第69話 失言


 「誰が誰と付き合おうが自由じゃない。いちいち詮索する方がみっともないわ」


 俺が苦戦している姿を見て五月雨さんがフォローする。しかし、きっぱり否定するのでなく意味深な発言をして場を混乱させる。


 「付き合ってると認めたと受け取っていいのかしら」

 「そう思える発言よね。もちろん、誰と付き合うかは自由。でも、私達モデルはそんな自由さえも売り物にしている事を自覚して欲しいわ」

 「私はYチューブで彼氏がいると公表している。それがファンへの愛だと言えるわ」

 「俺も彼女がいると公表している。いまどき恋愛をするなという古臭い考えは意味はない。付き合っているなら堂々とするべきだ」


 今は少子化問題もありアイドル、モデルなどの芸能人が恋愛を隠す時代ではなくなってきている。逆に恋愛をすることは素晴らしい事であり、Yチューブで恋人を紹介する動画は再生回数も増え、ファンは後押しをしてくれる。もちろん、アンチもたくさんいるのでヘイトの数も増えるが、美男美女で才能豊かな芸能人が彼氏彼女がいませんと言うのは、あまりにも真実味がなく受け入れられなくなっている。

 逆に一途に思う気持ちを公表して、仲良く愛し合っている姿を見せる方が現実的で好感が持てるようになっている。それは、昔と違って芸能人とファンの距離が近くなった事が原因だ。距離が近くなることにより、芸能人に対するイメージが幻想的じゃなく現実的に受け入れる事が出来るようになった。芸能人も同じ人間であり排便もするしSEXもする。美男美女であればよりSEXをする事も多くなるのは当然であろう。しかし、そこには愛がなければ誹謗中傷の対象になる。パートナーを大切にせずにたくさんの異性とSEXをするSEXマシーンとなった芸能人はすぐに芸能界から干されてしまう。

 やはり一途で1人の異性を大事にする姿を求めるのは、芸能人と距離が近くなった今でもその幻想は消える事は無い。だからこそ、美男美女しかいないモデル業界で、交際を公表していないモデルは悪い噂を立てられる。笠原さんは彼氏がいることは公表しているが五月雨さんは彼氏がいないとYチューブで発言している。ここで、もし俺と付き合っているのに公表していなければ、窮地に追い込まれる可能性がある。


 「私はお付き合いしているかどうか発表するのは賛成だと思っている。しかし、時期やタイミングは選ぶ権利はあると思っているわ」


 五月雨さんは意味深な発言をする。そもそも俺と五月雨さんは今日会ったばかりなので付き合っていない。なのにこのような発言をするのはとても迷惑だ。


 「俺達は付き合っていません。俺は今日モデルになったので五月雨さんとは初めて会ったのです」


 俺は思わず自分が思っていることを口に出してしまった。五月雨さんはオーディションに合格するために場を盛り上げるために、敢えて意味深な発言をしているのかもしれない。それならば俺も五月雨さんと歩調を合わせた発言をする事が正解だ。しかし、陰キャで引きこもりの人生を過ごしてきた俺には、そんな機転を利かせる頭脳はない。場の空気を読むように努力はしていたが本音がポロリとこぼれてしまった。


 「え!今日モデルになったの?」

 「嘘!信じられない。このオーディションに参加するために私達はどれほど努力したと思っているの」

 「事務所の推薦枠ってことね」

 「やってられねぇ。ド素人が神聖なオーディション会場の場を乱すな」


 『このオーデションは、今日モデルなった初心者が出れる場所じゃない。推薦枠でもあり得ない』

 『どこの事務所なの?これ違反じゃね』

 『見たことないと思ったらコネかよ』


 モニターには俺へのヘイトで埋め尽くされる。【ジェムストーン】のオーディションに参加するのは狭き門である。このオーディションに参加するには厳しい書類選考で勝ち残った者しか参加することは出来ない。この書類選考は【大阪エボリューション】の主催者である桜花院 妃(おうかいん きさき)さんが代表を務めるアパレル会社SAKURAのスタッフが選ぶ。しかし、実際は書類選考枠と事務所推薦枠があるのだが広くは知られていないので、知識がない者は不正だと思う事もある。しかし、モデル達には周知の事実であるが、推薦枠を勝ち取るのも狭き門なのでリスペクトはある。しかし、俺は今日モデルになったばかりの努力も何もしていないコネでオーディションに来たと思われて当然というか事実である。

 努力を重ねてオーディションに参加したモデルにとって、俺はヘイトの対象になって当たり前の出来事であった。俺はそんな事も考えずに軽はずみな発言をして、自分を追いこんでしまったことに今気づいたのであった。

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