第79話 お付き合い成立?
「昴君、もう一回。もう一回」
笑さんは撮影のやり直しを俺に催促をする。
「昴君、その台本はボツよ。きちんとした謝罪動画を撮り直すわ」
鼓さんがまくしたてる様に言い放つ。
「昴君、台本。台本」
笑さんが新しい台本を俺に手渡す。
「私がチェックをするわ」
鼓さんが俺から台本を取り上げる。
「はい。これもボツね」
鼓さんは台本を破り捨てる。
「昴君、台本。台本」
「笑、私が検閲をするわ」
鼓さんが笑さんから台本を取り上げる。
「これもボツよ」
「つづみん、厳しい」
笑さんは涙目で訴える。
「笑こそ真面目な台本を用意してよ!」
鼓さんはブチ切れたかのように声を張り上げる。
「超真面目。私と昴君が結婚してめでたしめでたし」
「何を言っているのよ!昴君にはシルバー事務所の隠し玉としてこれから活躍してもらうのよ。笑の発案でしょ」
「3年後に私と結婚するモデルとして売りに出すの。バズること間違いない」
「最初の意図と違うわ。鳳凰事務所の対抗策として昴君をスカウトしたはずよ」
「そうだったかしら???初めから結婚を前提で契約した」
「私達をはめたわね」
笑さんは最初から俺と結婚するためにモデルに勧誘した。本当に俺をモデルにするつもりはなく、鼓さん達を欺くために用意した緻密に計算された策略だった。真実を知った鼓さんはあっけにとられて何も言えずに口をポカーンと開けている。
「もう少しで結婚できたのに・・・」
笑さんは悔しそうに呟く。契約書に婚姻届けを挟んだり、謝罪動画を撮るフリをしてプロポーズ動画を撮る作戦も鼓さんによって阻止された。
「笑、金(こがね)さんも妃(きさき)さんも昴君を本気でモデルにすると意気込んでいたわ。笑が発案した昴君をモデルとして活躍させる話はシルバー事務所の一大プロジェクトになってしまったの。もう、後戻りできないわ」
「もし、昴君が日本一のモデルになったら結婚しても良い」
「もちろんよ。だから、笑も協力するのよ」
「御意!」
俺の目の前で勝手に俺の結婚話が決まろうとしている。
「ちょっと待ってください。俺の意見も聞いてください」
「昴君は笑の事が嫌いなの?」
「え!別にそんなことはありません。でも、お付き合いもしていないのに結婚を前提としたプロジェクトが始まるのは納得がいきません」
「昴君と付き合う」
笑さんが俺をギュッと抱きしめる。そして、上目遣いをしながら俺の目をジッと見る。笑さんの美しい銀の瞳に俺の顔が映し出され俺は瞳に吸い込まれそうになる。
「本当に俺でいいのですか」
笑さんは小さな胸を俺の体に押しつけ、2人の体が1つの体になるくらいに密着させる。冷たい笑さんの体温が俺の体温を上昇させる。柔らかくて弾力のある笑さんの体はとても気持ちが良い。体が触れ合う事で俺は笑さんの事が愛おしく感じるほど気持ちが高騰した。
「ダメよ!」
鼓さんが俺から笑さんを引き離す。
「シルバー事務所では恋愛は自由だけど、いきなり事務所の関係者とお付き合いをしていると公表するのは良くないわ。それに、金さんから笑の暴走を止めるように言われているの。昴君もしっかりと考えて答えを出してね」
「わかりました。俺も突然の事で同様していました。お付き合いの話しは一旦保留でお願いします」
俺は雰囲気で流されるままに笑さんと付き合おうと考えてしまった。もちろん、雰囲気で流されるままに付き合うのも悪くないだろう。お互いの事を深く知るにはお付き合いをするのが一番わかりやすい。一度付き合ってお互いの事を理解し合うのは良い事だと思うが、日本では付き合うのに時間をかける方が美徳だとされているかもしれない。簡単に言えば、付き合ってすぐに別れる事が悪だからである。もし、俺が笑さんと付き合っていると公言し、すぐに別れたとなると俺のイメージは悪くなってしまう。海外では付き合う前にお試し期間があるみたいだが日本にはお試し期間はない。だからこそ、付き合うには慎重に吟味したうえで付き合うのが理想的なのかもしれない。モデルという職業に就いてなければイメージを気にせずに自由恋愛をすれば良いのだが、モデルとして成功するには、一途な恋を成就させるほうが好感度が高い。モデルのキャラ付けの問題でもあるが、俺は性に奔放なキャラで売っていくつもりはないらしいので、笑さんと付き合う事は、しばらく様子を見て欲しいと言うのが鼓さんの言い分であった。
「つづみんに邪魔された」
笑さんは頬を膨らませて鼓さんを睨みつける。
「笑は半年前まで星夜(せいや)にぞっこんだったでしょ。あの悲しい事件があってからはおとなしくなっていたけど、昴君を駅のホームで見つけてからは昴君にのめり込んでいるわ。金さんはあなたの複雑な気持ちを察して心配しているの」
半年前に笑さんは悲しい事件に巻き込まれていたらしい。どのような事件か知りたい気持ちもあるが、俺から聞くことは出来ないので、いずれ説明をしてくれるまで待つことにした。無邪気な笑さんにも悲しい過去があり、それを乗り越えて今の笑さんがあるのだと思うと感慨深いものを感じた。
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