第80話 謝罪動画

 笑さんが用意した台本はボツとなり、代わりに鼓さんと俺で相談しながら台本を作り上げた。Yチューブの動画撮影は、アドリブでありのままの自分の言葉で撮影をすると思っていたがそれは間違いであった。どのような質問や事柄に対して、どのような言葉で受け答えするかはあらかじめ決めてから撮影を開始するのが基本だ。

 それは、俺はしゃべくりのプロでなく、一般の高校生だからである。Yチューブ歴が長くなれば、それなりの実力を身に着けてアドリブで撮影を開始することが出来る。しかし、Yチューブを初めて1年未満の者は、用意された台本通りに撮影するのが基本であった。

 特にシルバー事務所はその辺りは厳しく徹底されている。事務所の方針によっては炎上覚悟で新人モデルにアドリブで撮影をする事もあるが、ほとんどは失敗して誰も関心を寄せる事は無い。デビューしたての新人が百戦錬磨のYチューバ―と同様の結果を残せるほどしゃべくりとは簡単ではない。それにしゃべくりの才能があっても興味がないモデルのしゃべりなど誰も見向きもしない。


 「台本はこれでいいわ。昴君、内容は把握出来たかしら?」

 「はい。大丈夫です」


 「じゃぁ、撮影を再開するわね」

 「わかりました」


 鼓さんはカメラを構えて撮影を開始する。俺は椅子に座り背筋を伸ばし真直ぐにカメラを見る。姿勢を良くすることで反省をしている意思をアピールし、カメラをじっと見る事により誠意を現す。


 「シルバー事務所所属の六道 昴です。年齢は15歳、高校1年生です。今日、シルバー事務所の関係者の方にスカウトされて、その日のうちに【2023ジェムストーン】に出場するための1次オーディションに出場しました。オーデションに出場するには2通りありまして、私は事務所の推薦枠を利用して出場することになりました。視聴者様の中には事務所の推薦枠がある事をご存じない方もおられまして、不正疑惑を持たれる方もいらっしゃいました。しかし、不正ではなく決められたルールに従って出場権を得ました。これは運営のHPにてきちんと説明をされていますが、わざわざHPを見て確認するという作業をする事は無いと思いますので、私達の説明不足だった事を深くお詫び申し上げます」


 俺はまず初めにオーディションの参加に対して不正疑惑のコメントに対する説明と反省の意を述べた。


 「そして、オーディションでの私の発言について説明したいと思います。私は出場された皆様のように、強い志を持ってモデルになったわけではないのですが、私をモデルにスカウトしてくださった方の思いを大切にし、その思いを報いる事が私の使命だと感じていました。私には将来何をしたいかという夢はなく、今を精一杯生きることを目標にがんばっています。私の家庭はシングルマザーであり、母親は仕事を掛け持ちしながら私を育ててくれました。私は高校生になったら母親の苦労を少しでも減らす為に、アルバイトをするつもりだったので、モデルに誘われた時、モデルになる事は一度断りました。しかし、スカウトして下さった方の話しを聞いているうちに、モデルという職業に挑戦してみたいという気持ちが芽生え、オーディションに参加する事を決意しました」


 俺は契約金目当てでモデルになったことは伏せておくことにした。なんでもかんでも正直に答える事が正しいことではない。後でバレる可能性はあるが、ここで言うべき発言ではないと判断した。


 「私は口舌バトルの際に、『俺はその期待に応える義務があり、その義務を果たすこそが仕事だと思う』と発言した事に対して、たくさんのクレームのコメントをいただきました。モデルとして活躍することを義務、仕事と表現したことで、モデルの皆様並びに視聴者様に不快な思いをさせた事を深くお詫び申し上げます。私は突然モデルになる事を決断しましたので、上手く自分の思い描く未来図を説明することが出来ずにこのような表現になってしまいました。出場されたモデルの皆様と同じ熱量で私もモデルとしてオーディションに出場しましたことだけはご理解して欲しいのです。決して義務や仕事として仕方なく出場したわけではないのです。後から説明しても言い訳にしか聞こえないと思いますが、これから・・・いえ、今の私を見て判断してください。これからはYチューブをメインとしてモデル活動をしますのでチャンネル登録をお願いします。ご視聴ありがとうございました」


 俺は深々と頭を下げて撮影が終了した。

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