第88話 使徒の正体

 俺に用意された部屋は8畳のワンルームであった。ベットなどの最低限の家具と狭いけどキッチン、トイレ、お風呂もあり1人で過ごすには十分な広さだ。シルバー事務所の新人モデルは、格安の家賃でこの部屋を借りる事が出来る。モデルとして一人前になるとこの部屋から巣立って行く。

 俺は特別待遇なので家賃は支払う必要はないがここに住む予定はない。これから土日や祝日、夏休みなどはYチューブの撮影やレッスンがあるので、休憩室としてこの部屋を用意してくれた。

 俺はヘイト動画を見て体調を崩したのでベットに横になる。しかし、同時にある事を思い出していた。


 「アイツは俺だけじゃなく上限坂にもヘイトコメントを何度か送っていたな・・・」


 俺はヘイトコメントの動画を見て感じた事は、ある特定の人物が俺と上限坂にだけヘイトコメントを何度か書き込んでいたことに違和感を感じた。特におかしい事じゃないのかもしれないが何か引っかかるのである。


 配信型口舌バトルオーデションを見た視聴者は、オーデションに参加したモデルに向けてコメントを投げかける事が出来る。もちろん、これは放送に耐えがたいコメントを書き込む者もいるので、配信映像にはコメントは映らないが、オーデションの参加者は絶えずこのコメントに目を通す必要がある。

 わざわざコメントを送る熱心な視聴者はごく一部の限られた人物だが、コメントの大半はヘイトである。そして、ヘイトを書き込む人物は、だれかれ構わずにヘイトを投げかけるので、俺と上限坂にヘイトコメント送るのは何も問題はない。しかし、俺と上限坂以外にはヘイトどころか賛美のコメントも送っていない事に疑問を感じた。

 今回の構図の一つとして笠原さん対上限坂と五月雨さん、俺と4名の参加者という大きな二つの構図が展開された。俺が退場した後も口舌バトルは行われたがそれほど盛り上がる事はなかった。

 ヘイトコメントを送る視聴者は、嫌いなモデルにヘイトを送り、推しのモデルには賛美を送るのが普通だ。現に上限坂にヘイトを送るヤツは笠原さんに賛美を送る。俺の場合は俺にヘイトを送り、4名のモデルの意見が正しいと賛美を送る。しかし、アイツは賛美を一度も送っていない。


 「間違いない。アイツが使徒だ」


 俺の直感がそう叫んでいた。

 もしかすると異世界人を探すために俺だけじゃなく、上限坂もターゲットに入っていたのであろう。アイツは使徒であり異世界から来た人物を特定するためにヘイトを書き込んでいたと考えられる。上限坂はYチューブやツイ☆などのSNSは全くしていないので、使徒は今後どのような手段を取るのか気になるところでもある。

 一方、Yチューブを開設した俺にはアイツがコメントを残していた。おそらくアイツは俺が異世界人だと気付いて、嫌悪ポイントを稼ぐがためにヘイトコメントを書き込んだと考えられる。


 俺はアイツが使徒である可能性がかなり高いと判断したがこれ以上何も出来ない。アイツは俺がシルバー事務所に所属している事を知っている。それだけの情報があれば俺を見つけ出すのは簡単かもしれない。個人情報保護法案で、情報は守られているかもしれないが、オーディションの動画は誰でも見る事が出来る人気動画である。磯川高校の誰かが見ている可能性は高い。その誰かがSNSで俺が磯川高校に通っている生徒だと発信すれば、すぐに俺の住所は突き止められるだろう。逆に俺はアイツを探し出すのは不可能だ。誹謗中傷を受けたので警察に被害届を出すのも一つの手であるが、今の状況で警察が動いてくれる可能性は0だろう。俺は黒猫に言われた通りYチューブに動画を投稿して、サンドバックのようにヘイトを受け続けなければいけないのかと思うと、心が痛くて張り裂けそうだ。







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