第74話 記憶に残る

 「昴君、結果はオーディション会場から追い出されるというインパクトに残る成果をあげたわ。これも笑の計算のうちよ」

 「うん、うん」

 「どういう事ですか?俺にはさっぱりわかりません」


 「実は今回のオーディションに受かるなんて1ミリも思っていなかったの」

 「うん、うん」

 「俺は一体なんの為にオーディションに参加したのですか?」


 「視聴者に印象を残させるためよ。今回は良い印象でなく悪い印象だったけどね」

 「うん、うん」

 「いきなり悪い印象を持たれたら今後のモデルとしてやっていくのは難しいです」


 「そうね。今の世の中はヘイトに満ち溢れている。特に昴君のようなイケメンが、何かを失敗すれば、ここぞとばかりに罵詈雑言を飛ばしてくるはずよ」

 「うん、うん」

 「危険じゃないですか!」


 「大丈夫よ。相手は匿名だからヘイトを浴びせる事ができるの。面と向かって文句を言って来る人は少ないわ」

 「うん、うん」

 「でも・・・その言い方だと少なからずはいるという事じゃないですか?」


 「有名になるとプライベートで絡まれるのは仕方ない事よ。でも、絡まれたら相手にせずに警察に連絡してね。有名人はいかに正しい道を選択しても、情報は歪められて悪い方に発信されるからね」

 「うん、うん」

 「わかりました。でも、いらぬ心配かもしれない。今の状況から考えるとモデルとして成功するのは不可能です」


 「昴君は勘違いをしているわ。今回のオーディションはトータルで100万再生はされるはずよ。その100万再生のうちヘイトのコメントをする人はどれくらいいると思う」

 「うん、うん」

 「おそらく1,000人にくらいかな」


一般常識のある人はヘイトコメントなどしない。しかし、匿名性が理性を失わせるので、100万人もみれば少なくとも1000人はコメントをするだろうと俺は思った。


 「そんなにいないわ。シルバー事務所の調査では500人程度だと予測しているわ。しかも、500人のうち昴君へのヘイトは100人も満たないはずよ」

 「うん、うん」

 「そんなはずはありません。配信モニターに俺へのヘイトで溢れていました」


 配信時のモニターには俺へのヘイトで溢れつくしていた。


 「配信時のコメントは信憑性に欠けるわ。そもそも、全てのコメントがモニターに映し出されているかも疑問視されている。現に昴君達が見ているモニターの映像は、配信の動画に映っていないから私達は確認しようがないの」

 「うん、うん」

 「そうだったんですか」


 配信動画自体には、視聴者からのコメントは基本的には映し出されない。視聴者からのコメントはオーディションの参加者だけが見る事ができる。ときおり運営のスタッフがコメントが映るモニターを動画に映す事はあるが、絶えず映っているわけではない。動画にコメントを載せないのは、配信に耐えがたいコメントが寄せられる事があるので、危機管理の一環としてコメントを動画に載せない措置をしている。


 「だからモニターのコメントなんか気にしなくていいのよ。あれも演出の一つだと捉えた方がいいわ。動画にヘイトのコメントを送る人のほとんどは、参加しているモデルが悲観する姿を見て楽しんでいるだけ。だから、自ずとヘイトのコメントが多くなるのは当然なのよ」

 「うん、うん」

 「そうなんですか?俺を見て本気で言っているのじゃないのですか」


 「楽しんでいるだけよ。だから、モニターのコメントは気にしなくていいの。それに、鳳凰事務所の関係者が自分の所属のモデルを勝たせるためにさくらを使っているのもたしかな情報よ。だから、笠原さんへのヘイトがなく称賛ばかりだったの。でも、たまに映し出されるモニターのコメントは非常に影響力があるのも確かなの。今回上限坂君や昴君がヘイトの対象になって、配信には何度もモニターのコメントが映し出されたわ。このたまに映し出される演出はサブリミナル効果に似たものがあり、知らず知らずに2人に悪意の意識を持たせる効果があるの」

 「うん、うん」

 「やっぱり、ダメじゃないですか!」


 「そういう効果もあるって事よ。大事なのはそこじゃないの。実際今回の配信で上限坂君と昴君はかなりマイナスイメージが付いたのは事実。配信動画はアーカイブに残されるので、最終的には200万再生はされるはず。昴君、動画を見た視聴者が記憶に残るのは誰だと思う」

 「思う、思う」

 「それは・・・インパクトがあった笠原さんかな?」


 「ちがうわ。ヘイト受け続けた上限坂君と昴君の事が頭に残るはず。特に無名で誰も知らない昴君は、一体誰なの?ってなるはずよ。それが、私達の狙いなの。今回オーデションに参加したのは名前を売る為の言わば売名行為よ」

 「うん、うん」

 

 俺がオーディションに参加した目的はオーディションに合格するのではなく、売名行為であった。


 

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