第71話 失態

 モニターを埋め尽くす俺への帰れコール。この状況を見れば誰一人俺を応援する者はいないと感じてしまう。だが真実は違う。このオーディションをネットで見ている人の大多数はコメントを書き込むことはしない。それは、匿名で誹謗中傷するのは良くない事だと感じているからだ。ネット配信を見て俺の発言を良くないと感じる者もいるかもしれないが、それをネットに書き込むような事はしない。逆もしかりである。俺の発言に共感を持ったとしてもネットにコメントを書き込む事はしない。肯定的な意見でもネットに書き込むと、それのコメントに対して攻撃をしてくるアンチがいるからである。 

 常識のある人はネット配信を見ても極力コメントを書き込まないように自己防衛をしている。自分のたわいもないコメントでも、それを面白おかしく炎上させる放火魔がいるのを知っているからである。 

 話を戻してみよう。今をモニターを覆いつくすほどの俺へのヘイトだが、これは、視聴者の1%に満たない炎上を美とする放火魔達の悪ふざけである。真剣に向き合う必要などない。しかし、このモニターに映し出された俺へのヘイトが大多数の意見であるかのように人は信じてしまう。それもそのはず情報がこれしかないからである。俺を擁護する意見は少数だが投稿されたとしても無駄である。大火事の現場にバケツの水をかけるようなモノで、一旦炎上した火は簡単には消える事は無い。


 「すみません。サーバーがパンクしましたので一旦撮影を止めます」


 俺へのヘイトに耐え切れなくなったインターネットの回線が途切れてしまったようだ。これにはスタッフもてんてこまいで対応をしている。


 「こんなの初めてよ」

 「私も経験したことないわ」

 「前代未聞の事件だわ」

 「すべてアイツが悪い。俺達の大事な時間を潰しやがって」


 今は映像は流れていない。なので、口舌バトルをする必要はないのだが、あまりの出来事にモデル達も困惑している。


 「すみません。もう少し時間がかかりますのでそのままでお待ちください」

 「もう、勝負は決まっているわ。私は帰るわよ」


 笠原さんはオーディションの結果を見ずにオーディション会場から出て行った。


 「クマーーー!クマクマ」


 ベア子は、撮影が止まっている状況でもクマとおしゃべりをして笑みを浮かべている。


 「昴君、窮地に追い込まれているようね」


 五月雨さんが俺に声をかける。


 「自業自得です。俺の意識が低すぎたのです」


 俺は反省していた。やはり仕事を義務だと言ったのは非常にまずかった。みんなが人生をかけて取り組んでいる仕事を侮辱したのだから。


 「会場を出て行くの?」

 「いや、最後まで戦う」


 いまさら発言を取り消すことは出来ない。回線が復活したら俺へのヘイトでまたモニターが埋め尽くされるだろう。俺は視聴者に美味しいエサを蒔いてしまったのだからしょうがない。でも、ここで引き下がる事はしない。一度始めた勝負ならボコボコにされても立ち上がって戦わないといけない。それが今の俺に出来る唯一の事だから。


 「思ったよりも根性があるのね。私の算段だとすぐに逃げ出すと思っていたのに。でも、私の思惑通りにヘイトは全て六道君に向けられたわ。それには感謝している。あいつらも爪痕を残すのに必死で最後まで口撃をしてくるけど負けないようにがんばってね」


 五月雨さんは、俺が窮地に追い込まれているのを楽しんでいるように笑みを浮かべる。その笑みを見た俺は、この場では誰も信じてはいけないのだと悟った。


 「思ったよりアイツしぶといわね」

 「そうね。でも、私達の優勢は確実よ。時間は残り少ないけどアイツを追い出して後は五月雨を引きずり落とすわ」

 「もちろんよ。少しでも爪痕を残さないとね」

 「無駄な時間を使わせやがって、回線が復旧したらすぐに俺が口撃する。後の援護は任せるぜ」


 「みなさん、回線が復旧しました。各自先ほどの位置に戻ってください」


 回線が復旧すると同時にモニターに俺へのヘイトが写し出される。俺はモニターを見ずに舞台に戻る。


 「お前へのヘイトで回線が遮断したんだぞ。素直にこの状況を飲み込んでこの場から退場しろ!」


 舞台に戻ると同時に天上が罵声を浴びせる。しかし、俺の心には何も響かない。それどころか憐れみを感じる。モニターには俺へのヘイト、舞台に戻ればモデル達の口撃、俺はこの環境に怒りや憎しみじゃなく憐れみを感じてしまった。

 

 「お前たちは一流のモデルになりたいのだろ?そのために努力を重ねてきたのだろ?その結果が悪口なのか?おかしいだろ?どうしてお互いの足を引っ張って引きずり落とす事しかしないのだ。上を目指すなら引きずり下ろすのじゃなくて這い上がればいいじゃないか。自分の素晴らしさを世間の皆様に知ってもらえばいいじゃないか。アピールするのは相手の短所じゃない自分の長所だ。相手を悪く言うのじゃなく自分の良さを知ってもらうのがオーディションの本来あるべき姿じゃないのか」


 俺は思いのたけをぶつけた。オーディション会場はお通夜のように一瞬だけ静かになったが、すぐに爆笑の渦とかす。


 「お前がド素人だと改めてわかったよ。本当にお前は何も知らないのだな」


 蔑むような視線で天上は俺を見ていた。

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