第72話 レッドカード

 「ここは戦場だ。言葉で戦う戦場だ。お前が言った事は一昔前のモデルの世界の話だ。今は自己プロデュースをして知名度を上げ、オーディション会場で真剣勝負をして勝ちあがった者だけが次のステップに上がる事が出来るのだ。モデルのオーディションの主流は、今回のような配信型口舌バトルがメインになっている。視聴者様の心を掴む熱い言葉と、唯一無二の個性を持つ者が勝者に選ばれる正々堂々とした戦いだ。お前はそれを否定した。それはモデル業界を否定したのと同じ事だ」

 「呆れて何も言えないわ。無知であることは悪よ。何も知らずにここに連れてきた事務所も問題だけど、無知なのにそれに気づかずにバカげた正義を振りかざす事はもっと問題だと思うわ」

 「もっと空気を読むべきね。ここはオーディション会場よ。主催者が何を望んでいるか素人でもすぐに理解できるはず。あなたは無知な正義を振りかざしてオーディションを混乱させただけ。なぜシルバー事務所があなたを推薦したのか意味がわからないわ」

 「オーディションの真意に気付けないのは残念だわ。私達は真剣に戦いをしに来たの。未来を掴むために日々努力をしているの。私達は地べたをはいずるように上を目指しているの。そんなこともわからないなんて哀れだわ」

 

 「もう、帰れ!お前は喋れば喋るほど自分を追い詰めている。これ以上自分を追い詰めるのは辞めろ。俺達は一方的なリンチをしに来たのじゃない。お互いを高め合うバトルをしに来たのだ」


 4人の闘争心は鎮火して憐れんだ表情で俺を見ている。俺はその表情を見てすぐに自分の立たされている現状を把握した。

 この口舌バトルはプロレスである。お互いにヘイトをぶつけあっているが、オーディションを盛り上げるために悪を演じているのである。視聴者もそのプロレスを楽しんで見ている。ここで間違ってはいけないのは、プロレスとはヤラセではないことである。ヤラセとはあらかじめ用意された台本に沿って結果が決まっているが、プロレスは、台本は用意されているが結果は出演者が自ら決める事が出来る。今回のオーディションのような口舌バトルは、相手を誹謗中傷してののしり合い相手に負けを認めさせることが趣旨であり、その様子を見た視聴者が勝者を最終的に判断する。 

 ここで言う台本とは、相手を誹謗中傷する事である。最初に上限坂が自己紹介をしようと言ったのは、この台本を理解したうえであえて攻撃しやすいようにおぜん立てをしたのかもしれない。五月雨さんが俺を会場の外に連れ出してのも口舌バトルがしやすくなるための台本だと言えるだろう。

 俺だけがこのオーディションの本質に気付かずに、間違った考えをして一方通行を逆走するような行動をとっていたのである。

 考えれば誰だってわかるはずである。ここは視聴者に配信している口舌バトルの場、ヘイトをぶつけあって会場を盛り上げるのが本筋である。俺みたいに間違った正義を振りかざす場所ではない。俺の考えは全てが間違っていた。


 「ごめんなさい。俺が間違っていた」


 俺は素直に謝った。


 「ちょっとやめてくれる。まるで私達が悪者みたいじゃない」

 「ほんと、すべて間違っているわ」

 「・・・」

 「スタッフ!なんとかしてくれ。俺達じゃコイツは手に負えないぞ」


 俺は自分が間違っていると思ったから素直に謝ったのである。しかし、これは最大の悪手であった。口舌バトルでの敗北宣言ならまだ良かったが、俺がしたのは本当の謝罪だ。オーディションの意味を理解せずに暴走した事への謝罪。これはオーディションの根底を覆すモノであり配信中に行う事ではなかった。俺はスタッフに引きずられるように連れ出された。


 「君、何をしているんだ!」

 「自分が間違っていると思ったから謝罪をしただけです」


 「君は最後までオーディションの意図を理解していないみたいだね」

 「違います。理解したからこそ謝罪をしたのです」


 「君は間違っている。もし、今回のオーディションの意図に気付いたのなら謝罪をせずに開き直って口舌バトルを再開すべきだった。その方が視聴者も喜ぶし、君もオーディションに勝ち残るチャンスを得たかもしれない。もし、それもできないのなら、黙って自らの足で会場を出て行くべきだった」

 「でも、自分が間違っていると思ったら素直に謝罪すべきだと思います」


 「それは君の自己満足だよ。君は謝る事によって自分の間違いが許されると勘違いしている。このオーディションは君1人のために用意されたものじゃない。参加した全ての人に用意されたものだ。君が謝罪をするよりも口舌バトルを再開する方がお互いにメリットがあるし、君が敗北を認めて会場から去れば、残ったメンバーにスポットが浴びることになる。でも、君が謝罪した事で口舌バトルは停止してしまい、君を口撃したモデル達は何もできなくなってしまった」

 「ごめんなさい」


 「もう、帰ってくれ。そして二度とオーディションに参加しないでくれ」


 俺はスタッフにオーディション会場から追い出された。

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