第87話 成功
笑さんはカバンからスマホを取り出しておもむろに画面をタッチする。
「・・・」
「パパ。私よ」
「なんの用だ」
冷たい低い声で鳳凰は答える。
「1次オーディションのコメントの内容を全て知りたいの。データをすぐに送ってね」
笑さんは屈託のない可愛らしい声でお願いする。
「・・・」
鳳凰はすぐには返答はしない。
「お願いね!」
「・・・」
笑さんは要件を伝えるとスマホを切った。
「昴君、パパにお願いしたからすぐにコメントのデータが送られるはずよ」
「本当に送ってもらえるのですか!」
「昴君、送られてくるはずよ。1次オーディションを管理しているのは金(こがね)さんと離婚した羅生天 鳳凰(らしょうてん ほうおう)の事務所、そして鳳凰は笑の頼みは断らないはず」
「そうだったんですね。それなら、最初から笑さんから連絡してもらったらよかったのでは?」
「金さんから止められているの。笑と鳳凰を接触させないようにと」
鼓さんの表情は少し硬い感じがした。笑さんの行動に納得をしていないのだろう。
「俺のせいでごめんなさい」
俺は息苦しい雰囲気に後ろめたさを感じてすぐに謝った。
「いいのよ。私がすぐに止めるべきだったの。でも、電話してしまった事は取り消す事のできない事実・・・後できちんと金さんに報告をするわ。わかっているの笑!」
鼓さんは鋭い形相で笑さんを睨みつけた。
「接触はしてない」
笑さんの言う通り接触はしていない。会話をしただけである。
「言い訳はしないの!後で金さんの説教をくらうといいわ」
「がぁぁ~~~~ん」
笑さんの表情に暗雲が立ち込める。
「ママに言うならデーターを見せない」
「鼓さん、今回は笑さんを許してあげてください。悪いのは俺です。俺が罰を受けます」
俺はどうしてもヘイトコメントのデーターを見たい。せっかく笑さんが鳳凰に頼んで入手することが出来たのなら、そのデーターは是が非でも見たいのが本音だ。
「昴君、カッコいい」
さっきまで暗雲が立ち込めていた笑さんの表情が晴れやかに輝く。
「はぁ~」
鼓さんは大きなため息をつく。
「昴君、どうしてもそのデーターが見たいのね」
「はい」
「え!私を助ける為じゃないの!」
再び笑さんの顔に暗雲が立ち込める。
「わかったわ。もし、鳳凰からデーターが送られてきたら昴君に渡してあげる。そして・・・」
鼓さんは笑さんの方をチラリと見る。
「この件に関しては金さんにも報告はしないわ」
「ありがとうございます」
「うむ、うむ」
俺は鼓さんに頭を下げてお礼を言い、笑さんからは再び暗雲が消え去った。
10分後、琵琶(びわ)さんから鼓さんに連絡があり、笑さんを引きずりながら専務室に向かった。鼓さん達が撮影室に戻ると鼓さんは動画編集用のパソコンにUSBメモリーを繋いだ。
「昴君、鳳凰からヘイトコメントのデーターが送られてきたわ」
「うむ、うむ」
笑さんはどや顔で俺を見る。
「ありがとうございます」
俺は笑さんに頭を下げる。
「旦那の為だ!」
笑さんは誇らしげな目で俺を見る。
「鼓さんも協力してくれてありがとうございます。本当に助かりました」
俺は再度、鼓さんにもお礼を言う。笑さんより深くお礼を言ったので、笑さんは力が抜けたように肩を落としてしょんぼりとする。
「さっそく見ると良いわ」
「わかりました」
俺はすぐにパソコンデスクのチェアーに座りデーターを開いた。そして、データ内の全てのヘイトコメントに目を通す。全てのヘイトコメントに目を通した時、止まらない涙、圧迫される心、全身の脱力感、空虚な意識が俺を襲う。
「昴君、しっかりして!」
鼓さんの叫び声で俺は意識を取り戻す。
「だ・・・大丈夫です」
「昴君、ヘイトコメントを真剣に受け取ったらダメ」
鼓さんは顔をしわくしゃにしながら俺に声を掛ける。
「頭ではわかっているのですが、ヘイトコメントを読んでいるうちに、ヘイトに心を蝕まれてしまいました」
「そうなのね。モデルを続ける事はヘイトにさらされ続ける事になる。昴君には頑張って欲しいけど、繊細で真面目な昴君はヘイトコメントに対する耐性はかなり低いみたいね。徐々に慣れる必要があるわ」
「うん、うん」
「わかりました。鼓さん、申し訳ないのですが気分が悪くなったので少し休ませてもらえないでしょうか」
「いいわよ。3階には昴君用の部屋を用意してあるわ。その部屋を自由に使って」
「私との愛の部屋」
「昴君、笑は私が捕獲しているから安心して部屋で休んでね」
「助かります」
「・・・」
鼓さんから部屋のカギを受け取り俺は3階に向かった。シルバー事務所の3階から5階までは居住区間になっている。3階4階はモデル専用の部屋や談話室などがあり、5階に琵琶さんと金の部屋がある。俺の部屋は3階の7号室だ。俺は7号室の扉を開けて中に入った。
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