あだ名がゴブリンだったお前が、モデルとしてデビューしたのは神の力のおかげだな」
「あぁ。必死に好感度ポイントを貯めて顔面偏差値をレベル4にした俺は、駅のホームで知り合った女性の紹介でモデルになる事が出来た。ゴブリンとバカにされていた俺が白馬に乗った王子のようなプリンスロードを歩むことになるとは感慨深いものだ」
「モデルの世界はそんなに甘くはないぞ。この世界のモデルは容姿やスタイルよりも個性を重視した唯一無二の存在感が必要だ。SNSでの自己プロデュース力、弁が立つ者でないと生き残れないらしい」
「わかっている。でも、俺はこの美しい容姿に変貌して生まれ変わったんだ。昔の俺とは違う。今の俺は自信に満ち溢れている。ブサイクで楽しめなかった青春を俺は謳歌したい」
「それは良い事だ。俺は昔から慎重で用心深い性格だった。それは、今も変わらない。この世界のモデルはSNSなどを利用して名前を売るのが大事だと言ったが、俺は敢えて邪道の道を進んでいる。チラシの広告モデルをメインとして、出版社などと関係を築き上げ地盤をしっかりと固めている。俺が目出している道はこの世界のモデル業界では個性がないマネキンと揶揄されるらしいが俺はそれでもかまわない。SNSを使えばチャンスも増えるだろう。しかし、アンチに攻撃される危険も増える。俺は慎重に石橋を叩いて進み続ける」
「お前の進んでいる道は安全で正しい道だと思う。しかし、それはこの世界では評価されずに滅びゆく道だと事務所の社長から言われた。俺は社長の方針に従ってYチューブをメインに世間に自分をアピールしまくって、プリンスロードを駆け上がるつもりだ。お互いに進む道は違うけれどゴールは同じだ。お互いに切磋琢磨してがんばろうぜ」
「そうだな」
この時星夜は希望に向かって全速力で走りだしていた。星夜は前の世界では、ブサイクでデブの為、世の中から虐げられていた。しかし、この世界に来て好感度ポイントを貯める事により、イケメンに生まれ変わった。
星夜は1年の年月をかけて顔面偏差値をレベル4まで上げる事が出来た。俺は100年に1度、人生をやり直すことができる【get a second chance】を手にしたが、星夜たちは、ただの人生やり直しの異世界転移だ。レベルの上げ方も上がり方も全然違うようだ。
上限坂はもともとワイルド系のイケメン男子だった。外見で彼に足りなかったのは身長だったらしい。でも、上限坂はこの世界に来た時は15歳で身長は164㎝だった。そこまで悲観するほどの身長ではないが、上限坂は慎重にコンプレックスを持っていた。上限坂は好感度ポイントを貯めて、半年後には俺と同じ178㎝まで背を伸ばす事に成功している。もともとワイルドな風貌だった上限坂は東京に拠点を置くダイヤモンド事務所にスカウトされて、星夜よりも先にモデルになっていた。
地道にモデルの活動をする上限坂とは対照的に、星夜は事務所の後押しもありSNSを駆使してモデルとしてプリンスロードを駆け上がる事になる。
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