第68話 次のバトル


 上限坂が会場から去り口舌バトルは膠着していた。笠原さんは舞台から降りて勝利の美酒を飲むかのようにドリンクに手を伸ばしスマホを眺めている。オーディションが始まって30分が経過したが、笠原さん、上限坂、五月雨さん以外の参加者は誰も舞台に登っていない。

 上限坂は余りにも無知過ぎたのである。Yチューブで毒舌悪女キャラを売りにしている笠原さんに口舌バトルを挑むのは無謀であった。相手の得意なフィールドにわざわざ出向くなんてプロのモデルとして失格だ。ここはオーディションの場、絶対に勝たないといけない場所、敢えて危険な道を進むのは悪手である。残りの俺以外の6名は、嵐が過ぎ去るのを待つように、3人のバトルを静観し舞台にはあがらなかったのである。


 オーディションの前半戦は、笠原さんが支配して五月雨さんが一矢を報いた感じだ。笠原さんは勝利を確信したように五月雨さんへの追随はやめて、舞台から降りてスマホのゲームしながら王者の風格を見せつける。コメント欄にも笠原さんのオーディションをバカにした態度に賛美を送る。


 『オーディションなのにスマホゲームしてる。めっちゃクール』

 『誰もゲームしている愛子様に突っ込めないヘタレ民』

 『もう、愛子様1人でいいんじゃね』


 スマホのゲームをしている笠原さんに誰も何も言わない。それもそのはず、敢えて虎の尾を踏むバカはいない。オーディションの合格者は3名、毒舌悪女の笠原さんと戦わなくても後2人は合格できる。そして、今笠原さんの次に合格に近いのは五月雨さん。残りの参加者は五月雨さんを引きずり落とす算段に出た。


 「五月雨さん、さっきはそこの男性と二人で何をしていたのかしら?」

 「もしかして、彼氏と一緒にオーディションの参加?」

 「え!信じられない」

 「公私混同はどうかな?モデルとして失格だと思うぜ」


 五月雨さんの足を引っ張る為に次々と五月雨さんを煽る為に舞台に上がる。


 俺以外の残りの6名の参加者を紹介しよう。西園寺 長閑(さいおんじ のどか)18歳 女性 叶 未来(かのう みらい)17歳 女性 山神 命(やまがみ みこと)18歳 女性 天上 翔(てんじょう かける)18歳 男性。この4人が五月雨さんと口舌バトルをする為に舞台に上がった。

 残る2名の参加者は、ベア子 年齢不詳 クマ(ぬいぐるみ)。クマのぬいぐるみを抱いている女性とそのぬいぐるみが参加者であった。

 ベア子は、この口舌バトルにも参加せずに終始クマのぬいぐるみ抱きながらクマのぬいぐるみと会話をしている。


 『ベア子ちゃん、かわいい』

 『俺もぬいぐるみになりたい』

 『ぬいぐるみも出演者!クマへのリスペクト半端ない』


 笠原さんの賛美コメントに埋もれてなかなか気づかなかったが、ベア子に対する賛美も多く寄せられていた。しかし、今はベア子の話しをしている場合ではない。今俺は五月雨さんを陥れる為のエサとして吊るしあげられる。


 「別にあなた方に説明する必要はないわ」


 五月雨さんも舞台に上がり表情を変えることなく一蹴する。


 「怪しいわね」

 「彼氏じゃないなら違うと言えば済む事よ。否定しないことは認めたと同じよ」

 「上限坂君に媚びを売りつつも新人モデルに手を出すなんて性欲強すぎでしょ」

 「お前は見る目がない。顔だけのマネキンを選ぶなんてモデルとして失格だ」


 4人は標的を逃しはしない。4人は共闘して五月雨さんを引きずり落とすのに必死だ。


 「おい!お前も黙ってないで何か言ってみろ」


 敵意の矛先が俺に向けられる。俺も舞台に上がり口舌バトルに参加する。


「緊張してたから外の空気を吸っていただけだ。付き合ってるわけないだろ」


 嘘をつく必要はないけど事実をそのまま告げる必要もない。五月雨さんが何も語らなかったので、俺が語るのはおかしいと思ったので事実に近い内容を伝える。


 「2人一緒に会場を出たのが怪しいと言っているんだ。その返答では納得出来ない」


 天上が俺に詰め寄る。天上も少しでも目立たないといけないから必至だ。

 しかし、俺はなぜ?このようにケンカをして場をかき乱す必要があるのかと疑問に思う。もっとお互いをリスペクトして讃えあったり、何かテーマを決めて討論したりすれば、憎しみは生まれずに誰も傷つかない平和な口舌バトルが出来るはず。

 では、なぜ?そのような平和的な事をしないのか?それは至って簡単である。視聴者が求めていないからである。平穏なやり取りは慣れ合いに見え刺激が少ない。視聴者が求めているのは刺激あるガチのバトルである。そして、弱者をいじめる一方的な悪でなく、モデルのような天から二物も三物も与えられたエリートが堕ちて行く姿を見たいのである。上限坂は天から与えられたワイルドなルックスと身長、これだけでも羨ましい限りだが、頭脳明晰なうえ、実家は金持ちという完璧な背景。嫉妬をしない者などいない。そんな上限坂だからこそ視聴者は堕ちて行く姿を見たかったのである。

 今の標的は五月雨さんだが、オーディションに参加している人なら誰でも良いのかもしれない。ここに集まったメンバーは、最低限でもルックスに関しては最強だからである。


 


 


 

 

 

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