第67話 敗者

 「籠の中の鳥で何が悪い!みんなお前のように器用に喋れるわけじゃない。俺だって・・・Yチューブで自己プロデュースをしたい。でも、口下手の俺には向いていなかった。だから、事務所の人と相談してマネキン路線で頑張る事にした。1人で出来ないなら他の誰かに力を借りてもいいじゃないか!人は支え合って生きているんだ」


 さっきまで泣いて黙り込んでいた上限坂が叫ぶ。自分のせいで五月雨さんがコメントで叩かれているのを見て、自分の思う素直な気持ちを笠原さんにぶつけたのである。


 「上限坂君の言う通りよ。人はそれぞれ個性がある、だからやり方は千差万別。自分で自由に道を切り開く者もいれば、誰かの敷いたレールを突き進む者もいる。どの道を選択するのかは自由。それが新しいモデルの在り方。流行り廃りはあるけれど自分らしく生きていける道を選べばいいのよ」


 『パチパチパチ』


 笠原さんは拍手をした。


 「やればできるじゃない。最初からなぜ?そのように言わなかったの上限坂君。私は私の信じた道を進む。あなたはあなたの信じた道を進む。その進む道の根源を主張し合うのが口舌バトルの基本。やっとスタート地点に立てたみたいね。でも、結局は今の発言も五月雨さんのサポートがあってこそ出た言葉。あなたが【ジェムストーン】に参加するには早すぎる。1人で戦えない人には戦う資格はない。今すぐにこの場所から出ていきなさい」


 コメント欄は一瞬だが上限坂を認めるコメントが書き込まれていた。しかし、笠原さんの言葉で一気に上限坂を叩くコメントで覆われる。


 『出て行け上限坂』

 『保護者同伴じゃないと喋れないなら家にこもってろ』

 『お前は支えてもらってるだけ』

 『支えてる人が出るべき』

 『やっぱ愛子様は神。いう事まさに完璧』


 「五月雨さん、もうアイツをかばうのはやめた方がいいわよ。あなたもこの場から出る事になるわ」


 上限坂は完全に敗北した。上限坂を叩くコメントと笠原さんを讃えるコメントでモニターが埋め尽くされた。コメントを見た上限坂は完全に戦意を失い何も言わずにオーディション会場から出て行った。

 俺は3人のやりとりを見て憤りを感じていた。俺は上限坂の意見に賛成だ。人はそれぞれ向き不向きがある。それを補うのが仲間でありパートナーだと思う。他人が敷いたレールという言い方がおかしいだけであって、お互いに役割分担をし、協力し合って道を進むと言えば良いだろう。

 1人では困難な道のりも、仲間と協力しあえば先に進む事が出来る。それが人生であり、仕事であり、生きる事である。なぜ?それを否定するのかわからなかった。

 しかし、結果は笠原さんの主張する自分の道は自分で切り開く事であった。それなら、俺は視聴者に問いたい。お前達は、自分の人生を自分の力だけで突き進む事が出来ているのかと?


 「生きる道は千差万別であり、それを誰も否定することは出来ない。でも、ここはオーディションの場であり、意見をぶつけ合い互いを高める場所。そして、勝者と敗者を決める残酷な場所。上限坂君は自ら敗者の道を選んだ臆病者・・・。私はこの会場から逃げ出さない。いかなる批判を浴びようが自分が選んだ道を曲げるつもりはない。私達モデルは常にお客様のヘイトと賛美にさらされる仕事。今日はヘイトにさらされても明日には賛美にうずもれる事もある。だから私は私の信じたレールを突き進むの」


 笠原さんの圧力に負けて自ら去って行った上限坂とは違い、五月雨さんは最後まで堂々たる態度で笠原さんとの口舌バトルを続けた。その堂々たる姿に視聴者は五月雨さんへのヘイトはいつしか賛美に変わる。


 『最後まで信念を貫くのはすごい』

 『五月雨の言いたいことはわかる。それにくらべて上限坂・・・』

 『事務所の先輩が助け舟出したのに乗車拒否笑えない!』

 『上限坂との覚悟の差を感じた』


 五月雨さんの堂々たる態度がさらに上限坂の評価を下げる。自分が信じた道なら人が批判しようが突き進めば良い。大事なのは結果じゃない過程である。なぜならば、今、生きている場所は結果じゃなく過程である。どのような大口を叩いても問題はない。誰も結果まで応援はしてくれないし、結果とは死ぬまで答えが出ないからである。いや、死んでから評価される事もあるので、結果はそれほど重要ではないのだろう。

 しかし、上限坂は結果を自分で出してしまった。逃げるとは間違いを認めたことであり、自分の信念は間違っていたと敗北宣言をしたのと同じである。上限坂はこのオーディションだけでなくモデルとしての敗者の烙印を背負った事になった。


 俺はモデルの世界の怖さを痛感していた。笠原さんのような悪意の塊のような発言をする人が視聴者から賛美を得て、上限坂のような真面目で熱い心持つ人がヘイトを受ける。俺はとんでもない世界へ来たのかもしれない・・・と。

 

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