第90話 上限坂の状況

 俺は口舌バトルのコメントのデータを見て、気分が悪くなり部屋のベットで横になっていた。どれだけヘイトコメントを意識しないように心がけても、ヘイトコメントは俺の心を蝕んでいく。ヘイトコメントにさらされてまだ一日しか経過していない。【不屈の心 銅】のスキルを持つ俺が、なぜヘイトコメントに心を砕かれているのか原因があった。


 羅生天 雷鳴は、鳳凰のマンションを出て自宅である近くのタワーマンションに帰っていた。雷鳴の自宅はタワマンの最上階である。自宅に戻った雷鳴は、ヘイト攻撃をするための部屋である、高級パソコンが8台用意された20畳の部屋に向かった。

 八角形の特注の大理石の大型パソコンデスクに、16台のモニターと8台のパソコンが設置されている。8角形のデスクの中心には高級なパソコンチェアーがあり、回転しながら全てのパソコンを操作できる環境を整えていた。


 「次のターゲットは六道 昴と上限坂 下だ。六道はYチューブとツイ☆をしてるので攻撃をしやすいが、上限坂はファンレターを装ったヘイトレター攻撃をするしかない。面倒だが一度目を通すと言霊の力が発動するから、気になってヘイトレターを読まざる得なくなるから問題はないだろう」


 雷鳴は独り言を呟きながらパソコンチェアーに座りキーボードをたたき込む。高速でキーボード操作をする雷鳴の指はまるでクモの足のように細く長く素早い。


 「親父は嫌悪ポイントのほとんどを事業拡大に使っている。しかし、俺は身体能力の強化に使用している。この高速タイピングが出来るのも神の恩恵のおかげだ。言霊の力は文字に神力を込める力だ。それは筆記だけでなくタイピングでも可能だ。言霊の力を持つ俺がタイピングした文字には神力が宿り神の天啓になる。天啓を目にした異世界人は、その天啓の内容に心を支配される事になり心を蝕んでいくだろう。多くの天啓を受けた異世界人は心が崩壊しいずれ自ら命を絶つことになる。俺達の使命は、この世界の侵略を企む異世界人の排除だ。その対価としての嫌悪ポイントを回収すれば、神は俺達に恩恵を与えて下さる。この世界を守るのは神に選ばれし使徒の使命だ」


 ※言霊の影響は異世界人に限定なるが、この世界の人間にも微々たる影響を及ぼす事も出来る。使徒の発したコメントは一般人が発したコメントよりも数倍の影響力を持つことができる。すなわち一般人には負の影響でなく正の影響である。ここで言う正とは、神が異世界人を悪と認定しているので、悪を懲らしめるという意味での正である。


 【不屈の心 銅】を持つ俺がヘイトコメントに心を砕かれた原因は言霊による天啓のせいであった。【不屈の心 銅】のおかげで他の異世界人よりも天啓の影響は少なめだが、多くの天啓を目にすることによって俺の心は徐々に蝕まれていた。【不屈の心 鋼】のスキルを手にすることができれば、天啓の影響もかなり弱くなるだろう。

 俺と違い上限坂は【不屈の心 銅】のスキルを持っていない。口舌バトルのコメントモニターを絶えず見ていた上限坂は、天啓の影響で心が完全に砕かれていたのだろう。


 「上限坂君、上限坂君」

 「・・・」


 「五月雨さん、上限坂君はオーディションを途中退場してずっとこの状態です。やはり上限坂君には口舌バトルは向いてなかったのでしょう」

 「そうね。上限坂君は口舌バトルに参加したくないから、細々とマネキンとして活動したいと言っていたわね」


 「はい。しかし矢守(やもり)会長が強引に出場をさせました。私も反対したのですが、会長は私達の意見など聞くことはありませんでした」

 「これ以上鳳凰事務所が巨大化していくのを防ぎたかったのね。SNSを一切使わずに地道なマネキン活動で注目を浴びていたのに残念だわ」


 「彼は出場が決まったからには全力で口舌バトルを盛り上げつつ上位を目指すと言っていたわ。真面目過ぎる彼だからこそ、こんなことになってしまったのかもしれません」

 「私は2次オーディションが控えているので手伝うことは出来ないけど、上限坂君を1人にしないようにしてね。ヘイトに心を砕かれて命を絶つモデルも増えている。彼には時間をかけて立ち直って欲しい」


 「もちろんです。当分は事務所に住まわせる予定です。今から心療内科に行って治療をしてきます。五月雨さんも配信会見を頑張ってください」

 「そうね。私は私のペースで頑張るわ」


 上限坂は、オーディションを途中退場した後、全ての生気が失ったかのように椅子に座り込んで動かなくなった。これは、雷鳴の言霊による天啓によって受けたダメージが心無い視聴者のヘイトコメントによってさらに心をえぐられた結果である。上限坂は心をヘイトに支配されて意識を正常に保てなくなっていたのであった。

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