第81話 ヘイトは止まらない

 俺は3分ほどの謝罪動画を撮影し、鼓さんが編集をして動画をYチューブにアップした。

 動画をアップするなり再生回数が続々と増えていく、5分を満たないうちに再生回数は1000回を超えた。


 「おかしいわね」

 「うん、うん」


 鼓さんが不思議そうに顔を傾ける。笑さんも同じように顔を傾ける。


 「鼓さん、何がおかしいのですか?」

 「再生回数は伸びているけどチャンネル登録が全くされていないの」

 「うん、うん」


 俺は自分のチャンネルの登録者数を確認する。俺のチャンネルは鼓さんが事前に作ってくれていたので、登録者数は笑さんだけなので1であった。動画をアップしてから登録者数は1のまま全く変わらない。1000人も動画を見てくれたが誰もチャンネル登録をしていない。


 「チャンネル登録者数は増えないけど、コメントは雪崩のように押し寄せているわ」

 「うん、うん」


 オーデションと同じように俺の動画に対するヘイトのコメントが雪崩のように次々を流れ込んでいる。


 『謝罪しても無駄。お前はモデルに向いていない』

 『やっぱり登録者稼ぎの炎上オーデションだった。こんな奴のチャンネルに登録する奴はバカ』

 『くだらない謝罪。誠意が全く伝わらない』

 『言い訳ばかりで何も伝わらない。モデルなんてやめろ』

 『顔だけの中身0のモデル。スカウトしたやつ見る目0』

 

 とまらない俺へのヘイト、俺はよほど嫌われていたのだろう。オーディションの時は、オーディションに夢中でヘイトのコメントに対してそれほど心を痛める事はなかったが、今は違う。たくさん押し寄せるヘイトのコメントに対して俺は狂気を感じていた。

 ヘイトコメントは気にせずにスルーすれば良いと思うが、狂気に満ちたコメントを一度目を通してしまうと、気になって仕方がない。頭ではコメントの内容は気にせずに軽く流せば良いと思っているが、目に映ったコメントは脳に刻み込まれて脳裏から離れない。脳に刷り込まれたヘイトは、俺の心にナイフのように突き刺さる。ヘイトなど気にせずにスルーしていたつもりだが、気づけば俺の瞳から涙が零れ落ちてきた。


 「昴君、真剣に受け止めたらダメよ。モデルとはたくさんの賛美とヘイトにさらされることなの。賛美は受け入れてヘイトは受け流さないと精神がもたないわよ」

 「うん、うん」

 「わかっています。気にしないように意識をしているのですが・・・心が痛いです」


 真面目な性格の人ほどヘイトに弱い。真面目な人は良い意見よりも悪い意見の方に心を傾けてしまう。真面目な人は、悪い意見を真摯に受け止めて、自分自身を改善させるために努力をしてしまうからである。それを意識的に行っているのなら、意識を変れば済む事だと思うが、真面目な人は無意識で自己改善の努力を怠らない。だから、ヘイトを無視しようと意識しても、無意識の自分がヘイトを純粋に受け止めてしまうので、ヘイトをスルーすることが出来ない。

 俺はヘイトコメントをスルーしていたつもりだが、無意識にヘイトコメントに目を通して、純粋に受け止めていた。

 俺は真剣に取り組んで鼓さんと一緒に謝罪コメントを考えた。そのコメントに対する意見が辛辣な意見ばかりだったので、心が折れてしまい自然と涙が溢れ出たのであった。


 「俺の考えは間違っていたのですか?俺の対応はそんなに悪かったのですか?俺は真剣に考えたのに・・・なぜわかってもらえないのですか」

 「昴君、これがネット社会の現実なの。ヘイトのコメントをする大半は中年男性と言われている。中年男性は会社でも家庭でもヘイトに浴びせられている。会社では業績が悪いと上司から罵られ、部下からは疎ましく思われる。家に帰るとゴミのように扱われ、心の休息を得る事が出来ない。そんな彼らが一方的に攻撃できる場所がネット社会なの。名前も素性もわからないネットだと、伝説の武具を装備した英雄のように勇気が溢れ出て、自分よりも恵まれている人に攻撃をして、ストレスを発散しているの。最初は、何気ない愚痴程度だったコメントも、いつしか、世界を先導する勇者になったかのように、みんなが追随するような悪質なヘイトのコメントを投稿するようになるの。ある意味ネット社会は現実社会の弱者のストレスを発散する救済場になっていると言っても過言じゃないの。だからヘイトコメントを封鎖する事はできないの」

 「うん、うん」


 鼓さんの言葉に俺は納得することはできないが、言っている意味は理解出来た。しかし、自分の苦しみを他者にぶつける事によってストレスを発散することは、結局は自分がされた苦しみを他人に押し付けるているだけであり、負のサイクルが自転車操業のように続けるだけである。それは、いつしか負のサイクルが回らなくなり、最終的にヘイトを受けたものが、全ての負を背負わされてこの世を去ってしまう最悪のシナリオに辿り着くからである。


 「こんなの間違っている・・・」


 俺は嗚咽のような言葉で鼓さんに訴えた。


 

 

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