第73話 笑さんの作戦
俺は鼓さん達が待っている駐車場に戻る。その足取りはかなり重くなかなか前に進まない。俺がオーディション会場から追い出された原因は、鼓さん達がオーディションの内容について教えてくれなかった事が最大の要因である。もし、他のモデル達のように事前にある程度の内容を知っていれば、対策は練れたはずだ。もちろん、オーディションはその時によって内容は異なるが、口舌バトルが主流となっていることさえ知っていれば、何かしら対策は練れたはずだ。俺はそんな言い訳を考えながら駐車場に向かっていた。
人は失敗した時は誰かのせいにしてしまう。失敗の原因はいろいろと思い浮かぶけれど、真っ先に思いつくのは誰かのせいだ。もし、責任転嫁する人物がいなければ環境のせいにしてしまうだろう。
オーデションの現場では、自分に出来る事を一生懸命に考えながら立ち振る舞っていた。しかし、それは全て裏目に出てしまい、最後には運営スタッフから追い出されることになった。どうのように立ち振る舞っていたら正解だったのか・・・。初めてのモデルのオーディションで何をすればよいかわからずに、自分の信じた道を進んだ。俺は自分なりに必死に考えがんばった。でも、結果は全て悪手だった。俺が悪いのか?いや、そうじゃない。俺は一生懸命頑張ったのだ。悪いのはきちんとした情報をくれなかった鼓さん達・・・となってしまう。
「昴君、配信を見ていたわ!とっても良かったと私は思っている」
「うん、うん」
「ふざけないでください」
鼓さん達は俺を元気づける為にそのような発言をしたのかもしれないが、俺には冷やかしにしか聞こえない。
「昴君、あれでよかったの・・・本当に」
「うん、うん」
「俺は世間に失態を晒しただけです。鼓さんの目的は俺を嘲笑の的にしたかったのですか!」
鼓さんの言葉に俺は怒鳴り上げてしまった。
「ごめんなさい」
「めんご」
「どうして口舌バトルの事を教えてくれなかったのですか!もし、少しでも情報があれば上手く立ち回れたかもしれないのに」
俺の怒りを鼓さんにぶつける。
「昴君には何もしらない状況でオーディションに受けて欲しかったの」
「うん、うん」
「どうしてですか!意味がわかりません」
「今のモデルのオーディションについて率直な意見を言って欲しかったの。私達・・・いえ、シルバー事務所は配信型口舌バトルのオーディションには否定的なの。だからシルバー事務所は今回のオーディションには参加しなかった。でも、笑が昴君をモデルにスカウトしてオーディションに参加させると言い出したのよ」
「うん、うん」
「笑さん、なぜ俺をオーディションに参加させたのですか」
「私のお婿さんになってもらうため」
「笑!ふざけてないでちゃんと説明しなさい」
「本気よ。昴君には今のモデル業界の現状を打破できる力が宿っている。私と一緒に新しいモデル業界を作っていくの。もちろん二人の子供も作るわ」
「昴君、要約するとこう言う事だと思うわ。今のモデル業界は悪意に満ちた口舌バトルが主流になっている。これは、ボクシングなどの格闘技で、対戦前の記者会見にてお互いの闘志をむき出しにして、罵り合う事をヒントに得た鳳凰事務所が発案した新たなオーディション方法なの。この配信型口舌バトルオーデションは、すぐに話題となり一気に注目の的になった。美男美女が闘志をむき出しにしてお互いを罵り合い、みじめな姿を見せる事に視聴者は興奮し、また快感を得たの。これをきっかけにモデル達も自分達の個性を売る為にYチューブで、過激な動画を配信して自己プロデュースをするようになった。中には上限坂君のように雑誌活動をメインにして活動するモデルもいるが、オーデションでは不慣れな口舌バトルに惨敗して、ショーには出る機会が激減している。多くのモデルはお互いを罵り合う口舌バトルには否定的だけど、口舌バトルに参加しないとモデルとしてショーに出れないので、渋々Yチューブで知名度を上げながら自己プロデュースをしているわ。しかしそれは不本意な行動であり決して望んで行動しているわけでは無い。だから、昴君に今のモデル業界の変えて欲しいと笑は言いたいのだと思う」
「そうだったのですか・・・。でも、皆はなぜ、間違っていると言わないのですか?」
「仕事は結果が全てなの。それはモデル業界でも同じことで、鳳凰事務所が発案した配信型口舌バトルは、たくさんの利益を生み出す最強のコンテンツになってしまった。そして、今ではショーと同じくらいオーディションも人気が出てしまい、誰も意見が言えなくなった。シルバー事務所は日本最大のモデル事務所と言っても過言じゃないほどの影響力、発言力を持っていた。でも、配信型口舌バトルのコンテンツを作り上げた鳳凰事務所の発言力が強くなり、シルバー事務所の意見が通らなくなってきている」
「うん、うん」
「俺に何が出来ると言うのですか?」
「わからない。でも、笑の直感を社長は信じたのだと思う。だから、口舌バトルの内容を教えずに、昴君の素直な気持ちをバトルにぶつけてもらったの」
「うん、うん」
「でも、結果は惨敗でした」
鼓さん達の算段は最悪の形で終わってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます